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106. 偶然の出会い (ぐうぜんのであい)

道に迷ったのだろうか。


心配になったライネルは、そちらへ慎重に近づいた。


「なあ……!」


ライネルの声に、少女がゆっくりと顔を上げた。


その瞬間。


ライネルはできるだけ柔らかく、明るい表情を作って、一歩だけ近づいた。


「村まで送ろうか?」


できるだけ穏やかに尋ねたが、少女は何も答えず、ただ彼を見つめているだけだった。


「先輩! そっちは村の方角じゃないですよ」


遅れて追いついてきた二人の少年、ギルロットとエティオが、周囲を見回しながら戸惑った。


「え……こんなところに人が……?」


思いもよらない出会いに、二人は呆気に取られていた。


「ちょうど村へ戻るところなんだ。一緒に行こう」


ライネルの言葉に、少女は無言のまま、ゆっくりとうなずいた。


そうして始まった、少しぎこちない同行。


ライネルが慎重に尋ねる。


「名前は?」


しばし。


沈黙が落ちた。


それから、かすかに消え入りそうな声が返ってきた。


「……セリアン」


「ああ、セリアンか」


ライネルがやわらかく笑った。続けて、さらに慎重に問いかける。


「でも、どうして一人で……こんな危ないところまで来たんだ? 親は? 友達は?」


「一人で来た」


「本当に?」


「うん」


「何をしに?」


「……物をちょっと確認しに」


「あはは……セリアンって……ずいぶんさっぱりしてるんだな」


ライネルは少し気まずそうに笑った。


話しかけるなと言いたげな目なのに、質問にはちゃんと答える。


そうしてギルドへ入った四人。


ライネルは受付に立ち寄り、その日の依頼報酬を受け取った。


「よし、これで今日の夕飯は困らなさそうだな」


そのとき。


胸元の中から、聞き慣れた小声がした。


「おい、俺の夕飯も忘れてないよな?」


「分かってる、忘れてないよ」


ライネルも同じようにひそひそ声で返した。


後ろでその様子を見ていたギルロットが、不思議そうに首をかしげる。


「先輩? 何て言ったんですか?」


「いやいや、何でもない」


ライネルは手を振ってごまかした。


「それより、今日の夕飯は何にしようか」


そして静かにしているセリアンへ、そっと声をかける。


「セリアンも、一緒に食べるか?」


無言のまま。


小さく、こくりと頭が動いた。


それを見たライネルが、やさしく笑う。


「よし、せっかくだしみんなで食べよう」


その一言に、エティオとギルロットは今にも歓声を上げそうな勢いで手を叩いた。


ライネルは微笑みを浮かべたまま食堂へ向かった。


メニューの前でしばらく悩みながら注文を済ませる。


そうして四人。


それに胸元に潜んだ一つの存在まで。


香りのいいスープと、香ばしく焼けたパン。


素朴だがあたたかな夕食の卓を囲んだ。


けれど。


食事を真っ先に終えたセリアンが、不意に席を立った。


「え……? もう食べ終わったのか?」


ライネルが不思議そうに顔を上げる。


「足りないなら、追加で頼んでもいいぞ。遠慮しなくていい」


だが少女は首を振った。


「いや。私、行かなきゃ」


「……急に? どこへ?」


エティオも首をかしげて尋ねる。


セリアンは短く言った。


「呼ばれた合図が来た」


「合図……?」


ライネルの眉がわずかに寄る。


少女はそれ以上、何も言わなかった。


しばしの沈黙。


そして、短い挨拶だけを残す。


「ごちそうさま。食事代は、あとでちゃんと返す」


そう言って――


静かに身を翻し、小さな裏口の方へ消えていった。


すうっと。


扉が閉まり、残された三人。


「……何だよ、変なやつだな」


ギルロットが顔をしかめてぼやいた。


「よりにもよって! 先輩の食事がまだ終わってないのに!」


「だよなだよな。俺だったらもう一皿は食べてた」


エティオも調子を合わせる。


ライネルはぼんやりとセリアンが出ていった扉を見つめ、それから小さく笑った。


「あはは……まあいいよ。よっぽど急ぎの用事ができたんだろう」


そう言いながらも。


胸の奥に残る妙な引っかかりは消えなかった。


なぜか、**『合図』**という言葉だけが、いつまでも頭に残っていた。


それでも、その考えはいったん脇へ追いやり、三人はまた笑いながら冒険の話に戻っていった。


更けていくポエン村の夜。


焚き火のようにあたたかな会話の向こうで、どこか薄ら寒い気配が背後にまとわりついていた。



暗い部屋。


何本かの蝋燭だけが、かすかに灯っていた。


「随分遅かったな、セリアン」


セリアンが敷居をまたぐと、先に来ていた誰かが気だるそうに言った。


「うん。急にご飯をおごってもらうことになったから」


「意外だな。村の人間と馴れ合うなんて」


セリアンが目を細める。


「気になるなら、アルガスも明日行ってみる?」


「くくく、冗談はよせよ、セリアン」


低く濁った笑い。


闇の中で動いた影が、ゆっくり前へ出てきた。


「俺はな……そんなものより、もっと美味いものを食ってるんだよ……くく」


セリアンが眉間にしわを寄せた。


「どれだけ人を……吸収したの? 初めて見たときと違って、どんどん人間に近い姿になってるじゃない」


「さあな」


アルガスは宝石を弄びながら答えた。


「それより、物のほうはどうなった?」


「採掘はほとんど終わってるみたい。近いうちに拠点を移そう」


セリアンは椅子へどさりと腰を下ろした。


「それより、伯爵のほうはどうするの? まだ利用するつもり?」


アルガスはゆっくりとうなずいた。


「もちろんだ。貴族どもは、他にもいろいろ使い道があるからな」


「明日、最終確認してくるよ、アルガス。伯爵に新しい拠点を用意させといて」


「分かった。新しい場所へ移ると思うと、今から楽しみだな」


アルガスは笑いを噛み殺しながら、赤い宝石を掌に乗せ、わずかに光へかざした。


蝋燭の火が揺れる。


部屋にはまた、静かな闇と瞬く灯りだけが残った。



「先輩! 先輩!!」


「ふわぁぁ……朝から何だよ。もう少し寝かせてくれ……」


「起きてください! 早く! 今日も冒険に行きましょう!」


「何言ってるんだよ……依頼なら昨日で終わっただろ……」


ライネルの部屋。


目をきらきらさせながらまとわりつく二人の少年がいた。


「……その目やめろ。やめてくれ……」


だが、ライネルがようやく頭を働かせる頃には――


すでに彼らはギルドの建物の中へ入り込んでいた。


「違うだろ……本当に……」


「ライネルさん、本当にありがとうございます! 今日も私たちのギルド依頼を受けてくださるなんて!」


「あ、いや、そうじゃなくて……俺はまだ……」


がしっ。


受付係がライネルの手を掴む。


その笑顔を見た瞬間、ライネルは悟った。


『あぁ……今日も断れないな……』


「……はい、分かりました。行ってきます……」


「やったぁ! 今日も先輩と一緒に任務だ!!」


「明日も、明日も一緒に来てくれますよね?」


飛び跳ねる二人の少年を見ながら、ライネルは深くため息をついた。


「だめだ。明日は出発の日なんだよ」


きっぱりと言いながらも、頭の中はまだ複雑だった。


『ネニャに会えなかったのは残念だけど……王都へ行ったって言うなら、そこで……会えるよな』


「先輩! 今日はこの辺りからやればいいんです!」


「そうか? どれどれ……じゃあ、ここから探ってみるか」


ライネルが手を差し出すと、周囲の空気がかすかに震えた。


「おお、今のって……魔法ですか?」


「ん? そういうのじゃない。ただ魔力を広げて、反応を探ってるだけだ」


「うわあ……! やっぱり天才魔法使いだ!!」


「僕も絶対、絶対! 先輩みたいになります!」


ライネルはふっと笑った。


「あはは……そんなに持ち上げても、明日からは絶対だめだからな」


けれど。


笑っていた彼が、ふと顔を向けた。


「……あれ?」


そう遠くない場所。


見覚えのある影があった。


赤い髪。


森の端に立っている少女。


「セリアン?」


ライネルが彼女へ向かって手を振りながら呼ぶ。


だが、セリアンに嬉しそうな様子はなかった。


代わりに静かに、人差し指を唇へ当てる。


「しっ」


「……何だ? 誰かいるのか?」


ライネルは二人の少年を連れて、セリアンのほうへ近づいた。


そしてすぐに。


視界の奥で動く影を捉える。


大きな影。


短く素早い影。


巨大なオーガが数体、その後ろには数十のゴブリン。


「……あれ……何だよ……?」


背後から震えた声。


二人の少年が怯えて、その場へへたり込んだ。


「ギルロット、エティオ! モンスターに気づかれないよう、静かに隠れてろ!」


ライネルは短く命じると、そのまま一気にセリアンのもとへ駆け寄った。


「危ない!」


彼はセリアンの隣に立ち、息を整える。


「何してるんだ? 早く隠れろ。あいつらは俺が相手をする」


セリアンが冷ややかに言った。


「……なんで来たの」


「なんでって、お前が危ないかもしれないだろ!」


「合図した。静かに行けって」


「あ……あれ、そういう意味だったのか? いや、でもモンスターがこんなにいるんだ。力を貸すに決まってるだろ!」


セリアンは一拍遅れてうなずいた。


「……分かった」


二人は一瞬視線を交わし、また敵へ向き直る。


「でも……数がかなり多いな」


ライネルが状況を見渡した、そのとき。


鈍い気配とともに、群れの中から一体のゴブリンが前へ出てきた。


他のゴブリンよりも体が大きく、手には魔道具らしき金属の杖を握っている。


「人間……」


濁った声が響いた。


「この忌々しいやつら……!」


ゴブリンは目をぎらつかせて叫ぶ。


「俺たちの同胞を虐殺し、資源を奪い、ここから追い払った……」


「許せない。人間は……全部敵だ」


ライネルは戸惑ったようにセリアンを見た。


「……何なんだよ、セリアン? こいつら、なんでこんなことを?」


「言葉通り」


「……は?」


「片づけよう」


「そうか……分かったよ。相変わらず言葉が少ないな、セリアンって」


その瞬間。


ゴブリンとオーガの入り混じった群れが、二人へ向かって一斉に突進した。


「後ろの、あんたが連れてきた子たちは、あんたが守って」


セリアンが前だけを見たまま言った。


「言われなくても」


ヒュッ――


ゴブリンの群れの中から矢が飛んでくる。


その瞬間、セリアンの指先が鋭く光った。


地中から太い木の根が突き上がり、槍のように敵を貫く。


「ぎゃああっ!」


何体かが倒れた。


だが、身を低くし、盾で防ぎながら突っ込んでくる群れは止まらない。


ライネルの目が細くなる。


セリアンの戦い方は、どこか不気味なくらい自然だった。


『植物を使った戦い方……?』


彼の体を青い気配が包む。


「はああああ――!」


ライネルが空へ跳ね上がる。


掌を地面へ向けた、その瞬間――


下の一帯が丸ごと沈み込み、突進していたゴブリンとオーガを何体もそのまま押し潰した。


「ぎゃあああ!!」


そのとき。


セリアンのほうへ、強い魔力の気配が飛ぶ。


「くそったれの女の人間! 今度は仲間まで連れてきやがって!」


ゴブリンの指揮官が咆哮した。


「魔法部隊! 攻撃開始!」


「ファイアボール!!」


火球が空を裂いて降り注ぐ。


だがセリアンは落ち着いたまま、静かに手を持ち上げた。


何十本もの木の蔓が立ち上がり、炎を絡め取って弾き返す。


しかし。


跳ね返った火の一部が、そのまま後方、隠れていたギルロットとエティオへ飛んだ。


「危ない!!」


ライネルが一気に降下し、青い念動障壁を展開して二人の少年を包んだ。


ドォン!


熱気と炎が障壁へぶつかって散る。


「危なかった……」


ライネルが息を整えた。


二人の少年はぶるぶると震えていた。


目が揺れている。


この戦いは、子供たちには大きすぎた。


『長引かせたら、あの子たちが危ない』


ゴブリンとオーガの群れは、数で押し切ろうとしてくる。


セリアンが根の槍で耐えてはいたが、距離は少しずつ詰められていた。


ライネルが再び空へ浮かぶ。


「念動――押し返せ!」


ひと振り。


セリアンの目前まで迫っていた一体のオーガが、凄まじい力に弾き飛ばされ、そのまま地面へ叩き込まれた。


「へえ……」


セリアンが小さく感心したように漏らす。


ゴブリンの指揮官が叫ぶ。


「空に浮いてるやつを落とせ!」


ヒュンヒュンヒュンヒュン――!


何十本もの矢が空へ放たれた。


だが、ライネルを包む障壁が軽く弾き返す。


「火炎魔法、構え――!!」


「ファイアボール!!」


ゴブリンの魔法使いたちが叫ぶと、より大きな火球が空の上へ浮かび上がった。


凄まじい光と熱。


爆発が四方へ広がり、戦場を呑み込む。


「やったか……?」


指揮官がふらつきながら呟いた。


だが、その言葉は最後まで続かなかった。


ザシュッ!


セリアンが放った魔法。


太い木の根が一本、指揮官の胴を貫いた。


指揮官の目が大きく見開かれる。


「……!」


その体は大きく揺れ、地面へ崩れ落ちた。


そして。


そのさらに奥。


煙の向こうには、まだ動いている影が残っていた。


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