2-3
四階にある母親の部屋までたどり着くと、リズと母親がソファに腰を下ろしたので、吾輩もソファにのぼる。
「せっかくのお祝いにと思ったのに、こんなことになってしまって」
「お母様のせいではありませんわ」
「ミャーウ」
――そうだ、悪いのは毒を入れたやつだ。
すっかり意気消沈してしまった母親を、リズと吾輩で懸命に慰めた。
安全なはずの自宅で命の危険に晒されたのだから、よほどショックだったのだろう。
そうやって労わっていると、突然部屋の扉がバーンと開いて、人間が飛び込んできた。
「伯母様! 大丈夫ですか!?」
騒ぎを聞きつけたらしいアイネだった。
「アイネ! ノックも許可もなく入るなんて失礼でしょう?」
リズが窘めたが、アイネは全く聞く耳を持たない。相変わらず図太い女だ。
「私は伯母様が倒れたと聞いて、居ても立っても居られなくて来たんです! こんな時でもマナーマナーって、本当にお従姉様は冷たい方だわ」
「そんなつもりは……」
アイネがいつもように捲し立てるので、リズが反論しようとしたところ、母親が二人を制すようにスッと手を挙げる。
「心配してくれるのはありがたいけれど、非常時といえどある程度の礼節はわきまえなさい、アイネ」
「で、ですが。……だって伯母様は毒を飲まれたのでしょう? だから私はてっきり」
どうやらアイネは母親が毒を飲んで倒れたと思っていたようだ。だからあんなに悲しそうな顔で飛び込んできたのだろう。
まぁ、実際は違ったのだがな。
「……毒は飲んでいないわ。飲みそうになったけれど、ミケのお陰で飲まずに済んだのよ」
「え?」
母親の言葉に、アイネがチラリと母親の側にいる吾輩を見た。
なんだか引っかかる視線だ。
アイネは今回のお茶会に呼ばれてないし、関係ないと思っていたのだが、何か仕込んでいたんだろうか?
――母親が倒れて得をするのは、アイネだったしな。
前回の時は実際そうだったし、まさかな。
「そう、だったのですね……。使用人たちの話を聞いて、私ったら勘違いしたみたいです。お体に障りはないですか?」
「ええ、少し動揺して疲れただけよ。騒がせて悪かったわね。心配ないからアイネは部屋に戻りなさい」
「……承知しました」
アイネはそう言うと、静かに一礼し、少し不満そうな顔のまま部屋を出ていく。
母親とアイネはあからさまに仲が悪いというわけではないが、実弟の忘れ形見だからと溺愛する父親と違って、その扱い方はリズとは明確に違う。『公爵家で預かっている親戚』という一線を引いているし、アイネがリズを貶めるような発言をしていることを知っているせいもあるだろう。
アイネが出ていってしばらくすると、ユーリが執事長を伴って報告にやってきた。
「『毒』の出どころが分かりました。厨房で使われていた鍋が原因だったようです」
ユーリの話によれば、シロップを用意したメイドは新人で、お茶会の準備をする際に先輩メイドから「これならちょうどいいサイズだから」と譲り受けた小鍋でシロップをいつも通りに温めたという。
その小鍋は随分と使い込まれていたものだったらしく、劣化により内側の塗装が剥げてしまい、その成分が有害な毒となってシロップに溶け出したのではないか、ということだった。
「鍋に残っていたシロップを調べたところ、こちらからも毒が認められたので間違いありません」
厨房でシロップを温めていた時も、メイドの様子に変なところはなく、使われている小鍋もいつもと同じものだったので、本人もまさか『毒』が混入したとは思っていなかったようだ。
「ただちに屋敷内で使われている調理器具全ての点検を行い、このようなことが起きないよう徹底いたします」
ユーリと一緒にやって来た執事長が、母親に対して深々と頭を下げる。
「そうしてちょうだい。必要なら買い替えてしまって構わないから」
「承知いたしました」
件の新人メイドは地下の牢獄に捕えられ、譲ったという先輩メイドについてや、鍋の状態に問題はないか確認していたかなど、さらなる尋問を受けた後に解雇される予定らしい。
――なるほど、メイドの使った鍋が原因だったか。
前回は泣き腫らすリズを慰めるのに一生懸命だったから、犯人が誰か、原因がなんだったかまでは知ることができなかった。
なんとなくアイネが怪しい感じもしたが、あれ以来毛嫌いしている吾輩が、母親に感謝されていたのが気に食わなかっただけかもしれん。
原因も犯人も分かったし、ひとまずはもう大丈夫だろう。
「とにかく、大事にならずによかったです」
「ええ。ミケがカップを落としてくれたお蔭ね」
リズと母親がホッと胸を撫で下ろした。
高位貴族ともなれば、やはり暗殺などの危険もあるし、今回は半分事故みたいなものだったわけだから、ようやく安心できたのかもしれないな。
「それにしても、あの時のミケは少し変だったわねぇ」
「もしかして、どこかに毒があるって分かってたのかしら?」
「ミャウ!」
――そうだぞ!
母親に危ないことが起きることは知っていたのだ。原因はわからなかったがな!
だが母親を守るための行動をとっていたのは嘘ではないので、吾輩は胸を張る。
「そんなわけないわ。猫は気まぐれだもの」
「ふふ、そうですね」
しかし二人はそんな吾輩を見てクスクス笑うだけであった。頑張ったのに。
「でもミケのおかげでお母様は助かりましたし、なにかご褒美をあげたいです」
リズの言葉に、吾輩は目をキランと光らせる。そうこなくっちゃ!
「ミャウアウ、ミャウミャウ……」
――大きな魚をくれ。しっかり火を通したやつがいい!
頑張って説明するが、やはり猫の言葉は通じない。
ああ、せめて今だけでも通じてくれ!
「何かリクエストしてるみたいね」
「ふふ、本当におしゃべりな猫だわ」
ソファ前のテーブルに座り、さらに頑張って主張してみたが、リズも母親も吾輩を見て笑うばかりで、ちっともまともに考えてくれない。
吾輩にとっては大事なことであると言うのに。
一生懸命二人に向かって話していると、近くにいたユーリが吾輩の頭を撫でながら言った。
「やはり猫だし、魚がいいんじゃないか?」
「ミャウ!」
――その通りだ!
やはり雄同士だから、分かってくれるのかもしれないな。
アイネの肩をもっていたから、ちょっと気に食わないと思っていたけど、今回ばかりは評価を見直してやろう。
そしてその日に出された吾輩用の夕飯は、立派な魚のお頭付きで、吾輩は大変満足したのであった。




