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◇ ◇
慌ただしい準備期間が過ぎて、儀式の当日になった。
リズも早朝からキイラやイルゼ、さらに母親の侍女たちまで手伝って支度に追われ、お昼を過ぎた頃になってようやく仕上がった。
「……本当にお美しいです、お嬢様」
「ありがとう、キイラ」
真っ白だけど見る角度でキラキラした模様の浮き上がる布で作られた、清楚な雰囲気のドレスに、繊細な模様を織ったレースのマントを付けている。吾輩の爪を引っ掛けたら、あっという間にぐちゃぐちゃになりそうだ。
これまでお茶会や出掛けるために色んなドレスを着たリズを見てきたけれど、このドレスが今まで一番『聖女』のように見える。
ちなみに吾輩も、今日のためにリズが用意したというレースを使ったネクタイリボンをつけられた。少々鬱陶しいが、今日くらいは我慢してやろう。
――ここを乗り越えれば、吾輩の覚えている未来を完全に変えられる!
巻き戻ってから約一年。この日のために頑張ってきたようなものだ。
不意に、コンコンとノックの音がする。
「リズ、準備はできたか?」
扉を開けて入ってきたのは、真っ白な衣装で正装した兄のユーリだった。
その後ろにいるのは、神殿の司祭だろうか、こちらも真っ白な服にひげも真っ白な老人を連れている。
「すごく綺麗だ。誕生日おめでとう、リズ」
「ありがとうございます、お兄様」
リズが答えると、ユーリの後ろにいた老人がスッと前に出てきて頭を下げた。
「ご無沙汰しております、リズリー様。御生誕、誠におめでとうございます。本日の覚醒の儀に立ち会えること、心から嬉しく、お祝い申し上げます」
「司祭様も、お忙しい中に来ていただいて、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
聖女の儀式は、神殿の主導のもと行われるものらしい。
司祭と聖女候補がそれぞれお祈りの言葉を捧げ、その後聖晶石に魔力を吹き込んで吸収した後、聖女として覚醒し、参列者に奇跡を起こして見せるという手順だ。
リズはずっとお祈りの言葉を練習したり、どんな奇跡を起こしたらいいかと聖魔法の勉強をしたり、今日のためにすごく頑張っていたので、吾輩も楽しみである。
「そうだ、お兄様。その……アイネの参列は……」
宝物庫に勝手に入ろうとして、再度謹慎になったアイネ。
ユーリや両親たちで何度も何度も話し合っていたが、結局どうなったのだろうか。
「ああ。父上も母上もかなり怒っていてね。何度か参列を嘆願されたみたいだけど、結局許されなかったよ」
「そうでしたか……」
「ここに来る前に、アイネの部屋に行ってみたけど、すっかり拗ねているみたいで、ベッドで不貞寝していたよ」
さすがに今回ばかりは、アイネにもどうしようも出来なかったのだろう。いい様だ。
「話しかけても怒ったような声で答えるばかりだった。一応、変なことをしでかさないよう、外鍵をつけたし、扉前にも見張りをつけておいた。安心して儀式に臨みなさい」
「……はい」
リズがどこかホッとしたような顔で笑う。
これまでリズは気丈に対応していたが、アイネに色んなことをされてきたのだから、心配するのも仕方ない。
「よし、じゃあ俺たちは会場で待とうか」
そう言うと、ユーリがリズの横にいた吾輩を抱き上げた。
「ニャウ」
――吾輩は側でリズを守りたいんだが。
「お前さては、リズと一緒に入場するつもりだったな? でも今日はダメだ。リズにとって大事な儀式だからな」
抱えられて尻尾をパタパタしていたせいか、吾輩が不服だというのが伝わったらしい。
「……ニャーウ」
――ダメなら仕方ない。
答えてから大人しくユーリの腕に頭を預けると、首の周りをくすぐられる。
「やっぱりお前は物分かりがいいな」
「ふふ。ミケも会場で見守っていてね」
女神様みたいな格好のリズが、優しく笑って吾輩の頭を撫でた。
「ニャーン」
――分かったよ、リズ。
リズに頼まれたなら仕方ない。
吾輩は大人しくユーリと共に、儀式の会場である礼拝堂へと向かった。
礼拝堂は、以前見にきた時よりも花で溢れかえっていて、花の妖精が紛れていてもおかしくないくらいになっていた。
朝から母屋で見当たらなかった公爵夫妻は、参列する貴族たちの話し相手をしている。そういうのも大事なのだろう。
「しばらく退屈だろうけど、大人しくしててくれよ」
礼拝堂で祭壇に一番近い場所にある、母親たちも座る家族席の、一番端の席にユーリが吾輩を下ろした。どうやら吾輩も家族扱いらしい。
吾輩はそこで大人しく丸まって、時間になるのを待った。
そのうち、ゴーンゴーンと鐘が鳴り響く。
ふと隣に人間がやってきたことに気付いて見上げると、見覚えのある金髪に紫の瞳をした男――リズの婚約者でもある王太子が、やはり白を基調にした服を着てそこにいた。
「やあ、ミケランジェロ。君も参列するんだね。大人しくできるかい?」
「ミャーウ」
――吾輩を誰だと思ってるんだ。リズの猫だぞ。
ググッとその場で伸びをして体を起こし、吾輩は改めて座り直す。
「ふふ、おめかしまでして。君は公爵家の、立派な家族の一員なんだね」
吾輩が首につけていたリボンネクタイを、王太子が楽しそうにつついた。
「ニャーン」
――羨ましいだろう、リズの手作りだぞ。
適当に王太子をあしらっていたら、リズの部屋でも会った真っ白な服の司祭が現れた。
礼拝堂の脇にある出入り口から、恭しく祭壇へと上がり、参列者をぐるりと見渡す。そして、大きな声で宣言した。
「これより、聖女覚醒の儀式を執り行う!」
ゆっくりと礼拝堂の正面入り口が開く。
そして、祭壇へと繋がる中央の通路を、真っ白なドレス姿のリズが静かな足取りで歩いてきた。
誰もが女神様みたいに綺麗なリズにうっとりしていて、あちこちからため息が聞こえる。吾輩の隣に座っていた王太子も、大きく目を見開いて、すっかり見惚れていた。
祭壇までたどり着いたリズは、司祭の前で跪く。そして司祭の祝いの言葉と、リズの祈りの言葉が終われば、覚醒のための最後の仕上げだ。
「リズリー・フォン・ティファレイトの聖晶石を、ここへ!」
司祭の合図で、脇の扉から聖晶石を持った神官たちがやってくる……はずだったのだが、何故か誰もやってこない。
「聖晶石を、ここへ!」
もう一度司祭が呼びかけたが、礼拝堂脇の出入り口からは誰かがやってくる気配がなかった。
「……なにかあったのか?」
会場がざわつき始め、礼拝堂内に控えていた神官や使用人たちが何やらヒソヒソと話している。
なんだか嫌な予感で、ひげがビリビリする。
ふとユーリの座っていた辺りを見ると、執事長から何か報告を受けているようで、すぐに会場から出て行った。
やはり、何かあったのだ。
居ても立っても居られず、吾輩は椅子から降りると、開いたままの礼拝堂脇の扉めがけて走り出した。
「ミケ?」
リズの声が後ろから聞こえた気がしたけど、今はそれどころじゃない。
扉の向こうにあった通路を駆けて、控室のほうへ行くと、屋敷の使用人たち数名が騒いでいる。
「大丈夫ですか!?」
真っ白な神官服を着た人間が三人、衛兵も三人倒れていた。倒れている奴らの顔には、オレンジ色の妙な匂いのする液体のようなものが掛かっている。
使用人の数人は倒れている人間を介抱し、一人が礼拝堂のほうへ報告のためだろう、走っていった。
「一体何があったんだ? お嬢様の聖晶石は?」
「おい、神官が一人いないぞ!」
意識を取り戻した神官たちが、使用人の問いかけに、ゴホゴホと咳き込みながらも途切れ途切れに話す。
「し、神官の一人が……突然、知らない女の姿になって……」
「……いきなり、何かを吹きつけてきたんだ」
――……やられた!
神官が知らない女で、聖晶石に執着しているような奴といえば一人しかいない。
おそらく、アイネだ。
ユーリがアイネは部屋で寝ていると言っていたし、聖晶石を運ぶ神官は全員男だから紛れ込んだりはできないだろうと、すっかり安心していた。
いつのタイミングからかは分からないが、見張りの衛兵すら欺く魔法か何かで男の神官になりすまして、紛れ込んでいたんだ。




