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◇ ◇
暑い夏が終わりに近づき、長期休暇が明けて学園の授業が再開してしばらく。
リズの専属侍女だったキイラが、公爵家のお屋敷に帰ってきた。
「お嬢様ぁ! お元気でしたか?」
部屋に入ってくるなり、キイラが嬉しそうにリズに抱きつく。
「ええ、元気よ。キイラも元気そうでよかった」
キイラの母親は、手術後しばらくは容体が悪く、自宅で安静にする必要があったらしい。しかししばらくして持ち直し、生活に問題がなくなってきたため、キイラも屋敷に戻って来れたのだそうだ。
巻き戻る前の時も、少し違う時期にキイラは母親の事故がきっかけでいなくなっている。しかしその後、屋敷には戻ってくることがなかったので、今回も戻ってこないような気がしたが、杞憂だったようだ。
もしかしたら以前の時は、戻ってきたくても出来なかったのかもしれない。
前回の時、儀式が近くなった頃のリズの評判は、これ以上ないほどに地に落ちていた。それにすでに離れに一人で幽閉されていた頃だから、父親も兄も悪女に侍女は不要だと言って、追い払っていた可能性がある。
――ま、今回は戻ってこれてよかった。
キイラはリズにとって友人でもある大事な侍女だ。リズが嬉しそうなので、吾輩も嬉しい。
「イルゼ先輩もありがとうございました」
「とても助かったわ。私からもありがとう」
「お礼は不要です。身支度のお世話も好きですから。……それに、猫のお世話も楽しませてもらいました」
キイラとリズがお礼を言うと、イルゼが相変わらずの無表情でそう答えたので、吾輩は衝撃を受けた。
――……あれ、楽しんでたのか?
イルゼという侍女は、表情の変化がとても乏しく、吾輩のこともよく無表情でじっと見ていることが多かったので、てっきり動物嫌いか面倒くさいと思われていると思ったのだが、違ったらしい。
「またお手伝いが必要な時は、お声がけください」
「はい! ありがとうございました」
イルゼが一礼して部屋を出ていった。
その後はキイラがお茶を入れて、二人ともソファに座り、友人同士として互いの近況を話す時間である。
「そういえば、私がいない間、なんだか色々とあったみたいですね」
「ええ、本当に……。何から話したらいいかしら?」
リズはそう言って、キイラが屋敷を出た後に起きた、アイネとのお茶会での顛末や猫ひげ伯爵の訪問、さらに吾輩がアイネに連れ去られそうになったことなどを順番に話した。
「……なんというか、アイネ様もよくもまぁ色々思いつきますね」
「本当ね、毎回ビックリしちゃうわ」
キイラは新しいお茶をリズのカップに注ぐと、ソファに寝そべる吾輩の頭を撫でる。
「ミケ様も、本当大変でしたねぇ」
「……ニャーウ」
――まったくだ。
「まぁでも、アイネ様の謹慎は継続中だそうですし、しばらくはのんびりできそうですね!」
「そうでもないわよ。『聖女覚醒の儀式』が近いんだから」
「……そうでした」
学園の授業は再開したが、公爵夫妻はアイネの謹慎を継続させ、アイネは学園も休み続けていた。
おそらく、公爵家にとってとても重要な、神聖な儀式を変な噂で台無しにされたくないという思いが強かったのだろう。
――ま、儀式が終わったらすぐ、アイネは学園を退学させて領地の僻地に送るらしいしな。
リズはまだ知らないようだが、ユーリの部屋で昼寝をしている時、ユーリと執事長が送る先をどこにするか、相談しているのを聞いたのだ。いい気味である。
「それにしても、お嬢様ももう十八歳なんですねぇ」
「ふふ、自分でもビックリしちゃうわ」
この国では十八歳になると立派な成人と認められ、これまで昼間のお茶会でしか社交活動できなかったのが、夜に行われる舞踏会や夜会なんかにも出られるようになるらしい。
「私がお屋敷に来たばかりの頃のお嬢様は、まだ大変小さくて……」
「まぁ、そんな昔のことを覚えてるの?」
「当然じゃないですかぁ!」
二人が昔話に花を咲かせ始めたのを横目に、吾輩はソファから降りて窓辺に向かう。
窓の外に視線を向けると、これまでになくたくさんの人が忙しく動き回っていて、妙に騒がしいのが気になった。
「あらミケ、お外が気になるの?」
「ナーウ」
――いつになく人が多いから気になったんだ。
尻尾を振りながら答えると、リズが吾輩の頭を優しく撫でながら言う。
「人が多いでしょう? みんな儀式の準備のために頑張ってくれてるのよ」
なるほど。聖女覚醒の儀式のために、もういろんな準備をしているのか。大変だなぁ。
「……私は幸せ者ね」
リズの顔がとても嬉しそうだった。
前回の時は、誰からも祝福されず、最後の希望とばかりに一人で儀式の準備を進めたけれど、結局アイネに邪魔をされて、覚醒することは叶わなかった。
それを知っているからこそ、リズのその笑顔が見れて、吾輩はとても嬉しい。
「ニャーン」
――吾輩も、本当のリズをみんなに知ってもらえて幸せだよ。
不意にコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。開けて入ってきたのは、執事長のブラウンである。
「リズリー様申し訳ありません、本日お越しいただく衣裳店なのですが、馬車の故障で遅れるそうでして」
今日はリズが儀式の時に着る衣装ができたので、試着のために持ってくる予定だった。それを待つために部屋にいたのだが、遅れるのであれば仕方ない。
「あらまぁ、そうなのね。乗車されてる方々にケガはなかったのかしら?」
「はい、そちらは大丈夫だそうで」
「それならよかったわ。慌てずにいらしてくださいとお伝えして」
「承知いたしました」
馬車をすぐに直したとしても、衣裳店のある街からこの公爵家の屋敷まで来るのはなかなかに時間がかかる。
「うーん、少し時間ができてしまったわね」
リズが何をして時間を潰そうか考えていると、執事長がそれならば、と口を開いた。
「もし宜しければ、礼拝堂の飾り付けをご覧になりませんか?」
「礼拝堂の?」
「はい、お嬢様の晴れの舞台ですので、使用人一同、みな張り切っておりますよ」
「まぁ……! それなら行ってみようかしら」
部屋に引きこもりがちなリズには、ちょうどいい提案である。
早速とばかりにリズとキイラ、そして吾輩は部屋を出た。




