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108. 地のエルフ (ちのエルフ)

「さあ、それじゃあ実力のほどを見せてもらおうか」


男はいやらしい笑みを浮かべながら一行を見回した。

そして、一度だけ顎をしゃくる。


「行くぞ」


ぽんと肩を叩くと、

自分に従う連中を引き連れて酒場の外へ向かった。


フェイオも何も言わず、その後ろを追う。


「さっさと片づけて来いよ、フェイオ」


その場に残ったルイダンが、杯を指先で転がしながら呟いた。

視線は相変わらず扉のほうへ向けられている。


「そろそろ整理しなきゃならないしな」


彼はフェイオへ向けて、軽く手を振った。


バタン。


扉が閉まると、酒場の中は再び静けさを取り戻した。


静寂。

ルイダンが片方の口角を上げる。


「あいつら……無事だといいんだけどな。

そう思わないか、シレン?」


コン。


シレンは指先で杯の縁を軽く叩いた。

瞳は静かで、口調にも変化はない。


「それは運命の神が決めることだ」


「……は?」


ルイダンが顔をしかめる。


「俺たちは流れに乗ればいいだけだ」


「……何言ってんだよ。

お前の話って、ほんと分かりにくいんだよな」



「おい、腰抜けエルフ。どこまで行く気だ?」


嘲るような声が暗い路地に響いた。


「墓場でも探してるのか?」


後ろをついてくる男たちがくすくす笑う。


「兄貴、完全にビビってるみたいですよ。手加減してやってくださいよ」

「おい末っ子、スコップ持ってきたか? 埋めてやるんだから力残しとけよ」


歩いている間も、嘲笑は止まらなかった。

鼻で笑う声。地面に唾を吐く音。


だがフェイオは何の反応も見せない。

ただ静かに歩を進める。


路地の突き当たり。

狭く、湿った空き地の前で、彼はゆっくりと立ち止まった。


「この辺でいいだろう」


そう言い終えると、フェイオは振り返った。

月明かりの下で、鋭く光る瞳。


その視線に、男たちは一瞬だけ身を強ばらせた。


「ははは! お前が選んだ墓穴はここか?」


一味のリーダーが大げさな仕草で腰を叩いた。


「意外と悪くない場所じゃねえか。

弔いは酒場にいる仲間に頼んでやるから、安心しろよ!」


フェイオは何も言わず、杖を前へ持ち上げた。


「来い。弱き者ども」


「……何言ってんだ、こいつ」


「兄貴、俺が先にやります!」


後ろにいた男の一人が剣を抜いて飛び出した。

自信満々の顔。勢いのある足取り。


ヒュッ!


刃が風を切り、フェイオへ叩きつけられる。


だが。


キン!


軽く弾く金属音。

フェイオの杖が正確に剣先を受け止めていた。


「な……?」


男は動揺した顔のまま、剣を振るった。

左、右、上。そして再び左からの斬撃。


だが軌道が杖に触れるたび、

まるで紙切れのように力なく流されていく。


「なんだよ……どうなってんだ。杖ごときに俺の剣が……」


顎が小刻みに震え始める男。


そのとき、フェイオが低く呟いた。


「もう終わりか?」


「何?」


ドッ!!


杖の先が一瞬で男の額を打ち抜いた。


めき。


骨が割れる音とともに、血が弾けるように吹き上がる。


「う……!」


悲鳴すら最後まで漏らせないまま、

男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


倒れた体の下から、

赤い血がぽたり、ぽたりと広がっていく。


息遣い一つ聞こえない静寂。


フェイオは血一滴ついていない杖を軽く払うと、

静かに顔を上げた。


「次は誰だ」


「俺が行こう」


一味の中でもっとも巨体の男が一歩前へ出た。

肩幅は広く、腕は柱のようだった。

全身から圧倒的な威圧感が滲み出ている。


男は鼻息を鳴らしながら名乗った。


「俺の名はボルチャプ。素手で戦う格闘家だ」


そう言って、自分の胸を拳で二度叩く。


「正確には……アニマル・スピリッツだ!」


空へ拳を振り上げながら、威勢よく叫ぶ。


「お前の名は何だ、エルフ」


フェイオは微動だにせず、ただ彼を見据えていた。


「……もうすぐ死ぬ相手に名乗る必要はない」


短く、冷たい返答。

その目には敬意の欠片もなかった。


「ははははは!!」


ボルチャプが大声で笑い出す。

周りの連中もつられて笑い、空気を煽った。


「半端な力で気取るとはな。逃げ出すなよ!!」


ドン!


彼が両拳を地面へ叩きつけると、

周囲の空気が震えるように揺れた。


「ウルフ!!」


静かな夜を裂いて、狼の遠吠えが響く。


アオオオオオオオ……!!


その瞬間、ボルチャプの体から灰色の気配が噴き上がった。

その輪郭を包み込みながら、濃くなっていく。


筋肉がさらに盛り上がり、

爪と牙が伸び、

目つきが獣のように鋭くなる。


息が濃くなった次の瞬間。


ドッ!


たった一歩。

ボルチャプは猛獣のように低い姿勢から飛び出した。


突進というより、獲物へ迫る捕食者の動き。

重い体が鋭い速さで突っ込んでくる。


「アース・ランパート!」


フェイオの声と同時に、

彼の前を塞ぐように地面が盛り上がった。


厚い土の防壁が築かれる。


ゴオオオン……!


だが。


ドォン!!


「ははっ!」


ボルチャプの拳が防壁を真正面から打ち抜くと、

土塊は爆ぜるような音を立てて砕け散った。


「こんなふにゃふにゃのもんを防壁だと?」


砕けた壁を突き破ってきたボルチャプが、

嘲るように口元を歪める。


その瞬間。


ドン!


「アース・グラブ」


フェイオの指先がわずかに動くと、

ボルチャプの足元から土が噴き上がった。


両腕と両脚を覆い、

奇妙な角度でがっちりと拘束する。


「ぐっ……!」


きつく締めつける土塊。

胴まで押さえ込まれる。


そして続く、冷たい一言。


「アース・スピア」


ヒュン!


地中から鋭い土の槍が一本、

ボルチャプの腹のど真ん中へ正確に突き刺さった。


ブシュッ!


血が流れたかに見えたが……


「……何だ?」


フェイオの目がわずかに揺れた。


貫かれたはずの男が、笑っていた。


ボルチャプは少し顎を上げ、

静かに息を吸う。


そして、一言。


「グルルル……!」


ウォオオオオオ……!


咆哮とともに、

体を縛っていた土塊が四方へ粉々に吹き飛んだ。


重い土煙が空き地を覆い、

その隙間から現れた肉体。


フェイオの視界に映ったのは――


「緑色……?」


ボルチャプの全身を包んでいた、薄い魔力の膜。

粗いが堅く、その奥にぼんやり浮かぶ形。


「亀の……甲羅……?」


ボルチャプが顎を上げた。


「驚いたか、エルフ様?」


肩や腕に浮かび上がる角ばった紋様。

そこを流れる、重く堅い力。


「羽虫が、うるさくまとわりつくな」


フェイオは目を細め、

ゆっくりと閉じる。


「さっさと死ね」


短い呼吸。

彼の唇から、低い詠唱が流れ始めた。


だが。


「甘い!! 俺が黙って見てると思ったか?!」


ボルチャプが鋭く叫ぶ。


「ウルフ!!」


再び響く遠吠え。

その声とともに、ボルチャプの体が灰色の気に包まれ、

爆発的な速度でフェイオへ突っ込んだ。


一瞬で間合いを詰めたボルチャプは、

杖を避けながらフェイオの腕を掴み取る。


「楽に逝かせてやる!!」


ドォン!!


重い拳が、そのままフェイオの顔面を打ち抜いた。


頭が後ろへ跳ね上がり、

体がそのまま後方へ倒れる。


ボルチャプは大きく息を吸い込み、

肩をすくめて笑った。


「ははは! 俺、力加減ミスったか?

殺すつもりはなかったんだがな、悪い悪い」


彼は崩れ落ちたフェイオの顔を見下ろす。


だが。


「……何だ?」


陥没した顔と砕けた顎。

それは肉ではなかった。


土くれ。

血の代わりに泥がぽたぽた落ちる。


「偽物……?」


ボルチャプの表情が歪んだ。


「おい、エルフ様!」


彼は周囲を見回しながら声を張り上げる。


「腰抜けなんて言わねえからよ……出てこい!

力加減して、優しく終わらせてやるからよ!」


慌てて視線を巡らせ、空き地全体を探る。


見えるのは――


先にフェイオと戦って死んだ仲間の死体、

そして遠くから様子を見ている数人の視線だけ。


「……何だよ。逃げやがったのか?」


その声に焦りが混じり始めた、そのとき。


「アース・クラッシュ」


静かに、だがはっきりと。

フェイオの声が路地に響いた。


その瞬間。


ボルチャプの足元から、

そして周囲にいた男たちの足元から。


ミシィィィッ!!


蜘蛛の巣のような亀裂が走り始める。


「何だこれは……?! おい、みんな逃げろ!!」


ボルチャプが叫んだ。


だが遅かった。


ゴゴゴゴゴ……!!


地面が割れ、

底の見えない断崖が

男たちを一瞬で呑み込んだ。


「うわああああっ!!」

「兄貴!! だめだ!!」

「助けてくれ!!」


悲鳴が重なり、

絶叫が絡み合いながら消えていく。


ずん。


そして割れた亀裂は、

まるで最初から何もなかったかのように、ゆっくりと閉じていった。


さらっ。


すぐに静まり返った地面。

薄く土煙が揺れているだけで、

さっきまでの騒ぎは跡形もない。


まるで最初から、

フェイオ以外は誰もいなかったかのように。


フェイオは無言のまま、

埋まり直した地面をじっと見つめていた。


息も、音も、動きもなく。


「終わったか? フェイオ」


聞き慣れた声。

少し離れたところから、ゆっくり歩いてくる影。


「……ルイダン」


フェイオは視線すら動かさず、

その名だけを口にした。


ルイダンは片手をポケットに入れたまま、

気楽な足取りで近づいてくる。


「お前が待ってた客、着いたぞ」


そこでようやくフェイオが顔を向けた。


「そうか」



フェイオとルイダンが酒場の扉を開け、再び中へ入ったとき、

中にいた客たちの小さなざわめきが耳に入った。


「……あのエルフが……?」

「さっきのやつだろ?」

「ボルチャプは……?」


戸惑いが隠しきれていなかった。


ついさっきまで、

豪快に笑いながら戻ってくると信じられていた男。

ボルチャプ。


だが戻ってきたのは、

さっきまで嘲られていたエルフの男だった。


しかも彼の席の前に座っているのは、

エルフに似ているが、どこか雰囲気の違うハーフエルフの少女。


異質な空気。

それにつられるように、酒場の喧騒も静まっていく。


さっきまで大声で笑っていた連中まで口を閉ざし、

杯を持つ手だけが落ち着かなく揺れていた。


フェイオは何も言わず席についた。


その目の前。


静かにうつむいている少女。


「少し遅かったな」


その短い言葉に少女の肩が小さく震えたが、

顔を上げることはできず、ただ静かに呼吸をするだけだった。


そのとき、比較的やわらかな声がかかった。


「おい」


ルイダン。

『クラミシュの槍』で、一番人当たりのいい男。


彼は片手に杯を持ち、

気楽な笑みを浮かべながら少女へ話しかけた。


「せっかくこういう場ができたんだ。

自己紹介くらいしたらどうだ?」


「……アイラ」


小さな声。

少女は少しうつむいたまま、慎重に続けた。


「アイラです」


短い沈黙。


「ん?」


ルイダンが笑いながら首をかしげる。


「おや? もっと堂々とした性格だった気がしたんだが?」


彼はおどけたように両腕を広げた。


「見知らぬおじさんたちに囲まれて、怖くなったのか?」


冗談めいてはいたが、

どこか軽くない響きがあった。


「……くだらないことを」


フェイオがルイダンを睨む。

その目には隠そうともしない軽蔑があった。


「おっと、怖い怖い」


ルイダンは肩をすくめ、

両手を上に向けて見せた。


「でも、ここまで来たってことは、

しばらく俺たちと行動を共にするんだろ?

少しくらい真面目に知っておこうぜ」


そう言いながら、腰の二つの鞘を指先で軽く叩く。


「俺はルイダン。

このパーティじゃ前衛をやってる。

見ての通り、二刀を使う戦士だ」


そして隣をちらりと見る。


「ほら、シレン。お前も」


シレンは何も言わず、小さくうなずいた。


「シレン。

前衛と支援を兼ねる神官だ」


ことり。


彼の傍ら、テーブルの下には

黒く重いメイスが一本置かれていた。

沈黙みたいに重たい武器だった。


「ほら、フェイオ。お前も」


ルイダンが手で促す。


フェイオは片手を顎に添えたまま、

短く答えた。


「土の精霊を扱う」


「……それだけか?」


ルイダンが今にも爆発しそうな顔で両手を広げる。


「ったく。

こんな無口な連中とばっか一緒じゃ、楽しいわけないだろ」


ぼやくようにため息を吐きながらも、


その口元は、わずかに持ち上がっていた。


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