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婚約者の浮気相手は母でした。  作者: 木山楽斗


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第5話 大切なこと

「……なんということだ」


 私が見つけた日記を読んで、お父様はゆっくりと天を仰いだ。

 それは、当然のことである。そこに書かれているのは、彼にとっても衝撃的なことだ。

 しかしこれは、隠していてはならない事柄でもある。故に私は幾分かの勇気を持って、日記をここまで持ってきたのだ。


「アメルタは、過去にも私を裏切っていたということか……」

「ええ、そのようです。お父様と婚約している時から、どうやらその男性と関係を持っていたようですね……」

「そんなこと思ってもみなかった。どうやら私の目は、節穴だったらしいな……」


 お父様は、自嘲気味に笑みを浮かべていた。

 だがお父様に非なんてない。悪いのは全て、お母様である。


 お母様には、お父様と婚約する前から親しくしていた人がいたそうだ。

 その人との関係は、婚約が決まってからも、さらには結婚してからも続いたらしい。


「お父様、どうか自分を責めないでください。悪いのは全て、お母様です。彼女はあなたを何度も裏切り、ひどく傷つけた。最低な人です」

「……アルメア」

「私は、そんな最低な人の娘です。誇り高きローライト侯爵家の血も引いていない愚かな娘です。本当に……本当に申し訳ありません」


 私はゆっくりとお父様に頭を下げた。

 妊娠した時、お母様はまず私がどちらの子であるのかということを心配したらしい。故に彼女は、生まれてから確かめたのだ。然るべき研究機関に、密かに親子関係の調査を依頼したのである。


 その結果、私の父親がどちらであるかはわかった。

 それは私にとっては、最悪の結論である。私の父親は、敬愛している目の前のお父様ではなかったのだ。


 深い悲しみが渦となって、私の心の中で蠢いている。

 自らのルーツが否定されて、ただのアルメアとなった今は、自分という存在がなんともちっぽけに思えてしまう。


 今までの私の人生とは、なんだったのだろうか。

 ローライト侯爵家の娘として生きてきた自分自身を、私はひどく嫌悪していた。

 偽りによって塗り固められた私が、誇り高きローライト侯爵家を汚したことは、恥じるべき所業である。


「今回の捜索が終わったら、私はこの家を出て行きます……それでどうか、お許し――」

「――アルメア、馬鹿なことを言うんじゃない!」

「……え?」


 そこで私は、大きな音ともに聞こえてきた怒号に顔を上げた。

 すると、えぐれた後のある机と泣きそうな顔をしているお父様が目に入った。よく見ると、お父様の右手からは血が流れている。

 私が呆気に取られていると、お父様がこちらに近づいてきた。そのまま私は、ゆっくりと抱き寄せられる。


「お前は私の娘だ。それ以上でも、それ以下でもない。私達の絆は、血の繋がりなどというちっぽけな要素で壊れるようなものではないはずだ」

「し、しかし……」

「姉さん、父様の言う通りだよ。本当の親子であるかどうかは、血の繋がりだけで決めるものではないはずだ。姉さんは僕のことを弟だと思ってくれていたじゃないか。それとももう僕のことは弟なんかじゃないと思っているのかい?」

「そ、そんなことはないわ!」


 お父様に続いて、イルルドも私を抱きしめてきた。

 父親と弟の温もり、それが私の荒んだ心に沁み込んでくる。それによって私は理解した。本当に大切なものがなんなのかということを。


◇◇◇


「……それで結局、アメルタの部屋に手がかりはなかったということか?」

「ええ、そういうことになりますね……」


 お母様の部屋の調査は、衝撃的な事実は判明したものの当初の目的であった彼女の行き先の手がかりは発見できなかった。

 どうやらお母様は、今回の浮気に関しては特に証拠を残していないらしい。

 私の生まれに関して残したのは、娘に関することだったからだろうか。あれでも、一応娘のことは愛していたはずだ。私を気遣ったと考えてもいいだろう。


「さて、色々とあったがお前達に伝えなければならないことがある」

「あ、はい。なんですか?」

「エルヴィー侯爵から手紙が届いたのだ。流石に非常事態故に、あちらの対応も迅速だったらしい」

「なるほど……」


 そこでお父様は、机の上にある手紙を私に渡してきた。

 イルルドともに、私は手紙に目を通していく。そこには、リビルトへの怒りと私達に対する謝罪が綴られている。

 ただこれには、二人の行方がわからないという件については記載されていない。どうやらこれは、それが判明する前に出した手紙の返信であるようだ。


「二人が行方不明になったという手紙は、恐らく今日届いただろう。その返信は、早くても明日の夕方になるだろうな……」

「なんというか、思っていたよりもずっと腰が低い手紙ですね……」

「エルヴィー侯爵は、そういう方なのだ。彼は人格者として有名だからな。故に今回の件に関しても、協力はしてくれるだろう。ただ行くつもりは、まだあるのか?」


 お父様の質問に、私は少しだけ言葉を詰まらせた。

 お母様の部屋から特に手がかりが見つからなかったため、今度は相手であるリビルト様のことを調べたい。以前までの私なら、きっとそう即答していただろう。

 それができなくなったのは、私の心がまだ落ち着いていないからだ。しかしそれでも、やるべきことは変わらないように思える。


「行きたいと思っています。やはりあの二人には、然るべき罰を受けるべきだと思っています。少なくとも、このまま逃げて全て水に流すなんて許せません」

「……そうか」


 私の結論に、お父様はゆっくりと頷いてくれた。

 正直な所、お母様への怒りは以前よりも大きくなっている。私の出自に関しても、彼女は裏切りを働いていた。それを許すことはできそうにない。

 ただ出自を知る前とは違い、私はかなり冷静になっている。今の私はきっと、怒りに任せて拳を振るったりはできないだろう。


「イルルド」

「父様、わかっています。姉さんを守るのが、このローライト侯爵家の長男の役目です」

「うむ」


 イルルドに声をかけたお父様は、その自信に溢れた返答に満足そうな顔をしていた。

 私の出自が判明したことで、私達はほんの少し変わった。ただ変わらないのは、私達が家族であるということだ。

 今なら、それがよくわかる。私のお父様と弟は、この先何があってもお父様と弟なのだ。

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