第11話 後退る程に
「ち、父上……」
「リビルト……」
エルヴィー侯爵は、怒ったような悲しそうな表情でリビルト様のことを見ていた。
彼の複雑な心境は、今までのやり取りでよくわかっている。
とりあえず私は、口を出さないことにした。ここは、エルヴィー侯爵に任せることにしよう。
「私は、お前のことを愛している。一人息子として、大切に育ててきたつもりだ。しかしながら、それでも今回のお前の行いを見逃すつもりはない」
「父上、これは違うのです……」
「そうやって言い訳をして、これからも逃げていくつもりか? そのように育てたつもりはないぞ?」
エルヴィー侯爵は、意を決したのかその視線を鋭く細めた。
その覇気に、私は少し驚いてしまう。穏やかな侯爵も、やはり貴族の当主なのだと実感する。
リビルト様が、それを知っていたのか知らなかったのかわからないが、とにかく彼はエルヴィー侯爵にひどく怯えているようだ。
「お前は、エルヴィー侯爵家の名を汚したのだ。恥を知れ!」
「くっ、あっ……」
エルヴィー侯爵は大声とともに、持っていた杖で床を叩いた。
それを見て、リビルト様はベッドの上から立ち上がった。彼は一糸纏わぬ姿のままで、窓際まで後退る。それ程までに、父親が怖いということなのだろう。
エルヴィー侯爵は、そんな彼に杖を向けたまま近づいていく。
「今回のことが片付き次第、お前にはエルヴィー侯爵家から出て行ってもらう。侯爵家は、甥にでも任せるとしよう」
「お、お許しください、父上……」
「お前が罪を素直に認めて、アルメア嬢に謝罪していたなら、もう少し寛大な処置も考えたかもしれないな。だが、お前は性根まで腐っていた。追放する前に、その腐った性根を叩き潰してやろうか?」
「い、嫌だっ……」
追い詰められたリビルト様は、驚くべき行動に出た。
彼は窓を開けてそこから身を乗り出した。ここはそれなりに高さがある二階だ。だが、彼は躊躇することなくそこから飛び降りる。
「うあああああっ!」
その直後に聞こえてきたのは、リビルト様の叫び声だった。
そうなることは、飛び降りる前からわかっていたはずである。それでも飛んだということは、それ程までにエルヴィー侯爵から逃げたかったということなのだろう。
とりあえず私は使用人に指示を出して、リビルト様のことを任せる。
リビルト様にも言いたいことは色々とあったが、とりあえず彼はエルヴィー侯爵が裁いてくれたのでいいとしよう。
それよりも今は、こちらの問題を解決しなければならない。その問題の根源であるローライト侯爵夫人は、複雑な表情で私達のことを見ている。
「……随分と久し振りに会うような気がするな、アメルタ」
私達とお母様との間にあった沈黙を破ったのは、お父様だった。
彼は、ゆっくりと一歩前に出る。そして上着を脱ぎ、それをお母様に投げ渡す。
渋々といった感じで、彼女はそれを羽織った。こんな状況であるというのに、それでもお父様はある程度お母様のことを気遣っているようだ。
「結論から言わせてもらおう。お前とは離婚すると」
「……ええ、それで構いませんよ」
「なっ……」
お父様の言葉に対して、お母様はとても端的な返答を返した。
その内容に、私は思わず声をあげてしまった。あまりにもあっさりとし過ぎた――反省の色が見えない言葉に怒りを覚えたからだ。
「……しかし、参考までに聞かせてくれないか。一体お前は、いつから私に愛想を尽かしていたのかということを」
「……さあ、いつだったでしょうか? あまりよく覚えていません。いいえ、そもそもあなたに愛情を感じたことなどなかったのかも」
「なるほど……だがお前は、少なくとも良き母ではあったはずだ。アルメアに対する愛情はあっただろう? それなのにどうして、その婚約者と関係など持ったのだ?」
お父様は、あくまで冷静にお母様と接していた。
当然怒りは覚えているだろうに、とても落ち着いている。故に私は、出てきそうになった言葉を収めざるを得なかった。
ここは恐らく、お父様に任せた方がいいのだろう。子供の意見は、後で聞かせればいい。そう思って、私は隣のイルルドの手をそっと握る。
「……見届けよう、姉さん」
「ええ……」
それだけイルルドは、全てを察してくれた。
彼は力強く、私の手を握ってくれている。それだけで私は落ち着けた。
きっと、それはイルルドも同じだったのだろう。彼の表情が、少し緩んだのを私は認識した。
「仕方なかったのよ。リビルトは、私に随分と惚れ込んでいたみたいだし……断ると悪いと思ってしまったの」
「それが、どれだけ罪深いことかわかっているのか?」
「人を愛することに、罪があるというの?」
「真っ当に愛し合いたかったのなら、筋を通すべきだったのだ。それがわからぬ程子供ではあるまい。結局の所、お前達はお互いにそれが一時の火遊びに過ぎないと思っていたのだろう。お前は自分が、本命でないことをわかっていたのだ」
「ち、違う。私は……」
お父様の言葉に、お母様は動揺していた。それは恐らく、その言葉が図星だったからなのだろう。
そういえば、お母様は家から出て行く前はリビルト様から一歩引いた態度だった。それは彼女のいわば保険だったのだろうか。
いざという時、あれは本気ではなかったと自分を納得させられるように、備えていただけだったかもしれない。そうだとしたら、あまりに哀れで愚かなような気もするが。




