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103. 見送り (みおくり)

ライネルは背後の気配に、さらに意識を研ぎ澄ませた。


だが――


「ライトニング・タックル」


痺れるような電流がノックスの全身を焼くように駆け巡り、

そのままライネルの念動障壁へ激突した。


ドォンッ!!!


眩い閃光とともに、

爆音が街外れに響き渡る。


視界が白く染まった。


「···!」


一瞬、目の前が見えない。

ライネルは本能的に身体を跳ね上げ、

空中で体勢を立て直す。


後ろだ。

気配さえ捉えれば···すぐに。


だが。


足元から不意に突き上がってきたノックスの拳。


「くっ···!」


どうにか小型の障壁を連続で展開したが、

集中が乱れたせいで、

衝撃がそのまま顎を打ち抜いた。


ドゴッ!!


「かはっ···!」


鮮血が宙に散り、

ライネルの身体が力なく落ちていく。


ドン。


土煙とともに、地面を揺らす落下。


コツ、コツ···


靴音が冷たく響く。


ノックスが笑みを浮かべたまま、

血まみれの少年へ歩み寄ってきた。


「前はお前の戦い方が分からなくて、ちょっと手こずったけどよ···」


ノックスはしゃがみ込み、

血を流すライネルを見下ろした。


「今は···だいたい分かってる。十分やれるな」


ライネルは歯を食いしばり、

震える指先に力を込める。


瞬間的に念動力を弾けさせ、

ノックスとの距離を無理やり引き離した。


「逃げるのか? 面倒くせぇな···」


ノックスが追いかけようとした瞬間、

青い鎖がその足首へと襲いかかる。


「は···またそれか?」


嘲るように呟いたノックスが、

一度力を込めただけで、

鎖は蜃気楼のように掻き消えた。


「二回目からは効かねぇって言っただろ?」


「さぁ···そろそろ終わらせるか?」


「ドプル(Doppel)!!」


再びもう一人の『ノックス』を生み出す。


「今度は粉みたいに消してやる!」


二人のノックスの身体から、

電流のように噴き上がる魔力。


その瞬間。


「···だめだ」


ライネルは拳で

土を掴んだ。


「……こんなところで倒れるわけにはいかない」


血にまみれた手のひら。

震える脚。

乱れた呼吸。


それでも。


彼の眼差しだけは、

これまでで一番はっきりと光っていた。


「早く···王都へ行かないと。

仲間たちが待ってるんだ」


「その顔」


ノックスがゆっくり笑う。


「完璧だな?

毎朝それを見ながら目を覚ましたいくらいだ」


「···今度はお前の悲鳴で朝を迎えるとしようぜ」


「死ね!!」


バチッ!!


ライネルへ突っ込んできた分身が触れた瞬間、

強烈な光が四方へ弾け飛んだ。


「うはははは! 調子に乗ってたくせに、ざま――」


嘲っていたノックスの表情が、

一瞬で歪んだ。


「···なんだ、これは」


ライネルを包んでいたのは黄金の防護膜。

その光はまるで神聖な気配のように、

荒れ狂っていた魔力を鎮めていた。


そのとき、

どこか聞き覚えのある、

けれど知らない声が響いた。


「俺のパートナーを···危険な目に遭わせておいてな」


ノックスが視線を向けた先には、

緑色の長い髪をなびかせた男が立っていた。


だが、彼は完全な『人間』ではなかった。


美しい青年の顔と体つき。

だが下半身は鱗に覆われた爬虫類。

背には翼があり、腰の後ろには長い尻尾まで伸びている。


「···ドラゴン···?」


ライネルは呆然と呟いた。


その男はゆったりとした足取りでライネルの前まで来ると、

半ば笑ったような顔で言った。


「ずっと座ってるつもりか?」


「···誰···?」


「この姿は初めてだったな?

もう一度名乗っておこう。

俺はカミアモネ・タルガウス・メトニカ」


「···カミ···?」


「そう、俺が言ってたあのカミだ」


男は微笑んだ。


「説明はあとだ。

先にあいつを片づけよう」


「何だ、この邪魔者は!!」


怒りに満ちたノックスが叫ぶ。


「せっかく上手くいきかけてたのに、水を差しやがって?!

いいさ、お前もまとめて叩き潰してやる!!」


「ドプル!」


ノックスが再び叫ぶ。

赤い閃光とともに、また一人ノックスが生まれる。


「ライネル! 俺が本体と分身を同時に引きつける」


カミは防御の構えを取り、低く呟いた。


「そのあいだにお前は···

できるだけ強く、

あの本体を正面から叩き潰せ」


「···分かった」


ライネルは息を吸い込み、

乱れていた青い魔力を整える。


全身から立ち昇る気配。

一瞬で空気の密度が変わる。


「まずは···

お前から死ね!!」


ノックスが叫ぶ。


本体と分身、二人のノックスが同時に

狂ったような速度でカミへ襲いかかった。


ドガァン! バチッ! ドン!


爆発する魔力と、電光石火の肉弾戦。

カミは翼で軌道を変えながら、

防護膜を展開しつつ、ひたすら後方へ誘導していく。


「おい···お前、わざと時間を稼いでるのか?!」


ノックスが歯噛みする。


「ふぅん?」


「それとも···まさか攻撃自体できないのか?」


ふっ。

ノックスは嘲るように笑い、さらに勢いを強める。


だがカミは視線すら向けず、

ゆっくりと指を天へ掲げた。


「···何だ、それは?」


ノックスの視線が上へ向く。


石、木片、金属の破片···

無数の欠片が渦を巻きながら、

空中で巨大な塊へと圧縮されていた。


「···何だよ、あれは···」


圧倒的な質量。

その形が完全に姿を現す前から、

二人のノックスは無意識のうちに身体を強張らせた。


その瞬間、

カミが一瞬でライネルのそばへ移動する。


「よくやった」


軽く彼の肩を掴みながら、

ノックスたちへふざけたように手を振る。


そして。


ライネルとカミの姿は、

そこから忽然と消え失せた。


「これ···夢だよな···?」


焦点の合わない目。


彼らの頭上、

果てのない重力に引かれて落ちてくる破片の塊。


ドォォォォン!!!


凄まじい轟音とともに、

数千の破片がノックスたちと地面を呑み込んだ。


爆ぜるような衝撃波に、

土煙と瓦礫が四方へ吹き飛ぶ。


空を飛んでいた鳥たちが一斉に散り、

通りの犬たちが狂ったように吠え立てた。


しばらくの静寂。


そして、

ゆっくりと沈んでいく土煙の中に現れたのは――


瓦礫で積み上げられた、

巨大な石の墓標だった。



「うううん···」


大きく伸びをしながら、身体を起こすライネル。

ベッドシーツがかさりと音を立てて絡みつく。


「……あれ···?」


どうにか目は開いたが、

頭の中はまだ霞がかかったようにぼんやりしている。


激しい魔力消耗のせいか、

身体を起こすだけでもかなりきつい。


「···どれくらい寝てたんだ?」


扉の向こうでごそごそしていた物音が近づき、

ガチャリと扉が開く。


「何ですか、ライネルさん。

二日も寝っぱなしって」


目を丸くしたエリセルが、

両手に皿を持って入ってきた。


「···二日もですか?」


「ふぅん。どこで何をしてきたのか知りませんけど、

体じゅう傷だらけだったんですよ?」


ライネルは驚いて自分の身体を見下ろす。

肌には傷跡一つ残っていない。


「···あれ? 何ともないですけど」


「そりゃそうですよ。ライネルさんが倒れてるあいだに、

私がこの街の神官さまにお願いしましたから」


エリセルは少し恨めしそうな顔をして、

皿をことんと置いた。


「おかげで治療費がどんどん···飛んでいきましたけど!」


「すみません。

やる気が先走って、無理しすぎたみたいです···」


「それで、費用はいくらかかったんです?」


「払えるお金、あるんですか?」


「···それは···ないですね」


ライネルがわずかに顔を背ける。


「···じゃあ、あとでお金ができたら渡します」


「ふふ」


エリセルが口元を歪めて笑った。


「もうすぐ王都へ行く人が、

その『あとで』をどこで果たせるんでしょうね?」


「···もう出発の時間なんですか?」


「予定より早まりました。

明日の午前には、約束していた商人が来るそうです」


そしてエリセルは、

一度息を整えてから続けた。


「それと私は···

今日の午後、カイル様のお屋敷へ行くことになりました!」


口調からして浮き立っていた。

目も輝いているし、肩にも力が入っている。


「···えっ? それって···?」


「そうです」


にっこり笑ってうなずく。


「私、カイル様のもとで正式に働くことになったんです」


「···よかったですね」


ライネルも心からの声でうなずいた。


「その日、特別に招待されていた競売はどうでしたか?」


「もちろん最高でしたよ!」


エリセルが勢いよく手を上げて言った。


「この街どころか、この国でもなかなか見られない品が

どれだけあったことか!」


「興奮しすぎて···

隣にいたお客さんに睨まれましたけど···」


語尾を濁しながら、がくりと肩を落とす。

少しのあいだだけしょんぼりした顔。


だが、すぐに顔を上げて微笑んだ。


「それはそうと···リエナのお姉さんのことも

調べようと思ってたんですけど···」


ライネルの表情に、心配の色が差す。


それを見たエリセルは、

少しだけ胸を張って言った。


「そこは心配しないでください」


「私、この街に残ることになったので、

ゆっくりでも最後まで調べるつもりです」


「カイル様は本当に有能な方ですし、

その下にいれば情報ももっと早く入ってくるはずです」


「もちろん、船長さんとも引き続きやり取りしながら、

貿易のほうの手伝いもするつもりです」


「じゃあ···リエナは···?」


ライネルが慎重に尋ねる。


「私の代わりに船に乗って、手伝いをすることになりました」


エリセルはやわらかく答えた。


「もちろん、この街では絶対に船から降りないって約束しましたし。

それに、近くで治療できる村や国に寄れたら、

耳も元に戻せるかもしれないって言われたんです」


ライネルはしばらく考え込む。


本当はリエナに赤い宝石のことをもっと聞きたかった。

だが、今ではない気がした。


『···どうせ、お姉さんを助けるまでは

まともな話は聞けないだろう』


そうだ。次を待とう。


「私たち···明るい気持ちで別れましょう」


エリセルが先に口を開いた。


「そんな顔しないでください。

きっとうまくいきます」


「私も。ライネルさんも。

リエナも」


「···もちろんです」


ライネルはかすかに笑って、うなずいた。


「これまで···本当にありがとうございました」


二人は短く握手を交わす。

その手には未練も、後悔も残していなかった。


昼をだいぶ過ぎたころ、

エリセルは船員たちとの食事を終え、

宿の前で静かに荷物をまとめて出てきた。


やわらかく吹く潮風が、

彼女の髪をそっと揺らす。


見送りに来た面々のあいだから、

あたたかな別れの言葉が飛ぶ。


「おーい、エリセル! 向こうでも元気でな!」


「船が恋しくなったら、いつでも戻ってこいよ!」


「うまいもん食いすぎるなよ、太るぞ!」


はは、と笑い声混じりに交わされる別れの挨拶。

エリセルの目元には、いつの間にか涙がにじんでいた。


そのとき、船長が前へ歩み出た。


「エリセル。

今まで本当にありがとう」


そして船長は、

少し声を低くして付け加える。


「いい情報が入ったら、分かってるな?」


「やだもう、船長さん。雰囲気壊さないでくださいよ···」


エリセルは目元をぬぐいながら、ぱっと笑った。


「もちろんです」


そして顔を上げると、

静かに立っていたライネルと目が合う。


二人は言葉もなく、

短く、それでも深い目礼を交わした。


ライネルの後ろに隠れていたリエナが、

そっと顔を覗かせる。


エリセルはその小さな瞳を見つめながら、

心の中でそっと呟いた。


『リエナ···

必ず、あなたのお姉さんを見つけるわ。

今はまだ自由になれなくても、

その日はきっと来るから』


エリセルは小さく息を吸い、

馬車へ乗り込んだ。


静かに走り出す馬車。

その上で風に髪を払いつつ、

小さく、けれど確かに囁く。


「···私の夢は、ここから始まる」


「みんな、しばらくさようなら!」


力いっぱい手を振りながら、

少しずつ遠ざかっていく馬車。


ライネルと船員たち、そしてリエナは、

静かにその後ろ姿を見送っていた。



翌日の午前。


穏やかな潮風とともに、

もう一台の馬車が港に到着した。


船長は出迎えに出て、

商人としばらく笑顔で挨拶を交わしたあと、

手招きで誰かを呼ぶ。


「おい、ライネル。こっちへ来なさい!」


ライネルは振り向く。

胸元にいるカミと目が合った。


『···ついに。

また、王都へ戻るんだ』


「よかったじゃないか、ライネル?

恋しい仲間たちに会えると思ったら、

口元が緩みっぱなしなんじゃないのか?」


カミがにやにや笑いながら顔を覗かせる。


「そりゃ、もちろん」


ライネルは小さく笑って答えた。


「俺にとって···あいつらは家族だから」


「ひひひ。

これからまた、面白いことがいくらでも起きそうだな?」


カミはくすくす笑いながら、

再び胸元へ潜り込んだ。


「はい、行きます!」


ライネルは荷物を持ち、

馬車のほうへ歩いていく。


そうしてまた一つ別れを終え、

停泊していた船も出航の準備を始めていた。


「さあ! 急げ急げ!

午後には出航だ!!」


船長の声が大きく響くと、

船員たちが慌ただしく動き回り、

船着場はたちまち活気で満ちていく。


ライネルの足は、

いま再び王都へ向かって進み出した。


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