第6話 何れ私は
「えっと、姉さん。その……お邪魔します」
「……そんなに固くならなくてもいいのに」
夜、私はイルルドを自室に招いていた。
色々とあったため、姉弟としての親睦を少し深めたい。そう私が提案したら、イルルドが乗ってくれたのである。
「そうは言うけれど、やはりこの年で姉さんと一緒に寝るというのは中々に厳しいものがあるというかなんというか……」
「まあ、そうなのでしょうね……でもそれなら、どうして断らなかったの?」
「今日は色々とあったから、特別さ」
イルルドは、緊張した面持ちでベッドに座る私の隣にゆっくりと腰掛けた。
こうやって一緒にいると、昔を思い出す。イルルドがここに来たばかりの頃が、どうしてか妙に懐かしい。
「いつからだったかしらね。私達の部屋が分かれたのは……」
「四年前くらいまでは、一緒だったね。今となっては信じられないことだけど……」
「私と同室は、もう嫌だということ?」
「そういう訳ではないよ。ただ恥ずかしいというだけさ。その……いつまでも、姉さんに甘える弟ではいたくないからね」
イルルドは、ある一定の年になるまで、私にべったりだった。
今でこそ、年齢以上に大人びているが、昔はむしろ少し幼いくらいだったような気がする。
そんなイルルドを、私はついつい甘やかしていた。弟が可愛くて仕方なかったのだ。いや、今でも可愛く思ってはいるのだが。
「イルルドは、随分と立派な大人になったわね。ローライト侯爵家の次期当主として、本当に相応しい人物になったと思うわ」
「そうかな? 自分では、まだまだ未熟だと思っているけれど……」
「そうやって謙虚な所も、あなたの魅力だと思っているわ。ローライト侯爵家は安泰ね」
イルルドが頼もしくなったことに、私は寂しさを覚えていた。
だが、それは必要なことである。彼は、いずれこの侯爵家を背負うのだから、立派になってもらわなければならない。
「姉さん、その……姉さんは、ローライト侯爵家の一員だからね?」
「え? ああ、ええ、それはもちろんわかっているわ。もう昼間のようなことは言わないわよ。でもね、どの道私は、この家を出て行くことになると思うの。どういう形になるかはわからないけれど、この家に残るのはあなただもの」
「それは……」
私がここから出て行くことは、ほぼ決定事項だ。元々リビルト様に嫁ぐことになっていた訳だし、その辺りが変わることはない。
もちろん、それに関しても寂しさはある。だが、やはりそれも必要なことなのだ。
「姉さんがいたいなら、それでいいのに……」
「ふふ、その気持ちだけで充分よ」
イルルドは、本当にできた弟である。
やはりこの弟に任せておけば安心だ。私はそんなことを想いながら、イルルドとともに過ごすのだった。
◇◇◇
「しかし、驚きました。まさか、あなた方二人がわざわざ訪ねて来るとは……」
私達の目の前にいる初老の男性は、ソファに腰掛けながらゆっくりとため息をついた。
何度か会ったことはあるが、エルヴィー侯爵の物腰は本当に柔らかい。奥様を亡くしてから、色々と苦労されたと聞いているが、そういう経験が彼の優しさを形作っているのだろうか。
「突然の訪問申し訳ありません、エルヴィー侯爵……事情は、既にご存知かと思いますが、私達のお母様とリビルト様は、行方不明になっています」
「アルメア嬢、あなたの訪問を咎めようなんて思いませんよ。むしろ、あなた方を歓迎します。私も息子を見つけ出したいですからね……」
エルヴィー侯爵は、悲痛な面持ちでそう呟いた。
早くに奥様を亡くした彼にとって、唯一の家族がリビルト様だ。故に、彼の行方がわからなくなったという事実は、侯爵にとってとても不安なことなのだろう。
「非常に残念ながら、二人は駆け落ちしたようです。二人はどこかに隠れていると私は考えています。そんな二人を探し出すために、リビルト様のことが知りたいのです」
「リビルトのことですか……なるほど、心当たりなどがあるかということですな?」
「ええ、お母様が行きそうな場所は既にあたりましたから」
「なるほど、そういうことですか……」
私の言葉に、エルヴィー侯爵は目を瞑った。
それは恐らく、考えてくれているのだろう。リビルト様の行きそうな場所を。
「あれが行きそうな場所には、いくつか心当たりがあります。ですが恐らく、そこに行っても無駄でしょうな」
「無駄?」
「リビルト、それにローライト侯爵夫人も、我々が探すことは織り込み済みであるはずです。故に私が思い付く二人が行きそうな場所に、せがれは行かないでしょう」
「……なるほど、確かにそれはそうですね」
エルヴィー侯爵の理論は、非常に納得できるものだった。
二人は私達から隠れようとしているのだ。それなのに、心当たりがある場所を探しても意味はない。非常に単純であるが、とても重要なことである。
「もちろん、そこにいる可能性がないという訳ではありません。余裕があるなら、そこもあたればいいでしょう。ただ力を入れるべきは、我々の心当たり以外の場所です」
「……それは範囲が広大過ぎますね。何か、絞れる要素が欲しいです。そのためにも、リビルト様の部屋を調べていただけませんか?」
「息子のプライベートを探るのは気が引けますが、仕方ありませんな。お二人とも、ついてきてください」
「え、ええ……」
エルヴィー侯爵の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
私達が入ってもいいのかとも思ったが、侯爵もこう言っている訳だし、とりあえずついて行くことにしよう。




