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階段を一階まで降りたら、母屋を裏口のほうから出て、中庭の先に通じる屋根付きの外廊下をまっすぐ進む。するとその先にある、邸宅内で儀式を行う際に使う真っ白な礼拝堂が見えてきた。その近くには、普段は使用人たちが休憩で使っているという、噴水のある小さな庭もある。
礼拝堂につくと、使用人たちが張り切って準備していると聞いていた通り、礼拝堂の内外でたくさんの人間が花を運んだり、薄布やレースで飾り付ける作業をしていた。
ちなみにそれを指揮しているのは、母親のようである。
リズは吾輩を抱いたまま、使用人たちにあれはあっち、これはそっちと、礼拝堂の中心で細かい指示出しをしている母親の元まで駆けていった。
「お母様っ」
「あらリズリー。飾り付けを見に来たの?」
「はい、少し時間ができましたので」
そう言うとリズは礼拝堂の中をぐるりと見回す。
礼拝堂は、一番奥にカラフルなガラスと女神像と、その手前に祭壇。あとは装飾のない長椅子が設けられているような、比較的シンプルで飾り気の少ない場所である。
それを柱という柱だけでなく、椅子にまでレースやリボン、花で飾り、見たことないくらいに華やかになっていた。
「それにしても、メルティアの花がこんなにたくさんあるなんて」
「すごいですね」
リズとキイラが飾り付けられた花を見て、とても驚いている。
飾りに使われているのは、五枚の花弁が星の形のように開く真っ白な花で、真ん中が光っているように黄色くなっている花だ。女神・ケセトゥーラが頭に飾っている『メルティア』という花らしい。
――そういや、なんかこんな花つけてたな。
吾輩を過去に戻した女神の姿を思い出しながら、花に顔を近づける。……匂いはあんまりしないらしい。
「春に咲く花なのに……。こんなにたくさん、どうされたんですか?」
「領地のほうで儀式のために温室栽培していたものよ。リズのために、公爵領の花屋たちが頑張ってくれたの」
「そうだったのですね……」
春に咲く花を秋に、こんなに大量に咲かせるのはすごく大変なはずだ。それをリズのために遠い領地にいる人間が頑張ったということは、リズの悪評は領地まで届かなかったのだろう。
――やはり今世は、母親が生きてるのが強かったな。
リズは成人してないし、お茶会にもあまり行かなかったから、母親が公爵夫人として様々な噂を調整してくれていたに違いない。
「女神様から祝福を受ける儀式にメルティアは欠かせませんもの。領地のみんなも、リズの誕生日を祝福してくれているわ」
「……嬉しいです、とても!」
一通り礼拝堂を見て周り、リズが母屋に戻ろうとしたところ、母親に呼び止められた。
「あ、そうだリズ。母屋に戻るならあの人の執務室にお花を届けてくれる? 儀式の準備で疲れてるだろうから」
リズの両親はあんまり仲が良くない印象だったが、実は意外とそうでもないのかもしれない。
夏に二人だけで出掛けたりしてたし、母親が生きていることで何か変化があったのだろうか。
「わかりました」
リズは吾輩を地面におろし、メルティアの花が入った小さな花瓶を受け取る。この時期には希少な花だけど、疲れた時の癒しになる……のだろうか。
――吾輩だったら、好物のほうがいいけどな。
そんなことを思いながら、母屋へ向かうリズとキイラの後ろをついて行った。
屋敷の四階へ向かい、父親の執務室に花瓶を届けてから部屋を出たところで、宝物庫のある辺りが何やら騒がしいことに気付いた。
「どうしたのかしら?」
「何かあったのでしょうか?」
気になって行ってみると、宝物庫の扉の前でアイネが衛兵に腕を掴まれ、廊下に押さえつけられるようにして拘束されている。
「……え?」
アイネの見上げる先には、扉の前で腕を組み、鋭い視線を返すユーリが立っていた。
「どうしてですか!? 母屋の中でしたら問題ないと、そうおっしゃったじゃないですか!」
「忘れたのか? お前は三階より上へ立ち入ることを禁じると、言っておいただろう」
「……そんな!」
確かにユーリは、アイネが吾輩を捕まえて檻に閉じ込めた時にそんな通達を出していたな。
「自室に連れて行き、外鍵をつけておけ」
「かしこまりました」
ユーリの言葉に、アイネを押さえつけていた衛兵たちが恭しく返事をすると、引っ立てるようにしてアイネを起こす。
「いや! 離して!!」
「大人しくしてください」
「衛兵ごときが触んないでよ! 私は公爵家の令嬢なのよ!!」
大声で叫び暴れるアイネを、衛兵たちは引きずるようにして連れていった。
――見苦しい奴だ。
ユーリはといえば、頭を抱えるようにして、大きなため息をついている。
「……お兄様、何があったのですか?」
リズが駆け寄ると、ユーリは困ったような笑顔をこちらに向けた。
「ああ、リズか。アイネも夏の間大人しくしていたし、父上と相談して邸宅内であれば自由に行き来してよいと通達したんだが、なぜか宝物庫へ来て『聖晶石』を確認したいと見張りを困らせていてな」
以前来た時は見張りなんていなかったが、儀式も近いので配置したんだろうか。
「自室での謹慎を解いただけで、三階以上への立ち入り禁止は解いていないというのに。アイネのことだ。おおかたリズの儀式を邪魔するために、聖晶石を奪おうとでも思っていたんじゃないかな」
「聖晶石は無事でしょうか?」
「ああ。そもそもこの宝物庫は、当主と次期当主以外の人間が入るには専用の鍵が必要だからね。アイネは一歩も入っていないから心配ないよ」
「そうでしたか」
なるほど、聖晶石を一度見に来た時に使っていたあの鍵がないと、ここには当主以外は入れない仕組みなんだな。
「聖晶石は儀式前日までここで厳重に見張るから安心しろ。儀式の前日夜に礼拝堂脇にある控室に移さなければならないが、神殿の儀式担当者が持ち出すまで、見張りも三人はつけるつもりだ」
儀式の直前まで、宝物庫で聖晶石を保管することはできないらしい。
――確かに前回の時も、ユーリが聖晶石を前日の夜にリズの元に持ってきていたな。
あの時のリズは、一人で儀式をしなきゃだったから、控室で聖晶石を見守っていた。でも夜遅くにアイネが使用人を連れてやってきて、リズに乱暴をしたのである。その間にアイネが石を持ち去って、その後探し回って見つかった時には、リズが幽閉されていた離れで粉々になっていたのだ。
「アイネは当日も部屋で謹慎だろう。父上も母上も、聖女となる者の心構えを持って欲しいからと、儀式への参列は許可したいと考えていたようだが、今日の行動を考えると難しいだろうな」
――今回はあの時と真逆だな。
しかしアイネはあの時と変わらず、リズの聖晶石を狙っているようだ。
前回起きたことが今回も起きるように、儀式でも何か起きるんだろうか。
「下手をすれば、聖女の資格剥奪もあり得る」
「そう、ですね……」
聖女の存在が貴重なこの国で、聖女になる可能性を持ちながら資格剥奪はかなり重い罰だ。でも今のリズは大聖女になることがほぼ確定しているので、そのくらいの処分は妥当だろう。
それにしても。
今回の儀式は屋敷のほとんどの人間がリズに好意的で、リズを聖女に望んでいることが分かる。聖晶石だって、ユーリがあれほど警備を厳重にしてくれているのだ。きっと前回のように、あっさり奪われ壊される可能性は限りなく低い。
――あれ? もしかして吾輩、今回はなにもしなくても大丈夫なんじゃないか?
もちろん当日まで気が抜けないけれど、これだけみんなが協力的なら、心配ない気もする。
ずっとリズを投獄されない未来に導くために、ただの猫なりにあれこれやってきたけれど、ここまで来たらもうハッピーエンドは決まったようなものなのでは?
吾輩がそんな可能性に打ち震えていると、執事長のブラウンがやってきた。
「リズリーお嬢様、衣裳店の方々が参られました」
「無事にいらっしゃったのね、よかったわ。いきましょうか」
「はい、お嬢様」
リズが嬉しそうに笑って三階の自室へ向かうので、吾輩はキイラと一緒にリズの後を追いかけた。




