表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/124

114.過去の夢 (かこのゆめ)

「母〜!」


幼いアイラは明るく笑いながら、

母の胸へと駆け込んだ。


「アイラ、どこへ行ってたの?

ママ、心配したのよ。」


やわらかな声とともに、

あたたかい手がアイラの小さな、汚れた手を包み込む。


二人は人気のない田舎道を

ゆっくりと歩いていく。


「ママ、ママ!

今日はね、あっちですごく変な声を出す鳥を見たの!」


「鳴き声がね……クェェッ! クェェッ!って!」


両腕を横に広げながら

おどけて真似をするアイラ。


その姿に母は

大きく、心から笑ってみせた。


「ほんと、うちのアイラはしょうがない子ね。」


その時だった。


遠くで誰かが手を振っている。


「アイラ〜!!」


「パパ〜!!」


母の手を離し、

小さな足をせわしなく動かして駆けていくアイラ。


「ああもう、うちの娘!

パパがどれだけ心配したと思ってるんだ!」


「パパ、パパ! 今日わたしね、山で……」


「アイラ、早く家に入りなさい。

ごはんが冷めてしまうぞ。」


後ろからついてきた母が

アイラの頭をやさしく撫でた。


「うん!

パパ、おうちで話してあげる!」


アイラは無邪気に笑って、

先に扉を開けて家の中へ飛び込んでいった。


弾んだままの顔で、

どたどたと食卓へ駆け寄る。


「わあ! わたしの好きな……オムライス!!」


小さな手にスプーンを握り、

両手を交互に動かしながら夢中で頬張るアイラ。


「ゆっくり食べなさい〜

取ったりしないから、アイラ。」


母が笑いながら手をひらひら振る。


「いっぱい食べて、もっともっと大きくなって……

わたしもママみたいに耳が長くなるんだ!」


耳の横を指で上へぴんと伸ばしてみせながら、

幼いアイラは胸を張って叫んだ。


その姿に父は

口元を大きくゆるめて笑う。


「ははは、そうだなアイラ。

ママみたいに、ちゃんと耳が長くなるといいな。」


食卓の上には

あたたかなオムライスと、

焼き野菜、それに素朴ながらも心のこもったおかずが並んでいた。


三人の笑い声が

日暮れの近い夕方の景色とともに

静かに、あたたかく広がっていく。


けれど。


こんこん。


玄関の扉を叩く音。


「誰?」


アイラは首をかしげながら

部屋の方からひょこっと顔だけをのぞかせる。


食卓から聞こえていた箸の音が止まった。


母は静かに席を立ち、

扉の方へ歩いていった。


そして。


見知らぬ客が姿を現す。


「……エルフ……?」


窓枠に差し込む夕焼けの光の下、

長い耳をしたひとりの男。


けれど、エルフ特有の鋭い印象とは

どこか少し違っていた。


「……ママみたいに耳が長いのに……

あれ、でもわたしみたいに……ごはんをあんまり食べなくて耳があんまり伸びなかったのかな?」


アイラはひとりごとをもごもごとこぼしながら

音のした方へ近づいていく。


「アイラ、こっちへおいで。」


母に呼ばれ、

少しためらっていたアイラはこくりと頷き、

男の前に立った。


彼は静かに腰を落とし、

子供の目線に合わせる。


「……こんにちは。」


やわらかいけれど、どこか翳りを含んだ声。


その瞳には

穏やかな笑みとともに、

何か深い感情が沈んでいた。


「かわいいお嬢ちゃん。

名前はなんていうのかな?」


見知らぬ男は首をかしげ、

やさしく微笑んだ。


「わたし……アイラです!」


胸を張って答えたアイラは、

少し首をかしげると彼を指差して言った。


「おじさんは……

あ、でもおじさんじゃないのかな……?

耳があんまり育ってないです!」


その言葉に男は吹き出した。


「はは、そうか。

おじさんはね……アイラと同じ、ハーフエルフなんだ。」


「……ハーフエルフ? それって何?」


言葉の意味がまったくわからないらしく、

アイラはきょとんとした顔で聞き返す。


男は口元を少しだけ上げ、

しばらくアイラの両親を交互に見た。


そして、長くためらったあと、

やがてやさしい笑みで言った。


「うーん……そうだな。

とてもとても大事で、

強くて、

いいものなんだよ。」


「……!」


アイラは少しのあいだ言葉を失った。


なぜだか、

その言葉で胸の奥がすうっとほどけていく気がした。


その時。


「アイラ、この方は……

しばらくうちに泊まることになったの。」


父が静かに言った。


「精霊魔法のことも教えてくださるそうだから、

隣でちゃんと学ぶんだぞ。」


「………」


アイラはまだ見知らぬ相手が不安だったのか、

少し後ずさりしながら父の腕にしがみついた。



翌朝。


アイラは眠そうな目をこすりながら、

昨夜から泊まっているハーフエルフの男についていき、

村外れの広い空き地へやって来た。


陽射しはあたたかく、

空は澄み切っていた。


彼は静かに足を止め、

一本の古びた大木の前に立った。


樹皮は剥がれ落ち、

生気はまるで感じられない木だった。


「……ここで何をするんですか?」


アイラはそばへ寄りながら尋ねた。


男は何も言わず手を伸ばし、

枯れた古木の幹にゆっくりと手のひらを当てた。


その瞬間。


静かな風が通り過ぎたように、

樹皮の隙間から

かすかな光がにじみ始めて――


「わあ……!」


アイラは目を大きく見開き、

息を呑んだ。


まるで嘘みたいに、

死んでいたはずの古木に淡い緑の新芽が芽吹いていた。


「……すごい!」


両手を合わせたまま、

目を輝かせてもう一歩近づくアイラ。


「これも精霊魔法の一種なんだ。」


男は静かに笑いながら言った。


「精霊魔法?」


「そう。自然と心を通わせて

その流れを借りる、不思議な力だよ。」


「わたしも……使えるんですか!?

やってみたいです!」


目を輝かせて言うアイラ。


男はゆっくり頷きながら

手を差し出した。


「もちろん。

少しだけ……手を貸してくれるかい?」


「はい!」


アイラは迷いもなく

自分の小さな手を彼の手のひらの上に重ねた。


その瞬間。


手の甲の上に

淡い黄緑色の静かな光が揺らぎ始める。


まるで呼吸するように、やさしく震える光。


男は静かに囁いた。


「アイラは……

風の精霊と繋がっているんだね。」


「……それって何ですか?

いいことなんですか!?」


弾んだ声で問い返すアイラ。


「わたしも……わたしも枯れた木を生き返らせたいです!」


純粋な熱意が、そのままこもった言葉。


彼女はその場で二、三度ぴょんぴょん跳ねながら

小さな拳をぐっと握る。


その様子を見て、

男は笑って頷いた。


「はは、いいね。

でも……精霊との繋がりがもっと深くなるまでには

少し時間が必要だろうな。」


「どれくらいですか!?

二日? 三日!?」


「……さあね。それはアイラが精霊とどれだけ『仲良くなれるか』にかかっているかな。」


「精霊と……仲良くなる!

いいです、やってみます!」


空き地の草むらに腰を下ろし、

風に吹かれていたアイラは、少しだけ首をかしげた。


「でも……おじさんはどこから来たんですか?」


ハーフエルフの男は笑いを含んだ息を漏らし、

顔を上げて遠い空を見つめた。


「さてね……少し遠くから来たんだ。

仲間を集めているところでね。」


「仲間?」


「うん。やりたいことがあるんだけど……

ひとりだと少し大変でね。」


そう言いながら、

彼は静かに草の上へ身を下ろした。

自然な動きでアイラの隣に座る。


「だからね。

僕を手伝ってくれる仲間を探しているんだ。」


「仲間……!」


アイラは一瞬言葉を止め、

自分の膝をぎゅっと抱きしめた。


「……アイラには友達がいるかい?」


慎重な問い。


「……いません。」


アイラは深くうつむいて、静かに答えた。


「この村にいる同じくらいの子たちは

みんなわたしを避けるんです。」


小さなため息の混じった声。


「だから誰もいない場所で……

動物たちと遊んでるんです。」


その言葉に、ハーフエルフの男は

わずかにうつむいた。


表情を曇らせる、説明できない影がよぎる。


「そうか……」


そして、つぶやくようにごく小さく。


「まだ……早すぎるか……」


「……?」


「何がですか?」


アイラが首をかしげると、

彼は無理にでも笑顔を作るように首を振った。


「いや。何でもないよ。」


しばらく言葉が途切れたあと。


「でもアイラにはきっと

本当の友達ができる。」


「……本当の友達?」


「そう。信じたくて、頼りたくて、

何度でも会いたくなる……そんな友達だよ。」


「うーん……よくわかんないです!

それより!」


いきなり顔をぐいっと近づけて叫ぶアイラ。


「早く精霊魔法を教えてください!」


ハーフエルフの男は一瞬あきれたように笑い出した。


「はは、せっかちだな……」


そうして手を上げ、

大事そうに何かを取り出して見せた。


小さくて繊細な、淡い黄緑色の首飾り。


透明な紐に吊るされた、

やさしく光る宝石がひとつ。


「それより……ほら、これを首につけるんだ。」


「え?」


アイラの目が丸くなる。


「これは……?」


「風の精霊との繋がりを

少し強くしてくれるはずだ。


お前の中にある力が……

もう少しはっきりするようにね。」


彼は丁寧な手つきで

アイラの首に首飾りをかけてくれた。


首元に触れる感触はあたたかく、

宝石はまるで彼女の体温に応えるように

ほのかな光を放った。


「これ、何なんですか?」


アイラは首にかかった首飾りを

そっと手で触れながら尋ねた。


「これは……風の精霊石だよ。」


「わあ、きれい……!」


アイラはきらきらした目で

黄緑色の宝石をいろんな角度から眺めた。


光を受けてほのかにきらめく宝石。


その中で風の気配がかすかに流れているようで、

アイラの指先にごく小さな震えが伝わった。


「これを……わたしにくれるんですか?」


「もちろん。」


ハーフエルフは静かに頷いた。


「いつか出会う仲間たちと

素敵な冒険をするために……

きっと必要になる物だから。」


「え? 仲間ですか?」


アイラは一瞬まばたきすると、

すぐに首をぶんぶん振って笑った。


「わたし、そんなのいりません。」


そう言って、指を一本ずつ折りながら続ける。


「ママと、パパと、

それから……鳥さんたちと、動物さんたちと……」


口元に笑みを浮かべたまま

ひとつひとつ大事そうに指を折っていくアイラ。


その時。


指が、ぴたりと止まった。


「……ん?」


視線の先、丘の下の方から

かすかな人の気配がした。


「きゃはは!」


「おい! そこ危ないって!」


騒がしく、いたずらっぽい声。


銀髪の少年。

そして赤髪の少年。


二人でどこか高いところに登って、はしゃいでいた。


「誰だろう……?」


アイラは首飾りをぎゅっと握りしめたまま

知らず知らず身を乗り出す。


そして。


一歩、また一歩。


声のする方へ向かって

小さな足を動かし始めた。


ぼやけた視界の中で

二人の少年がアイラに向かって手を振った。


銀髪の少年、赤髪の少年。


その見慣れた姿に

アイラのまばたきがだんだん速くなる。


胸のどこかが、ぎゅっと締めつけられた。


そして、

彼女の唇から自然に二つの名がこぼれた。


「……ライネル……モネロ……?」


唇が震え、

息が浅くなる。


駆け寄りたくて足を踏み出したのに。


「……あれ……?」


どれだけ走っても

二人には近づけなかった。


距離はそのまま。

それどころか、少しずつ遠ざかっていくように見えた。


その時。


こん……こん……こん……


どこからか規則正しく響いてくる音。


小さくて澄んでいるのに、

妙に耳の奥まで入り込んでくる音だった。


「……だ、誰?」


アイラは顔を巡らせ、あたりを見回す。


けれどそこには。


ハーフエルフも、

二人の少年も、

青い空も、

丘も。


何ひとつなかった。


すべてが闇の中に沈んでいる。


そしてその闇の中で。


こんこん……こんこんこん……


音は少しずつ速くなり、近づいてくる。


「……アイラ……」


ささやくような声。

誰かが、自分を呼んでいる。


「アイラ!!」


はっきりと響く叫び。


その瞬間。


「……!」


アイラは目をぱっと見開き、その場で勢いよく起き上がった。


がたっ!


机に額をぶつけそうになって、

あわてて両手で顔をかばう。


荒い息を吐きながら、周囲を見回すアイラ。


やがて、自分が部屋の中にいるのだと気づく。


「……夢……だったの……?」


本は開いたまま机の上に置かれていて、

部屋の中は静まり返っていた。


その時。


「アイラ!」


扉の向こうから、もう一度聞こえてくる声。


これは……間違いなく。


「……え?」


体を向けたアイラは、

開きかけた扉の隙間から

誰かの顔を見つめる。


銀髪の少年。

そして赤髪の少年。


「……ライネル……? モネロ……?」


息もできないまま、

彼女はその場に固まった。


混乱が押し寄せる。


「ライネル! モネロ!!」


あふれる感情のまま名前を呼びながら飛びついた、けれど。


「ちょ、アイラ……なんだよこれ……」


聞き慣れない、どこか違和感のある男の声。


ぴたり。


アイラは目の前の顔をもう一度見た。


「……え?」


表情。目つき。雰囲気。


だけど、

ライネルでもモネロでもなかった。


その時。


「何をしている、雑種。

とうとう頭でもおかしくなったか?」


刺々しい口調。

癇に障るほど尊大な態度。


その声は、

間違いなくフェイオだった。


振り返ると、

彼が腕を組んだまま立っていて、

その隣には見慣れた笑みを浮かべたルイドアンがいた。


「い……いや……さっき……たしかに……」


混乱したアイラは

頭を抱えながら一歩後ずさる。


夢だったのか。

幻だったのか。


ついさっきまで胸いっぱいに満ちていた

あたたかな感情と高鳴りは一瞬で散っていき、

残ったのは……冷えた心臓の鼓動だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ