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109. アイラの決心 (アイラのけっしん)

「その……」


静かにうつむいていたアイラが、

小さく、消え入りそうな声で口を開いた。


「……一人、もう一人いたと聞いていたんですけど」


その言葉に、ルイダンが顔を向けて、ああ、と笑う。


「ああ~、ユイスか?」


彼は背もたれに体を預け、杯を転がした。


「そういえばな。

あいつ、口だけは達者だったから、退屈はしなかったんだけどな」


「あいつは、俺たちとは合わない」


その瞬間、フェイオがきっぱりと言葉を断ち切った。

口調には、はっきりした苛立ちが乗っている。


「見ての通り、ユイスとはここへ来る前に別れた」


ルイダンは両手を軽く上げながら、

その説明を流すように続ける。


「でも、なんでだ?

ユイスのことが気になったのか?」


その問いに、アイラは慌てて首を振った。


「あ、いえ。そんなこと、絶対に……」


短く、はっきりした否定。

それでいて、どこかほっとしたような色が一瞬だけ浮かぶ。


フェイオはアイラを横目に見ながら思った。


『アイラはユイスを警戒している』


初めてアイラに会ったとき、

自分はただ『雑種』だと見下し、

冷たく突き放しただけだった。


だが、ユイスは違った。


アイラを見る目が、最初からおかしかった。

親切でも、興味でもない。


陰湿で、歪で、

まるで中身をひっくり返して覗こうとするような目。


アイラの仕草も、口調も、視線も、

一つ一つ舐めるように追い、暴き、

最後には壊してしまいたいとでも言うような……そんな欲の滲んだ眼差し。


『本能で感じ取ったんだろう』


彼女がユイスを警戒せざるを得ない理由。

フェイオに分からないはずがなかった。


だからこそ、あえて口にはしなかった。


「ふむ、ところでアイラ。お前の説明が少し足りないな?」


ルイダンが杯を置きながら口を開く。

目つきは穏やかだが、その言葉には確かな意図があった。


「精霊使いだとしてもさ。

どんな精霊を扱うのか、いろいろあるだろ?」


柔らかな話し方。

だが、チームに必要な情報を引き出すための誘導だった。


「……風を主に扱います。

それと、簡単な回復魔法も使えます」


アイラは短く答え、視線を逸らした。


「なるほど」


ルイダンがうなずきながら、杯を軽く揺らす。


「強化魔法も使えるのか?」


「……それは、まだ……」


さらに小さくなった声。

アイラはうつむいた。


「分かった。まあ、その辺はシレンがいるから問題ないか」


ルイダンはシレンのほうをちらりと見ながら言った。


「アイラは後方支援を担当すればよさそうだな」


静かな空気。

短い間のあと、ルイダンが続ける。


「でも意外だったよ。

俺たちの提案に、そんなにあっさり乗ってくれるとは思わなかった」


その言葉が終わるより早く、フェイオが先に口を開いた。


「当然、受けるべきだ。

雑種風情に……親の罪を償う機会を与えてやったんだからな」


コト。


冷たい一言が落ちる。


アイラは顔を上げた。

視線がそのままフェイオへ向いた。


はっきり不快そうな顔。

だが、言葉はない。


どうにか堪えているような目だった。


「……はいはい、そこまで」


ルイダンが両手を軽く上げて間に入る。


「しばらくは同じチームで動くんだろ?

そういうのは良くないぞ、フェイオ」


「フェイオ」


今度はシレンが低い声で続けた。


「それについては、ルイダンの言う通りだ」


フェイオはしばらく黙っていた。

それから、唇を薄く結んだまま短く言う。


「……気をつけよう」


「アイラ」


ルイダンがアイラへ視線を向けた。


「お前、俺たちのことをどこまで知ってる?」


アイラは一度まばたいた。

少しうつむいたまま、慎重に答える。


「あなたたちのことは……詳しくは知りません。

私はただ……エルフの都市が危ないって聞いて、

力を貸しに来ただけです」


ルイダンはうなずきながら、杯を指で回した。


「うん……まあ、エルフの都市に行くっていうのは間違ってない。

でも……」


彼は杯を置き、

少し真面目な目でアイラを見た。


「ここは最初にはっきりさせておいたほうがいい。

あとで話が違うってなっても面倒だから、正直に言うぞ」


短い沈黙。


ルイダンが静かに続けた。


「俺たちは、仕事の都合でCランク冒険者の資格は取ってるが、

もともとは『ワーカー』だった」


「……ワーカー?」


「そうだ」


ルイダンは穏やかな声で説明を続ける。


「お前も聞いたことはあるだろ。

『ワーカー』が何をする連中か」


彼は視線を窓のほうへ向けた。


「簡単に言えば……裏の冒険者だ。請負人みたいなもんだな」


トン。トン。


指先がテーブルを二度叩く。

そのリズムに合わせるように、言葉も続いた。


「普通の冒険者は表で、

国や都市から必要な依頼を受けて、

合法の枠の中で守られながら協力して仕事をこなす」


彼は再びアイラへ視線を戻した。


「でも、俺たちは違う」


アイラがわずかに目を瞬かせる。


「俺たちは徹底して『依頼人』の私欲のために動く。

殺し、盗み、詐欺。

法的に犯罪とされることでも、

見合う報酬さえ積まれれば、何も言わず依頼人の剣にも盾にもなる」


ルイダンは最後の酒を飲み干すと、

空になった杯をテーブルへ置いた。


「ここまでで……理解に問題はないよな?」


「……はい」


アイラは短く答えた。

声は小さいが、はっきり聞こえた。


「今回の依頼は……エルフの都市に潜り込み、

都市長を引きずり下ろすことだ」


ルイダンの声が低くなる。

テーブルを囲む四人にだけ聞こえるほどに。


アイラは息を呑んだ。


「……殺害依頼、なんですか?」


その問いには、

慎重な恐れと、無意識の警戒が混じっていた。


ルイダンは何も言わず、うなずいた。


そして、ごく静かにアイラへ言う。


「そんなに気負うなよ」


彼は指先でテーブルを軽く叩いた。


「本番は俺たちがやる。

お前は適度に補佐してくれればそれでいい」


言葉は穏やかだった。

だが、その重さが軽いはずはなかった。



「その……こ、これで……本当に合ってるんですか?」


丁寧に整えられた金色の髪。

落ち着いた色合いのドレス。

おとなしく手を重ねた姿。


貴族令嬢のように上品に着飾ったアイラは、

おずおずと横を見た。


その視線の先で。


「ええ、問題ありませんよ、お嬢様」


きっちりした制服姿の若い執事、ルイダンが、

右手を左胸に当てて丁寧に一礼した。


「何か不都合でもございますか?」


言葉遣いは丁寧で、

顔にも慣れた笑みが浮かんでいたが、

普段の軽さとは違うきっちりした雰囲気があった。


その後ろ。


「……はぁ……」


山のような荷物を黙って背負うシレン。

どう見ても『荷物持ち』以上の役には見えなかった。


静かで無表情な足取り。

だが、その荷の重さだけは確かに存在感を放っている。


そして先頭。


エルフの伝統衣装をまとい、

長い髪を後ろで束ねたフェイオが、

落ち着いた足取りで先を進んでいた。


土色と緑が混じった布地。

袖口を飾る古い紋様。


その姿は、まさにエルフ貴族そのものだった。


この四人は、

最大のエルフ都市、エルカディアンの入口へ辿り着いていた。


ルイダンはフェイオの『執事』として。

シレンは『荷物持ち』として。


そして最後に。


ハーフエルフであるアイラは、

『人間の都市から来た客人』という設定で同行していた。


「ここか……」


フェイオが足を止める。


彼らの前には、

巨大な二本の木がそびえ立っていた。


幹だけでも家を一軒呑み込みそうな大きさ。

そして、その間。


まるでこの先からが

エルフの領域だと語るかのように、


空気そのものが変わったような感覚。


誰が見ても『境界』だった。


フェイオが二本の木の間へ近づいた、そのとき。


ゴゥン……


巨大な木の幹が、

まるで生きているかのように震え、

全身の苔がざわりと揺れた。


そして。


「エルフよ。身分を示せ」


青い苔に覆われた枝が、

まるで手のように丸く伸びて、

彼の前を塞いだ。


重く、ゆっくりした声。

自然の奥底から目覚めた監視者のような響きだった。


フェイオは驚く様子もなく、

胸元から一つの証を取り出した。


「エルード一族のフェイオです」


証には、

古代の文様で刻まれた青い若芽と、

重なる枝の印がはっきりと刻まれていた。


片方の木が枝を前へ差し出す。

枝は掌のような形へ変わり、

その証を受け取った。


静かな沈黙。


指のような枝が、

証をあちこち眺め回したあと、

それを返しながら言った。


「確認した」


だが、続く問いは軽くなかった。


「同行している者たちは何者だ? 人間か?

それに、あの女は……純粋な人間ではなさそうだな」


反対側の木から、また別の声が響く。


「血が……混じっている」


空気が一瞬で張りつめた。


そのとき、フェイオが一歩前へ出て言った。


「その男たちは私の従者だ」


彼はシレンとルイダンを軽く手で示す。


「後ろにおられる女性は、アイムリフ様」


落ち着いた、揺るぎない口調。


「エルフと人間の混血、ハーフエルフであり、

人間貴族の家系の令嬢だ。

まもなく開かれる儀式へ参列するため、

遠路はるばる足を運ばれた」


嘘。

だが、まったく揺らぎのない演技だった。


「………」


アイラは反射的に目を見開いた。

『アイムリフ』という、聞いたこともない名前。


だがすぐに、その驚きを押し隠し、

何でもないように視線を逸らす。


しばらく動かなかった二本の木。


やがて再び枝を持ち上げた。

苔に覆われた手が空へ向けて開かれ、道を譲る。


「通行を許可する。入れ」


長く続いた検問は、

自然そのものに認められる形で終わった。


貴族令嬢の姿をしたアイラ。

執事ルイダン。

荷物持ちシレン。

エルード一族のフェイオ。


彼らはゆっくりと、エルカディアンの内部へ足を進めた。


少し奥へ入った頃。


「いや、アイムリフって……? 私、アイラなんですけど……いったいどういうことなんですか?」


ずっと堪えていた言葉が、ついにこぼれた。

アイラは戸惑った顔でフェイオを見た。


すると、隣からルイダンがひそひそと口を挟む。


「別にいいだろ?

何にせよ、通れたんだからさ」


「いや、でも……あとでばれたら……困るんじゃ……」


不安げな言葉を言い終える前に。


「そんな心配はするな、アイラ」


前を歩いていたフェイオが言葉を切った。

立ち止まりもせず、そのまま歩きながら続ける。


「俺はエルフ五大部族の一つ、

エルード族の後継者だ」


冷たい口調。

その中にある確信は揺らがなかった。


「雑音など……一族の力で踏み潰せばいい」


短く、重い答え。


アイラはしばらく言葉を失い、

それから慎重に尋ねた。


「……それで、私たちは今、どこへ向かっているんですか?」


フェイオは振り向きもせず、短く返した。


「口数が多いな」


「……でも。

少なくとも自分の役割を果たすなら……最低限の情報は必要じゃないですか」


アイラは少しむっとした顔で、

口を尖らせながら頬をふくらませた。


その様子を見たルイダンが、

笑い混じりの声で言う。


「アイラ、もう少し待ってくれ」


彼は振り向き、

やわらかく笑って見せた。


「もうすぐ宿に着く。

向こうで全部説明するから、心配するな」


その言葉に、アイラは小さくうなずいた。


そうしてさらに数分歩くと。


一行はついに、

一本の大木の前で足を止めた。


並の家など比べものにならないほど巨大な木。

幹の下のほうには、小さく彫り込まれたような扉があり、

まるで木そのものが抱え込んでいる入口のように見えた。


フェイオは無言で、

エルード族の証を取り出し、

扉のそばの樹皮へかざす。


カチリ。


扉に刻まれた紋様が淡く光り、

ごとり、と重たい音を立てて

木の内部へ続く扉がゆっくりと開いた。


「入るぞ」


フェイオの短い言葉に、

一行はその後を追って中へ入った。


中は、

巨大な木の内部をそのまま生活空間にしたような造りだった。


やわらかな樹液の匂い。

天井に灯る苔の光。

丸みを帯びた造りの部屋や居間。


それぞれ簡単に荷を整えたあと。


「だいたい落ち着いたなら、集まれ」


フェイオが中央の円卓へ歩いていき、

先に腰を下ろした。


ルイダン、シレン、そしてアイラが順に席につく。


張りつめた空気の中で、

フェイオが静かに口を開いた。


「まず」


視線が一人ずつ、ゆっくりと巡る。


「今回の任務の依頼人は、

俺の部族――エルード族だ」


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