第2話 必要な休息
「姉さん、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
お父様との話を終えた私は、自室に戻って来ていた。
弟であるイルルドは、ショックでふらふらとしていた私を心配して付いてくれてくれたのだ。
ベッドに腰掛ける私に、弟は水を持ってきてくれた。それを飲んだことによって、幾分か心が楽になったような気がする。
「私なんかよりも、お父様のことが心配だわ。ショックの大きさで言えば、私以上でしょうし……」
「もちろんショックは受けているだろうけど、父様は現場を自分の目で見た訳ではないから、衝撃は姉さんの方が上なんじゃないかな? まあ、どちらにしても今はそっとしておく方がいいんじゃないかな?」
「……そうかもしれないわね」
私の脳裏には、事実を伝えた時のお父様の悲しい表情が焼き付いていた。
お父様とお母様は、仲が良い夫婦だったはずだ。政略結婚ながら、幸せな家庭を築いている。私は、そんな二人の関係に憧れさえ覚えていた。
しかしながら、その実情はまったく違ったのだ。
お父様の方はともかく、お母様は不満を抱えていたのかもしれない。とにかく、二人が本当に円満な夫婦ではなかったということは、お母様の行動で示されてしまっている。
「私はお母様のことを、何も理解していなかったのかしらね?」
「父様も母様も、僕にはよくしてくれていた。両親を失った僕を引き取って、本当の親のように愛してくれている。それは間違いないと思う。知らない一面があったというのは事実なのかもしれないけれど、何も理解していないなんてことはないんじゃないかな?」
「そうなのかしら? でも……」
養子であるイルルドも含めて、お母様は子供に愛情を注げる人だったはずだ。
だが彼女は、私の婚約者と浮気している。その行動は、私への愛情と両立するものなのだろうか。それは少々疑問である。
今回の件によって、私は母親からの愛まで疑うことになった。最早、私は彼女のことを信用できなくなっていた。
「とにかく今は休んだ方がいい。母様はしばらく帰って来ないだろうし……帰って来てからは、きっと忙しくなる」
「……それは、そうでしょうね。家族会議ということになるのかしら?」
「その可能性は高いと思うよ。だから今は休むんだ。僕も自室で備えておくからさ」
イルルドが言っていることは、よくわかる。これからのことを考えたら、休息を取った方がいいだろう。
しかし私の心情は、休める程落ち着けていなかった。故に私は、安らぎを求めてイルルドの手を握る。
「……姉さん?」
「ごめんなさい、イルルド。もう少しだけ傍にいてくれないかしら? どうにも一人だと、休める気がしなくて……」
「そうか……わかった。僕で良ければ、傍にいるよ」
イルルドは、私の言葉にゆっくりと頷いてくれた。
こうして私は、しばらく弟と一緒に休むのだった。
◇◇◇
私は、ゆっくりと目を覚ました。
隣には、寝息を立てているイルルドがいる。どうやらいつの間にか、二人とも寝てしまっていたらしい。
まだまだ明るいため、それ程長い時間寝ていた訳ではなさそうだ。とはいえ、お母様がいつ帰って来るか正確にわかってはいない。そろそろ意識を覚醒させておくべきだろう。
「イルルド、起きて」
「んっ……姉さん? どうして……ああ」
「ふふ、いつの間にか二人とも寝ていたみたい」
「そっか……まあ、お互いに休めて何よりだ」
イルルドは、ゆっくりと体を起こして伸びをする。
寝る前は気付いていなかったが、彼も疲れていたようだ。先程までとは表情が幾分か違う。
「さて、一度父様の所に行っておこうか。母様が戻る前に、打ち合わせておきたいし……」
「そうね。そうしましょうか」
眠ったことによって、私もイルルドもかなり元気になった。
もちろん、現実と向き合うのは辛いが、それでも立ち向かえそうである。
私達は、少し乱れていた服や髪を正してから部屋から出て行く。とりあえず今後のことを、お父様と話すとしよう。
「……あら? お父様?」
「アルメア、それにイルルド、二人とも一緒だったか……」
「ええ、二人で休んでいたんです。もしかして、私達を呼びに?」
「ああ、そうだ。少しこれからのことを話したくてな」
そんな風に部屋を出た私達は、少し焦ったような顔をしてこちらに来るお父様を見つけた。
どうやら、同じ理由で私達を探していたらしい。ただなんというか、様子が変だ。まさかお母様が、もう帰ってきたのだろうか。
「お父様、どうかされたのですか?」
「少々厄介なことになったのだ……」
「えっと……私の部屋で話しましょう」
とりあえず私は、お父様を部屋に招いた。
自室を父親に見られるというのは少々恥ずかしかったが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。これは明らかな非常事態だ。
「それで、何があったんですか?」
「使用人を通じて連絡があったのだ。アメルタは帰りが遅くなるらしい」
「帰りが遅くなる? それは……」
部屋に入ってからすぐ、お父様はすぐに本題を切り出してきた。
お母様の帰りが遅くなる。それは少々、気になる情報だ。
「このタイミングで、ですか?」
「ああ、妙だとは思わないか?」
「まさか、お母様は……」
お父様の言葉に、私とイルルドは顔を見合わせた。
今日に限って、帰りが遅れる。そんな偶然があるだろうか。なんというか、それは考えにくい事柄である。
故に私は、一つの結論を出した。恐らくお母様は、気付いているのだ。自分の浮気がばれているということに。
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