3-2
「もしかして、騎士団に慰労に行かれた帰りかしら? ご苦労様ですわね」
「……ええ、公爵家の人間として、大事な務めの一つですもの」
リズが答えると、アイネはプッと馬鹿にしたように吹き出して、それからいつもの派手な細工の扇子を広げて口元を隠す。
「男たちに媚びを売ることが、ですかぁ?」
するとアイネの友人たちも、一緒になってクスクスと笑い出した。
「王太子殿下という素敵な婚約者がいるのに、いろんな男性と親しくされているというのは、本当なのですね」
「まぁ、学園の外でもされてるなんて、はしたないこと」
「奔放なお従姉様のことですもの、騎士のどなたかにお部屋の鍵でもお渡しになったんじゃなくて?」
アイネがそれはそれは大仰に、妙に楽しそうに声を張り上げて笑う。
「そんなことしてないわ!」
さすがにカチンときたらしいリズが、大声で否定したその時だった。
「なんの騒ぎですか」
ちょうど庭師との話を終えた母親が戻ってきたのである。
「お、叔母様」
「公爵夫人……!」
アイネもその友人たちも、慌てたようにドレスを広げて淑女の礼をした。
どうやらアイネは、リズがここで母親を待っていると思っていなかったらしい。残念だったな。
「騎士団への慰労を、何か勘違いしているようですね、アイネ」
母親がいつになく冷たい声音でそう言った。さすがの吾輩も空気が凍ったのが分かって、髭がピリピリする。
「いえ、そのようなことは……」
「男に媚を売る仕事だと、先ほどリズに言っていたでしょう。聞こえていないとでも思ったのですか?」
しどろもどろにアイネは答えるが、それをピシャリと跳ねつける。やはりこの母親は公爵家の女主人であり、怒らせちゃいけない人間のようだ。
「貴女は随分と公爵家の仕事を軽んじているようですね。今日も慰労へ行く日だと随分前から伝えておいたのに、なぜ客人を呼んだのですか?」
「そ、それは。お従姉様が教えてくれなかったからで……」
性懲りも無くリズに罪をなすりつけようとするあたり、やっぱりコイツはどうしようもない奴である。
「慰労に行く日については、あなたもいる何日も前の夕飯時に、二人に直接伝えたはずですよ?」
「……!」
ちらりと見えたアイネの顔は、見たこともないほどに真っ青だった。
さてはこいつ、普通に忘れてたな?
「つまり貴女は、私の話もまともに聞いていなかったのですね?」
「そ、そんな、ことは……」
母親は、はぁっと深いため息をつく。それから目を細めると、アイネをジッと見つめてこう言った。
「学園での所業といい、貴女がこれまでにしてきた行動は、公爵家の名を貶める行為です。今後、私の許しを得るまで、公爵家の者として他家へ出掛けることは許しません」
「そんな! どうして、叔母様!」
アイネが叫びながらその場に崩れ落ちた。
公爵家の人間として出掛けられない、つまりこれは事実上の謹慎である。休みの日になると、すぐあちこちの家に遊びに出掛けていたアイネには、なかなかに重い処分だ。
「そしてそちらのお二人、ザイン伯爵令嬢と、ヘルト子爵令嬢でしたね。あなた方の家門の皆様も、今後一年は我が公爵家からの招待はないと思ってください」
「しょ、承知いたしました……」
「……そんな……」
二人の令嬢もそれぞれ顔を真っ青にし、一人は泣きそうな顔でアイネ同様その場に崩れ落ちる。
公爵家からの招待が暫くないということは、社交界から一時的に干されたも同然のことだ。
まぁアイネに同調して正当な公爵令嬢であるリズを貶していたんだから、そのくらいの処分をされても仕方ないだろう。自業自得だ。
「さ、いきますよ、リズ」
「……は、はい、お母様」
颯爽と立ち去る母親の後をリズがついていくので、吾輩もそのままリズを追いかける。
母屋に戻る途中で一度振り返ったが、アイネたちはまだあの場に崩れ落ちたままのようだった。
――ははん、ざまぁみろ。
正直な話、母親を助けた一番の理由は、リズの悲しむ顔が見たくないから、だったのだけれど。吾輩はもしかしたら、リズにとって最大の味方を救えたのかもしれないな。
◇
リズが学園にいってしまった日の午後、吾輩はリズの部屋のドアを自ら開けて抜け出した。吾輩は賢い猫なので、ドアについてる取っ手部分にぶら下がれば、開くことを知っているのだ。
吾輩は部屋を出ると、絵画の飾られた壁と綺麗な模様を描く床で出来た長い廊下を進み、どこに何があるのかを確認しながら、あるものを探していた。
前回より時期は早いが、騎士団への慰労訪問があったということは、これから数日以内に、騎士団の男がリズの部屋に侵入してくるはずである。
リズが兄や父親から見捨てられ、婚約破棄のきっかけにもなった大事件。
前回の時は、吾輩もリズと一緒のベッドに眠っていて、窓から侵入してきた犯人にすぐに気付いた。勿論リズを守るために奴の顔を引っ掻いたりして戦ったのだが、思い切り床に叩きつけられた時に頭を打ってしまい失神。ハッと気付いた時には朝になっており、リズはすでに悪女として断罪された後で、吾輩は目を真っ赤に泣き腫らした侍女のキイラに手当てを受けていたのである。
そう、騎士団に所属するような屈強な男に、ちっぽけなただの猫である吾輩が勝てるはずもない。
ならばもし奴が現れたら、同じくらい強そうな人間の助けを呼ぶのが一番だろう。
この公爵家では、四階に当主と夫人の部屋、三階に嫡出子である兄とリズの部屋、二階にアイネを含むゲストなどの部屋、一階に使用人たちの部屋と分かれているのを、前回の時の知識で知っていた。
そう、吾輩は夜にすぐ助けを呼べて、騎士よりも強そうな人物の部屋――同じ階にあるリズの兄、ユーリの部屋を探しているのである。
吾輩はまずリズの部屋の隣にある部屋と、さらに隣にある部屋の扉を確認したのだが、二つとも鍵が掛かっているようで開かなかった。たぶん今は使っていない部屋なんだろう。
そこからさらに廊下の奥へ進んでいき、ちょうど突き当たりにある大きな扉の取っ手にぶら下がってみる。すると鍵がかかっていなかったようで、キィ、と音を立てて開いた。
「だれだ?」
開いたドアの内側から声が聞こえた。
おや、この声は。開いた隙間に頭を突っ込んで中を覗くと、奥にある大きな机の向こうでユーリが目を丸くしてこちらを見ていた。
「ニャーン」
――よう、ここにいたのか。
「……え、ミケ?」
吾輩が答えると、ユーリが机の向こうから驚いた顔のままでこちらにやってくる。
「お前、ドアを開けられるのか?」
「ミャウ!」
――そうだとも!
返事をしてから吾輩は中をぐるりと見回した。中はリズの部屋よりも広く、大きな机と接客用のソファとテーブル、本の詰まった棚が壁を埋め尽くすように並んでいる。もう少し奥にはベッドがあったので、ここは兄の寝室兼執務室といったところだろうか。
「やれやれ、器用な奴だな」
そう言って兄はしゃがみ込むと、吾輩の首の周りを指先で掻くように撫でた。
「ゴロゴロ……」
思わず喉が鳴ってしまう。
うーん、悪くない撫で心地だ。なんだ、上手いじゃないか。




