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110. 暗殺依頼 (あんさついらい)

フェイオは指先で円卓を叩いた。

トン、トン。


その拍子に合わせるように、言葉が整理されていく。


「任務の目標は三つある」


彼の視線が、四人の顔をゆっくりとなぞっていった。


「一つ目、都市長の暗殺」


トン。


「二つ目、そいつと繋がっている魔族の情報確保」


トン。


「三つ目、大賢者ムリムリフの予言書の確保」


三つ。

どれ一つとして軽い言葉ではなかった。


それなのに、フェイオの口調は淡々としている。

まるでずっと前から決まっていた項目を、順に読み上げているだけのように。


続けてフェイオは、報酬の話を持ち出した。


「主目的は都市長暗殺だ。成功すれば··· 一人あたり金貨千枚を支払う」


アイラの息が、わずかに止まった。

目が見開かれ、唇が少し開く。


「追加任務は一件ごとに二百枚、上乗せする」


ルイダンが口笛を吹こうとして、

ピッ、と喉の奥で押し殺した。


笑い混じりの感嘆みたいな音だった。


そこでようやくアイラは、慌てて頭の中で計算を始めた。


『金貨千四百枚···?』


どれほどの大金なのか、すぐには実感できない。

だからアイラは、無意識のまま視線を横へ流し、頭の中で数字を細かく砕いていった。


『金貨一枚で··· 二日分の生活費。

じゃあ千四百枚なら··· 二千八百日。

二千八百日ってことは···』


指で数えたわけでもないのに、口の中で数字がかちりとはまった。


『七年···?』


「……!」


アイラの口が、ひとりでに開いた。


その顔をフェイオがすっと見た。


「報酬に不満か?」


「あ、いえ!! 違います!」


アイラは飛び出した自分の声の大きさに、自分で驚いた。

慌てて息を整えてから、言葉を継ぐ。


「すごく··· すごくたくさんもらえるんだなって思って!」


ルイダンがにやりと笑って、すぐ横から口を挟んだ。


「さすがエルフ貴族様。気前のよさは一級品だな~」


フェイオはそちらへ目を向け、短く切り捨てる。


「うるさい、ルイダン」


ルイダンは返事の代わりに、くっ、と笑いを漏らしただけだった。


けれど。


アイラはふと、妙な違和感を覚えた。


シレン。


金貨の話が出ても、

彼はまばたき一つしなかった。


いつも通り無表情。

いつも通り静か。

いつも通り、ひたすら黙っている。


『···何とも思わないの?』


普通なら金貨千四百枚と聞けば、

誰だって驚くか、少なくともルイダンみたいに嬉しそうな顔くらいはするはずだ。


なのにシレンは。


本当に、ほんのわずかな反応すら見せなかった。

まるで最初から知っていた額みたいに。

あるいは、その数字そのものに何の意味もないみたいに。


アイラは無理に笑顔らしきものを作りながら、慎重に尋ねた。


「……シレンさんって、見た目よりお金に執着しないんですね?」


だがシレンは、顔すら向けなかった。

返事もない。

ただ静かに呼吸しているだけだった。


そのとき、隣からルイダンが軽く口を挟んだ。


「アイラ、シレンのあいつはな」


わざと間を引っ張ってから、

面白い話でも始める前みたいに口角を上げる。


「稼いでも、出ていくところが多いんだよ。だからそこまで響かないんだろうな」


最後についた、にやにやした笑い。


だが。


ドン!


不意にシレンの拳が、円卓の上へ落ちた。

重い音。

テーブルがわずかに揺れるほどに。


アイラがびくりと固まり、フェイオも顔を向ける。

ルイダンは肩をすくめ、両手を上げて見せた。


「分かった、分かった。悪かったよ、シレン」


手のひらをひらひら振る、謝罪ともつかない軽い仕草。

軽そうに見えるのに、ルイダンはそれ以上は言わなかった。


それでようやくシレンは、また視線を下へ戻した。

まるで何もなかったみたいに。


「……冗談は済んだか?」


フェイオが、重くなった空気を引き戻す。

声はさっきよりさらに低かった。

冷えたまま沈んだ調子。


「これから··· 本題に入る」


彼は一度息を整え、円卓の上を見ながら言った。


「外にはあまり知られていないが」


フェイオの低く、よく通る声が円卓へ落ちる。


「数十年前、『正体不明の力』によって、かつての首都エルフェンシアは滅んだ」


その言葉に、アイラは思わず目を見開いた。

エルフェンシア。

文献の中でしか見たことのない、エルフの旧都。


「その惨劇のあと、生き残ったエルフたちはこのエルカディアンへ流れ着いた。

そして、この都市が築かれた」


ルイダンが腕を組み、小さくうなずく。

シレンは黙ったまま目を閉じていた。


「だがな」


フェイオが静かに続ける。


「その避難民の中に、今の都市長『エディルアムル』が紛れ込んでいた」


アイラが小さく呟く。


「……その人が、今の都市長になったんですか?」


「そうだ」


フェイオはうなずいた。


「あいつは出どころの知れない力を後ろ盾に、

たった数十年で都市長の座まで上り詰めた」


アイラは慎重に問い返した。


「でも……それの何が問題なんですか?

十分な力があるなら、上に立つことだってあるんじゃ……」


フェイオはその問いを無表情のまま聞き、

ゆっくりと視線を向けた。


「俺たちはエルフだ」


その一言には、妙な重みがあった。


「誇りだけは、どの種族にも負けない」


フェイオの目が、一瞬鋭くなる。


「それなのに、何の後ろ盾もないやつが短期間で、

俺たちの部族を除くすべての部族の同意を取りつけた。

そのうえ都市長にまでなった」


彼は低く言い足した。


「エルフの常識で考えれば、到底理解できないことだ」


アイラは口を閉ざした。

そこに言葉を差し込む余地はなかった。


「間違いなくどこかで手を回した。

俺たちエルード族はそう判断した。

そのあと、あいつが魔族と内通している痕跡を掴んだ」


フェイオは懐から、古びた紙を一枚取り出した。

端は少し傷み、薄く埃をかぶっている。


「これは、長い間この都市に潜入していた、俺たちの部族の者が残した手紙だ」


フェイオは無言で、その紙を丁寧に開いた。

そして読み上げる。


『エディルアムルは過去、

魔族との取引によって、

当時エルフの都であったエルフェンシアを

意図的に見捨てました。


その代償として魔族の力を受け取り、

新たな首都エルカディアンへ渡ったのです。


その後、その力を使って

四大部族の長老たちを一人ずつ屈服させ、

今の都市を完成させました。


ですが、問題はそこで終わりません。


彼はその土台の上に、

大賢者ムリムリフの予言書を利用し、

予言の解釈を歪め、

エルフたちを欺きながら権力を強めていきました。


……そして』


フェイオは最後の一文を、ゆっくり、はっきりと読んだ。


『彼は己の私欲のため、

再び魔族に魂を売る儀式を準備しています。


魔族との内通、

そして取引の決定的な証拠を確保したので、

これより帰還を開始します。』


フェイオは手紙を折り畳み、円卓の上へ置いた。


アイラはそれから目を離せないまま、慎重に尋ねる。


「それで……その証拠って、結局何だったんですか?」


フェイオは首を横に振った。


「分からない。そいつは結局、帰ってこなかった」


「……それって、どういう……」


アイラは信じられないというように、わずかに唇を噛んだ。


「帰る途中で何かあったんだろう」


フェイオの言葉は短かった。

だが、その後ろにある意味は長い。

そして、その意味は冷たく凍っていた。


「ほら、これを見ろ」


彼は指先を振り、小さな円形の魔法陣を展開した。

青い光が瞬き、その中から薄い書類が何枚か、ゆっくりと宙から降りてくる。


「これは、大賢者ムリムリフの予言書の写しの一部だ」


その瞬間、視線が同時に書類へ向いた。

ルイダンも、シレンも、アイラも。


フェイオはゆっくりと一枚目を円卓の上に置く。


「すべてを確保したわけじゃないが」


彼は指先で一文を示した。


【世界樹に花が咲く時、エルフと人間が一つとなり、すべてと喜びを分かち合えば、エルフの真なる力が解放される】


「……この一節だ」


フェイオの指先が、その文の上でしばらく止まった。


「エディルアムルは、この予言書に記された『力』を解放しようとしている。

それが俺たちの部族の総意だ」


アイラはゆっくりと、その文を噛みしめた。

まるで文字一つ一つに指で触れていくみたいに。


『エルフと人間が一つとなり···』


「過去には、その言葉通り、人間を連れてきて儀式を行った」


フェイオが淡々と言う。


「だが、何も起こらなかった。

だからエディルアムルは予言書を改めて解釈し直した」


彼は視線をアイラへ向けた。


「『エルフと人間が一つとなり』という一文を根拠に、

ハーフエルフ――つまり、お前のような存在を探し始めた」


「……だから私がここに……」


アイラは何かに引き寄せられるように呟いた。

理由の分からなかった欠片が、今になってようやく元の場所へ戻っていく感覚。


理解できなかった動機が。

今になって、ようやく繋がっていく。


「……それなら……」


アイラは一度、唇を噛む。


「……私は……彼に近づくための……きっかけになるんですか?」


フェイオはうなずいた。


「そうだ。

お前は奴に近づくための『鍵』になり得る」


だが、その直後に言葉を継いだ。


「ただし、ハーフエルフなら誰でもいいわけじゃない」


「……資格、ですか?」


アイラが戸惑いながら聞き返す。


「一種の、認められた者の証が必要だ」


「それってどういう資格なんですか?

私にはそんなもの……何もありません。特別なものなんて……」


アイラは不安を隠しきれなかった。

自分の声が、自分にすら頼りなく聞こえる。


フェイオは腕を組んだまま、ゆっくりと続けた。


「今、世界樹の近くには簡単には近づけないよう結界が張られている。

その結界を通れる資格が必要なんだ」


「……結界?」


「だから俺たちがわざわざ人間の王国まで行って、冒険者試験を受けた理由もそこにある」


「それって……どういう意味ですか?

王国の試験と……世界樹の結界に何の関係があるんですか?」


フェイオはルイダンのほうへ視線を向けた。


ルイダンは何も言わず、自分の胸についたバッジをとん、と叩く。


「お前。王国でもらったC級冒険者バッジ、覚えてるよな?」


「はい……あの時もらったやつですよね。

でも、ただ銀の縁が金の縁に変わっただけじゃ……?」


「無知だな」


フェイオが鼻筋に指を当てながら言った。


「王国冒険者学校から直接支給されるバッジ。

同じC級でも、金の縁取りがされたものには特殊な魔法が仕込まれている」


アイラの目が丸くなる。


「そのバッジにかけられた魔法は、特定の波長を認識して、

結界の感知魔法を無力化する効果を持つ。

特殊な結界――たとえば世界樹近辺の監視魔法程度なら、難なく通り抜けられる」


「あ、あぅ……」


アイラは目を閉じ、頭を抱えた。


「頭が痛いです……一気に情報が多すぎて……」


彼女はうつむいたまま、両手でこめかみを押さえる。


『まさか、この小さなバッジにそんな機能が隠されてたなんて……』


アイラは自分のC級金縁バッジを見つめた。

静かに。

妙な気分になった。


そのとき。


「いやいや~」


隣でルイダンが、わざとらしく笑う。


「アイラって、体も心も知識も……初心者そのものなんだな?」


「うっ……!」


「田舎出身の冒険者だとは聞いてたけど~

まさかC級バッジにそんな魔法があることまで知らなかったとはな~」


彼はくすくす笑いながら、わざとらしくアイラのバッジを見る。


「ひょっとして、金で作った偽物の資格だったりしないか~?」


「何言ってるんですか! 私だって、すごく苦労したんですよ!」


アイラは完全にむきになった。


「怖い怪物と戦って……!」


両手をぎゅっと握る。


「吹雪が吹き荒れる山も越えて……!」


両腕で荒れる風を必死に表してから。


「それに……変な、なんか花みたいなのに牙が生えてる……ああいう怪物とだって会ったんですから!」


渾身の力説。


言い終えたアイラの頬は、ぷくっと膨らんでいた。

唇もきゅっと結んだまま、ぷいと顔をそむける。


「ふん」


どこか子供っぽい反応。


「ははは!」


ルイダンはたまらず笑い出した。


「それ、完全に子供の冒険ごっこじゃないか!

吹雪! 怪物花! ははは……!」


「……何ですって!?」


アイラはぱっと顔を戻し、目を吊り上げた。


「くだらない話はやめろ」


フェイオがきっぱりと割って入る。


「あのバッジは、いずれにせよ俺たちの計画の核になる道具の一つだ」


フェイオは円卓の上の地図へ一瞬目を落とした。


「五十年に一度咲く世界樹の花。

その花が咲く日も近い」


彼の声が静かに低くなる。


「その儀式の日までに、あいつらの歓心を買い、最奥まで入り込む。それが第一段階だ」


そう言い終えたフェイオは地図を見つめたまま、続けた。


「その先は……俺たちが第一段階を終えてから話す」


アイラが慎重に口を開く。

迷いが滲んでいた。


「……私は、何をすればいいんですか?」


不安が、そのまま顔に出ていた。


「言っただろ」


ルイダンが、さして大事でもないように言う。


「本命は俺たちがやる。

お前は適当に様子を見ながら、うまく合わせてくれればいい」


彼は立ち上がり、軽く伸びをすると、そのまま扉のほうへ向かった。


「どこへ行く、ルイダン?」


フェイオが尋ねる。


「息が詰まるから、ちょっと風に当たってくる」


「……エルフの都市の中で、人間が一人で歩き回るのは禁止されている。俺も行く」


「お、そうか?

じゃあ話し相手になってくれよ」


フェイオとルイダンは短く目を合わせ、そのまま扉を開けて外へ出ていった。


部屋には、アイラとシレンだけが残る。


足音が遠ざかったあとも、

アイラはしばらくそのまま座っていた。


何を話せばいいのか分からない。

でも、黙っているのも余計に気まずい。


アイラはそっと一度だけ、シレンを盗み見る。


シレンは動かない。

目を伏せたまま、黙って座っているだけ。


「……あの、その……」


勇気を振り絞って声を出そうとした、そのとき。


「俺のことは気にするな。

変に気を遣わず、楽にしていればいい」


シレンの声は低く、一定だった。

そこまでなら許す。そう線を引くような口調。


「あ、はい……はい……」


アイラは中途半端に返事をしながら、片手で頭をかいた。


『……そんなふうに言われたら、余計に楽になんてできないじゃない……』


アイラは一度視線を床へ落とし、またそっとシレンのほうを見る。

言葉は出てこなかった。

唇だけが少し動いて、結局また飲み込まれる。


沈黙が長くなるほど、

アイラの肩は少しずつ強張っていった。


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