第9話 後悔しても
「イルルド、重要な情報が手に入ったわ」
「え? そうなのかい?」
私とエルヴィー侯爵は、リビルト様の部屋へと戻って来ていた。
綺麗だった部屋は、すっかりと荒らされている。どうやらイルルドは、隅から隅まで調べて尽くしたようだ。
「結果から言うけれど、お母さまとリビルト様の居場所がわかったわ」
「なんだって?」
「メイドのエルシーが、教えてくれたの」
「エルシー? えっと、その人は?」
「まあ、簡単に言ってしまえば、リビルト様の恋人よ」
「恋人……」
私の言葉に、イルルドは微妙な顔をした。
服などが見つかった時から、リビルト様にそういう存在がいるかもしれないということはわかっていた。
だが、実際にいたと聞いてイルルドも呆れているのだろう。リビルト様の軟派さは、どうしようもないものであると。
「まさかとは思うけれど、リビルト様は母様以外の女性ともそういう関係に?」
「ええ、そのようなのよ……」
「うむ……」
そこで私は、エルヴィー侯爵の方を見た。
すると彼は、私達の前にゆっくりと出る。そして私達二人を交互に見た。
「情けない限りではありますが、リビルトは愚かな男だったようです」
「愚か……」
「婚約者がいながら、メイドと関係を持ち続けて、あまつさえその婚約者の母親にまで手を出した……あれは、愚か者としかいいようがありません」
エルヴィー侯爵は、悲痛な面持ちだった。
一人息子がそのように軟派であるという事実が、とても悲しいようだ。
侯爵にとって、今回の出来事はかなり辛いだろう。彼に、そんな仕打ちをしてしまったことは申し訳なく思っている。侯爵の人の良さは、これまで接してきてよくわかっているので、猶更そう思ってしまう。
「妻を亡くしてから、私なりに愛情を注いで育ててきたつもりでしたが、どうやら育て方を間違えってしまったようです」
「そ、そんなことは……」
「……申し訳ありません。あなた方に言うべきことではありませんね」
エルヴィー侯爵は、そこでゆっくりと首を振った。
自分でも言っている通り、育て方の後悔をここで述べても仕方ないと思ったのだろう。
そんな侯爵に、どんな言葉をかけていいのかがわからない。それはイルルドも同じであるようだ。
「お二人は、リビルトと夫人の元に直接向かわれますか?」
「ええ、お父様に一報を入れてから向かおうと思っています。侯爵は、どうされますか?」
「私も行くつもりです。ただ、お二人は先にお行きください。実の所、最近足の調子が悪いのです。文字通り、お二人の足手纏いになりかねない。程なくして合流しますから、どうか私のことはお気になさらず」
「わかりました。それでは、私達は行きます」
私はエルヴィー侯爵の言葉に、ゆっくりと頷いた。
こうして私達は、お母様とリビルトが隠れている場所へ向かうことにするのだった。
◇◇◇
私とイルルドは、お父様に手紙を出してからすぐにエルヴィー侯爵家の屋敷を出た。
行き先は、当然お母様とリビルト様の潜伏先だ。
「メイドのエルシーの話では、二人はあの家にいるらしいのよ」
「えっと、ここは彼女の家なのかな?」
「ええ、今は住み込みで働いているみたいだけど、ここが実家であるらしいわ。両親は既に亡くなっているらしいから、潜伏先としてはうってつけだったのね」
「なるほど……」
家の近くまで来た私達は、ゆっくりと周囲を見渡した。
森の奥にあるその家は、正に隠れ家といった感じだ。エルヴィー侯爵家の領地内ではあるものの、ここなら人目もないし、中々見つからないだろう。
「買い出しなんかは、そのメイドが?」
「二人も変装して買い出しに出ていたみたいよ。まあ一度ここに辿り着けば、見つけ出すのは難しいし、割と自由に行動していたのでしょうね……」
私とイルルドは、草むらの中から家の様子を伺った。
恐らく、あちらはまだこちらの存在には気付いていないだろう。できることなら、ばれずに二人を見つけたいものである。
「姉さん、あそこを見てみて」
「カーテンが閉まっているわね……あ、人影?」
「ああ、どうやら少なくとも一人はあそこにいるみたいだね」
「それなら幸いね……って、待って二人いるわよ?」
「そう、みたいだね……」
私とイルルドは、一つの人影が二つに分かれる瞬間をはっきりと目撃した。
カーテンで隠れているため、何が起こっているかはわからない。しかしながら、なんというか嫌な予感がしてしまう。
だが、もしも私の予想が当たっているなら、これは好機ともいえる。二人は、きっと油断しているだろう。今の内に乗り込んだ方がいいかもしれない。
「まったく、嫌なことばかりだわ。今回の事件は……」
「ああ、だからこそ終わらせよう」
私とイルルドは、連れて来ていた使用人達に合図を出してから素早く家へと近づいた。
家の中にいる二人は、まだ私達のことを把握していないだろう。そう予測して、私は慎重に扉に手をかける。念のため鍵はもらっていたが、扉は特に抵抗なく開いていく。
「イルルド、二階に行くわよ。できるだけ、慎重に……」
「人影があったのは、右奥の部屋だったね?」
「ええ……」
私とイルルドは、使用人を連れてゆっくりと階段を上った。
それなりに古そうな家だったが、幸いにもそれ程音は立っていない。これなら、二人に気付かれずに済みそうだ。
そんなことを考えている内に、私達は例の部屋まで辿り着いていた。そこで私は、ゆっくりと息を呑む。いよいよ、あの二人と対面することになるのだ。




