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104. 宝石の養分 (ほうせきのようぶん)

深い森の中。


一人の男が荒い息を吐きながら、

血まみれのまま木に背を打ちつけた。


「く……くそ……

油断した」


裂けるような息が喉を引っかいた。


「確かに……俺が勝った勝負だったはずなのに……」


砕けた甲冑の隙間から、

細い血の筋が流れ落ちる。


男は歯を食いしばり、

ゆっくりと自分の首にかかった首飾りを見下ろした。


両耳に揺れる赤い宝石の耳飾りも。


その赤い光が、

まるで脈打つように微かに明滅していた。


「だが……この耳飾りと首飾りさえあれば……」


彼は口元を歪めた。

生臭い笑いが漏れる。


「また立ち上がるのは問題ねぇ。

治療を終えて……もう一度力を蓄えて……」


「あの野郎……必ずこの手で叩き潰してやる……」


「ふぅ……ふぅ……」


息を整えていた、そのとき。


茂みが、ほんのわずかに揺れた。


男の目つきが冷たく沈む。


「……誰だ」


顔を上げ、

警戒を外へと向けた。


「姿を見せろ」


ガサッ。


草をかき分けて、

がっしりとした体格の老紳士が歩み出てきた。


白髪。

だが、姿勢はまっすぐだった。


黒い礼服の上には、

古びた銀のボタンが整然と並んでいる。


男は一瞬だけ目を瞬かせると、

緊張が解けたようにふっと笑った。


「……執事かよ。はは、無駄に警戒した」


そして指先で

自分の首飾りを軽く叩きながら言う。


「何だ?

これを取り返しに、ここまで追ってきたのか?」


その笑みには毒が滲んでいた。


「悪いけど、

こいつはもう少し使わせてもらう」


「とんでもなく最高なんでね」


彼は首を傾け、ゆっくりと言葉を継いだ。


「これさえあれば……あいつも、それに……お前らも……」


すると老紳士が静かに遮った。


「……申し訳ありませんが、

ただちに回収せよとの若様の命でございます」


「ははは!」


男は手の甲で血をぬぐいながら嘲った。


「あの気取り屋め……俺をどこまで舐めてやがる?」


「権力に酔って、

今どんな状況かも分かってねぇんだろ」


傷で身体はぼろぼろだったが、

口元にはなお傲慢な笑みが浮かんでいた。


「たかが執事ごときが……

俺からこれを奪えると思ってるのか?」


首飾りを握る手に力がこもる。


「そもそも、この装飾品を俺に渡したのが

あの気取り屋の失敗なんだよ。

もうこれは俺のもんだ」


彼は細く笑った。


「俺は未来で世界を手に入れる男だ」


「そのためには……

この力を引き出すこの品が、どうしても必要なんだよ」


老紳士へ向けて手を振る。


「あとで目的を果たしたら、

品を渡した功績ってことで、席の一つくらいはやってもいい」


「……だから、とっとと消えろ」


だが老紳士は、

何も言わずその場に立ち尽くしていた。


「何だよ。俺の話、聞こえてねぇのか?」


老紳士は静かに

懐から小さな道具を一つ取り出した。


何の装置なのかは分からない。


ただ、指先にはかすかな魔力が漂っていた。


「……!」


その瞬間。


男の身体を覆っていた

耳飾りと首飾りから、赤い光が噴き上がった。


「な……何だこれは!?」


光が一度。

二度。


明滅する。


そして。


次の瞬間。


赤い波動が消えたあと、

そこに男の姿はなかった。


ただ――


耳飾りと首飾りだけが、

ぽつんと床に残されていた。


老紳士は無言のまま、

その装飾品を拾い上げた。


黒い箱の中へ、

慎重に収めていく。


その手には一分の揺らぎもなかった。


最後に魔道具を取り出し、

誰かと繋ぐ。


「……若様。

装飾品を回収いたしました」


「……あいつは?」


老紳士は一瞬もためらわなかった。


「宝石の養分となりました」


「……愚かなやつだ」


低く笑う声。


「素直に渡していれば、命だけは助けてやるつもりだったのに」


「まあ、ちょうどいい」


「あれほどの実力者の養分が入ったなら……

もっといい結果が出るだろう」



ほのかな灯りが漏れる地下の部屋。


その中央には、

魂が抜けたように固まった一人の女エルフが立っていた。


焦点の合わない目。


動かない顔。


彼女の名はシルバレン。


カイルはその姿を見ながら、

ゆっくりと指を揺らした。


「ちびのほうも……いずれ見つけ出さないとな」


「そして見せてやらないと」


口元がゆっくりと吊り上がる。

異様なほど楽しげな表情。


「……逃げた代償に、

お前の姉がどんな姿になったのかを」


「ふふふ……」


「ひとまず、少しの自由は許してやろう」


カイルは身体を反転させた。


「俺は今、とても忙しいんでね」


地下の扉へ歩きながら、

彼は最後に付け加えた。


「新しい玩具が入ったからな」


ガチャリ。


扉が閉まる音。


そのあとに残ったのは、

シルバレンの空っぽの瞳だけだった。



地上の廊下。


柔らかな光が差し込む屋敷の高級な廊下を、

カイルは何事もなかったかのように歩いていた。


先ほど地下にあったおぞましさは、

彼の足取りには微塵も残っていない。


そのとき。


深く腰を折った、

中性的な顔立ちの女が彼を迎えた。


「カイル様のもとで働けること、光栄に存じます」


カイルは柔らかく微笑みながら、

ひらひらと手を振った。


「ようこそ」


「我が家はいつだって、

有能な者を歓迎していますよ」



「おお……正体不明の罠に落ち、

仲間たちと離れ離れになってしまった哀れな男···」


「その名は、ロイネル」


「……ライネルですってば」


ポート・リアン冒険者ギルド。


ギルドカウンターの前。


一人の男が花を一輪手にしたまま、

受付へと大股で近づいていった。


茶色の長髪をかき上げ、

瞳まできらめかせながら、

大げさな声で叫ぶ。


「この一輪の花は、

我が心を込めたささやかな贈り物」


「どうかこの花を受け取って、

私の言葉に耳を傾けていただきたい···」


「麗しきお嬢さん」


「……」


「……」


受付嬢は眉をぴくりと動かし、

首をわずかに傾けた。


濃すぎる気障さに、うんざりした顔だった。


その様子を見た一行の一人。


青いリボンをつけた短髪の少女が、

すぐに前へ出た。


「リーダー···お願いですから、最初の一言くらい普通にできませんか?」


「それに、ライネルですからね」


「少女たちよ、時は流れ、また流れ···」


男がうつろな目で

寝言のように詩を詠もうとした瞬間。


少女がきっぱりとその口を塞いだ。


「お願いだから……もうやめて!!」


「むぐむぐ……私の、歌はまだ···」


その惨状を見た周囲の視線が、

一つ、また一つと集まっていく。


「……何だ、あの頭おかしいやつ」


「かわいそうに。モンスターと戦ってるうちにおかしくなったんだろ」


「今夜は神殿に寄って、

女神様に安息を祈ってやるか···」


ざわざわ。


同情の視線が降り注いだ、その瞬間。


青いリボンの少女が

顔を真っ赤にして大声で叫んだ。


「そんなんじゃないですから!! 気にしないでください!!」


受付嬢は困ったように笑った。


「あはは···とりあえず、

冒険者バッジとチーム名を教えていただけますか?」


長髪の男は、

落ち着いているとは言い難い様子で、

気障な笑みを浮かべながら花をひと振りした。


「王都の冒険者、漆黒の歌」


「そしてチームリーダーの、リヴィエン~です」


名乗るたびに

肩を揺らし、

まるで舞台俳優のような身振りを添える。


カチリ。


彼が差し出したバッジに刻まれた紋章は明確だった。


Aランク。


「え……え……Aランク冒険者ですって!?」


受付嬢の叫びが飛び出した。


その声が周囲の耳を打つと、

一瞬でざわめきが広がった。


「Aランク!?」


「大物じゃねぇか!?」


「いや、なんでこんな街に……?」


「さっきのあの気障なやつが?」


「ありえないだろ……!」


一気に注目を浴びた三人。


その中でも赤いリボンをつけた少女は、

あまりにも恥ずかしいのか深くうつむいていた。


「し、静かに進めようって言ったのに···」


その姿に周囲の男冒険者たちの視線が、

一瞬だけ揺れた。


だが青いリボンの少女は、

そんな視線を一息で断ち切る。


「それで、返事は?」


「あ、あっ、はい!」


ようやく我に返った受付嬢は、

慌てて書類をめくり始めた。


「ラ……ライネル……ライネル……あ、あった……!」


しばし。


三人の目に、

小さな期待がよぎった。


「確かに……うちのギルドに来ていました」


その言葉に、

三人の冒険者は同時に顔を上げた。


「ですが聞いている話では···

すでに王都へ向かったそうです」


「ええええええっ!?」


ピア、リヴィエン、ピナ。


三人が同時に間の抜けた顔で叫ぶ。


「いや……せっかく王都からここまで来たのに、

こんなふうにすれ違うって……?」


リヴィエンはその場で、へなへなと。

崩れ落ちるように座り込んだ。


「はぁ……これも運命の悪戯なのか···」


「リーダー···」


傍にいたピナも、

そろそろと床へ座り込む。


「二人とも···立って!!」


ピアが大声で怒鳴った。


だが二人は

その声を無視したまま、

目に涙を浮かべて、まるでピアを責めるように見上げてくる。


ピアは頭を抱え、

大きくため息をついた。


「はぁ···分かった」


「とりあえず状況整理からね」


彼女は落ち着いた足取りで受付嬢のほうへ近づいた。


「正確には、いつ出発したんですか?」


「五日前です。

王都へ向かう商人の馬車に同乗したと聞いています」


「……五日前……」


その言葉を聞いた瞬間、

リヴィエンとピナは気を失うように


「……」


そろそろと床へ横たわった。


「うえええん···」


「うあああ···」


「二人とも···お願いだからやめて!!!」


ピアは二人の背中を掴み、

ずるずる引きずりながらギルドの外へ向かった。


ギルドの中には、

奇妙な沈黙だけが残る。


「……何なんだ、あのチーム」


「ほんとに……なんでAランクなんだよ···?」


「あいつらと任務が被ったら厄介そうだな···」


ひそひそ。

囁きだけが残る。


ギルドの扉が閉まり、

その騒動もひとまず終わった。



外へ出たピアは、

疲れ果てた二人を地面に下ろしながら呟いた。


はぁ……ほんとに。

この二人をぶん殴るわけにもいかないし···


ピナは深いため息をついた。


そのとき。


背後から柔らかな声がした。


「何かお困りごとでもあるのですか?」


驚いたピナが振り返ると、

整った雰囲気の男が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。


その後ろには、

屈強そうな男たちが何人か、

彼を護衛するようについている。


ピナは一瞬だけ目を細めた。


『貴族……?』


警戒がよぎったが、

すぐに姿勢を正して礼を尽くす。


「あ、大丈夫です。

ちょっと人を探しに来たんですけど……もう出発してしまったそうで」


男は残念そうにうなずいた。


「行き違いになってしまったのですね。残念でしたね」


「お気遣い、ありがとうございます」


「いえ」


男はわずかに頭を下げた。


「近いうちに、

きっとまたお会いできることを願っております」


そう言った男は、

付き従っていた者たちとともに静かに通り過ぎていった。


ピナが目を細め、

その背中をじっと見つめる。


「ん……? ねえ、あの人……男? 女?」


「さ、さあ! そんなのはいいから、また王都へ戻りましょう!」


ピアは二人を引っ張ろうとしたが、

リヴィエンはぴくりとも動かなかった。


「ん? リーダー、どうしたの?」


リヴィエンがゆっくりと目を細める。


「あの男……何だか気味が悪いですね」


「急にどうしたの?」


「···ふむ、何でもありません」


リヴィエンはそっと視線を逸らしながら微笑んだ。


「まだ時ではないようです。

また会う運命なのですから···」


「その日のために、しばしの別れを···」


ピナはぎゅっと目を閉じ、

困り果てたように呟いた。


「あー、はいはい……皆さん、また王都に戻りますよぉ……」


「何を言うのです!」


リヴィエンの目がきらりと光る。


「こんな遠くのポート・リアンまで来ておいて!」


「ここの名物、西の海の黄金ウニタルトを

味わわずに帰れるわけがないでしょう!」


一瞬で真面目な顔になったリヴィエンが、

重々しく付け加える。


「あ! それに、夜明けに海の上から昇る太陽が見える

絶景の場所があると聞きましたよ!」


ピアの目がきらきらと輝いた。


「だよねだよね。

せっかくここまで来たんだから、楽しめるものは楽しまなきゃ!」


リヴィエンとピアは両手を取り合い、目を輝かせる。


ピナは絶望に満ちた顔で頭を抱えた。


「はぁ……私の人生って……

このまま一気に老け込みそう……」


「哀れな少女よ。憂うことはありません」


「さあ、それでは我らが美味なる昼食のために出発!」


ピナはため息をつきながら、その後を追った。


「こんな訳の分からない状況、もう何度目か分からないよ……」


「早く来てください、ピナ! あなたの分まで全部食べてしまいますよ!」


「ああもう、分かった分かった。

とりあえずお昼にしよう」


「悩むのは、お腹いっぱいになってから!」


そうして浮かれた二人の冒険者と、

悩みの尽きない仲間一人は、

市場のほうへ歩いていった。


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