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翌日は爽やかに晴れていて、絶好のお茶会日和だった。
公爵家の母屋の前には、庭師たちが丹精込めて育てている自慢の薔薇庭園がある。その中央には白い屋根のガゼボがあって、庭でお茶会をする時の定番の場所だ。
そのガゼボに設置されたテーブルの上には、色とりどりのお菓子とお花が並べられている。
吾輩もお呼ばれしたので、赤いリボンを首に結んでもらっておめかしをし、座面の高い子ども用の椅子にちょこんと座った。
「まぁ、ミケ様は本当に賢いのですね」
「ちゃんと座って大人しくされてるなんて」
テーブルの近くまで持って来た銀色のワゴンで、せっせとお茶を用意している母親の専属侍女たちが、クスクスと楽しそうに笑う。
――そうだろう。吾輩は賢いからな。
「そうなのよ。ミケったらリズが学園に行っている間は、リズの部屋から殆ど出ずに大人しくしているのよ」
「猫好きのクラスメイトたちに、ソファや壁をボロボロにされるわよ、なんて言われたのですが、ミケは全然そんなことがなくて。ちゃんと爪研ぎ用のおもちゃだけを使ってくれるんです」
リズも母親も、おしゃべりをしながら楽しそうに笑っている。お茶の席の話題は吾輩のことが多かったような気がしたが、楽しいのであれば問題ない。それにどうやらリズは、学園でも吾輩をきっかけにお友達ができたようだし、喜ばしい限りだ。
それはそうと、吾輩はテーブルの上をぐるりと眺める。
テーブルの上に置かれているのは、お菓子のお皿とそれを載せるスタンド、ミルクのポットに甘いシロップの入ったボウル。それからリズと母親用のティーカップとソーサー、吾輩用のおやつの乗ったお皿と、あとはテーブルを華やかにみせるためのお花といったところか。
前回の時も吾輩はこのお茶会に参加していた。
しかしその時の吾輩は人間用のおやつが気になって大人しく出来ず、仕方なく椅子から下ろされて、リズの足元で猫用のおやつを食べていたのである。
だから母親が死んでしまったその時、何が原因だったのかを見ていないので分からないのだ。
口から血を吐いていたし、使用人たちが『毒』が原因だと話しているのを聞いたから、これらの中のどれかに『毒』が入っていて、それを口にしているはずなのだが。
吾輩はテーブルの上にのぼると、並べられていたお菓子やお茶にくんくんと鼻を近づける。お菓子もシロップもミルクも、甘い匂いばかりで毒らしいものは感じない。お茶に至っては、葉っぱの匂いだけだ。
「あら、私たちのおやつが気になるのかしら」
「ミケが食べてもいいおやつはこっちよ」
リズがそう言って、吾輩用に用意されたお皿を差し出す。
「……ミャウ」
――それどころじゃないんだ、リズ。
吾輩が探してるのは、食べられるものじゃない。食べちゃいけない、毒の入った何かだ。
一通り嗅ぎ回ってみたが、結局どれなのか分からない。
しかし吾輩は閃いた。
どれか分からないのなら、母親が何も口にしなければいいのである。
テーブルの上を歩いて母親のすぐ近くまで行くと、吾輩は母親が手にしたクッキーを前足で素早く叩き落とした。
「あら、これが欲しかったの?」
「ニャーン」
――ちがう、そうじゃない。
母親がまた別のお菓子を取ろうとしたので、吾輩はもう一度同じように叩き落とす。
「もうミケったら、どうしたの?」
さすがに二度目となると、リズが困ったように吾輩を抱き上げ、自分の膝に乗せるようにして座った。
そうこうしてる間に、今度は母親がカップに二杯目のお茶をいれてもらい、そこにシロップを入れて飲もうとしている。
吾輩はすぐにするりとリズの膝から抜けだすと、そのまま母親が持ち上げたカップに攻撃した。
「きゃあっ」
吾輩の弾いたカップがテーブルの上に落ちて、お菓子や飾っていた花に中身のお茶がバシャッとかかる。
「ミケ!」
リズが慌てて立ち上がり、向かい側から回ってきてテーブル上の吾輩を捕まえた。
「お母様、大丈夫ですか?」
「ええ、お茶はかかってないけど、テーブルがすごいことになっちゃったわね……」
リズに声をかけられ、母親が困ったように笑う。
「もう、いつもならこんなことしないのに。どうしちゃったの?」
「ミャウアウ……」
――わかってくれ、これは仕方のないことなんだ。
頬を膨らませたリズに言い訳するも、通じないのでどうしようもない。今回ばかりは悪い猫として怒られるしかないだろうと、吾輩も耳を寝かせる。
「何かが気に入らなかったのかしら? とりあえずテーブルを片付けたら新しいお茶を……」
慌てた侍女たちがテーブルの上を片付けているのを見ながら、指示を出そうとした母親が何かに気付いて立ち上がり、顔を強張らせた。
「待って!」
「お母様、どうされました?」
リズも母親が怖い顔で見つめているものに視線を向け、同じように驚愕しながら立ち尽くす。
「アルジャントムの花が……!」
テーブルに飾られていた白い花の花びらが、ドス黒く変色していた。
確かこの花は以前リズに『人間の体にとって毒になるものが触れると黒くなる』と教えてもらった奴ではないか。
「騎士団とユーリを呼んでちょうだい」
「は、はい!」
母親は深いため息をつくと、小さく頭を抱えながら近くにいた侍女にそう命じ、椅子に腰を下ろす。
「……お母様」
「大丈夫よ、心配ないわ」
ややあって、公爵家の騎士団長カイエンと騎士数名、そしてリズの兄ユーリが中庭のガゼボにやってきた。父親は普段王宮で仕事をしているので、昼間に何かあった場合は次期当主のユーリが色々采配するらしい。
「母上、何事ですか?」
「ユーリ、この花を見てちょうだい」
やってきたユーリに、母親はリズと吾輩と三人でお茶会をしていたこと、自分の飲もうとしていたカップを吾輩がイタズラで落とし、その中身がかかった花が変色したことを簡単に説明した。
話を聞いたユーリは、ガゼボの周辺で青い顔をして並ぶ侍女たちをジロリと睨みつけると、テーブルやその側でそのままにされたワゴンの上の物に視線を向ける。
テーブルの上はお茶がかかってしまったお菓子や、ティーカップが転がっているほか、ミルクポットやシロップのボウルもそのままだ。
ユーリはまず一番怪しい、ワゴンの上に残されていたお茶のポットの蓋をとり、残っている中身にアルジャントムの花びらを散らす。しかし花が変色することはなかったようで、騎士団長のカイエンと一緒に眉をひそめていた。
「母上、召し上がる時にお茶に何か混ぜましたか?」
「ええ。二杯目だし、いつものシロップを入れたわ」
母親は甘いお茶が好きなので、一杯目はそのまま、二杯目はいつも用意してもらう甘いシロップを使うのである。
言われたユーリが、シロップの入ったボウルにアルジャントムの花びらを入れると、花びらがまるで炭のように変色した。
「……これは!」
「そんな!」
このシロップは基本的には母親しか使わない。どうやら犯人は明確に意図して母親を狙っていたようだ。
ユーリがギリッと歯を鳴らし、引き連れてきた騎士たちに向かって命令を下す。
「給仕したメイドと侍女、そして厨房でシロップを用意した使用人、全てを拘束せよ」
「はっ!」
騎士たちがあちこちに散っていくのを見届けると、母親が青い顔をして頭を抱える。
「大丈夫ですか、母上」
「……ええ」
母親の肩をさするユーリの元に、リズも吾輩を抱えたまま駆け寄った。
「お母様、お兄様……」
「リズ、母上に付き添っててくれるか?」
「もちろんです」
リズはそう言うと吾輩をおろし、母親の肩を支えながらガゼボを後にする。
ユーリは騎士団長と一緒にこれから使用人たちを尋問し、犯人を見つけるのだろう。次期公爵家当主なのだから、それは兄の仕事だ。吾輩ではない。
――ま、吾輩の目的は達成したからな。
最大の危機である、母親の毒殺は防いだのだ。犯人に興味はない。
吾輩はリズと母親がゆっくり歩きながら部屋に向かうのを、後ろからついていった。




