7-2
吾輩は宝物庫へ向かう二人に、当たり前のようについていった。
「相変わらず、好奇心旺盛な猫だな」
ユーリは吾輩を見てもそれくらいしか言わない。つまりついていっても問題ないのだろう。
屋敷の四階まで来ると、奥に当主のための執務室がある。そこから更に奥まったほうにあるのが、宝物保管庫だ。
大きな扉の真ん中にある鍵穴に、ユーリが父親から受け取った鍵を差し込むと、突然水色の光が溢れ出す。それがぐるりと円を描いて、文字を描いて大きな魔法陣になった。
――相変わらず、魔法ってのは不思議だなぁ。
その魔法陣にユーリが触れると、スーッと光が消えて扉が開く。どうやら特殊な魔法で鍵を掛けてあるらしい。
「リズはミケを抱いていてくれ。触れると危ないものも多いから」
「は、はい!」
――……危ないものってなんだよ。
リズが吾輩を抱き上げ、ユーリの先導で宝物庫へと入る。
薄暗い通路を進んでいくと、そのうち大きな棚やケースがあちこちに積まれている場所についた。
宝石のたくさんついたキラキラの首飾りや刀剣、鎖でぐるぐる巻きにした本や怪しい雰囲気の宝箱まで置いてある。
全体的にピカピカしたものが多くて、吾輩は何度もまばたきをした。
確かここにあるもの全て、公爵家に代々伝わる宝物だと聞いている。そしてここに聖女覚醒の儀式に必要な『聖晶石』もあるそうなのだが。
――ものが多すぎてわからんな。
たくさんの宝物が並ぶ部屋の中を、ユーリが迷わずに奥へ向かっていくので、リズは周辺を見回しながら追いかける。
「こっちだよ、リズ」
ユーリが立ち止まった宝物庫の一番奥。大きなガラスケースの中に、銀と虹をまぜたような、不思議な色合いをした足つきのグラスが置かれていた。
「あ、コレだわ」
そのグラスの中をガラス越しに覗き込むと、どこかの岩壁から剥がれ落ちたような、赤い鉱石が二つ入っている。
――これが『聖晶石』。
公爵家に金髪か赤目の女の子が生まれると、『聖遺物』と呼ばれているこのグラスの中に、小さな赤い石粒が現れるらしい。そして石粒は女の子の成長とともに大きくなって、十八歳になった女の子が魔力を吹き込むと、その体内に吸収され、聖魔法を使えるようにしてくれるのだそうだ。
聖女として覚醒するために必要な、大事な石なのである。
「……なんだか、随分と大きくなるのですね」
「この大きい方がリズの石だよ。もう一つのはアイネの分だ」
ユーリの差した大きいほうの石は、リズの瞳のように夕焼けをギュッと閉じ込めたようなオレンジ味のある赤い色をしている。もう一つは紫に近く、暗い柘榴のような赤色だ。
「普通の聖晶石は、ここまで大きくならないらしい」
「まぁ、そうなんですか?」
「でも、例外があってな」
そう言ってユーリは、近くの本棚にあった古そうな本を一冊とると、リズの前まで持ってきて広げて見せる。
「ここにあるように、大聖女となる者が覚醒する前の聖晶石は、とても大きくなるらしい」
開かれたページには、聖遺物のグラスに収まるサイズの石と、はみ出しそうなくらい大きなサイズの石が描かれていた。文字は読めないが、きっと大きい方が大聖女、小さい方に普通サイズ、とか書いてあるんだろうな。
「で、ですが、私には魔力がそんなにありませんし、大聖女になんて……」
確かに本の通りにデカい石になっているが、いくら石が大きくても、リズの元々の魔力が少ないんじゃ、どうしようもない気がするが……。
「それも特徴の一つなんだ」
「え?」
「リズはどうして聖晶石が大きくなるのだと思う?」
「わ、わかりません……」
「聖晶石は聖女となる者の魔力を、吸収して大きくなるんだそうだ」
困惑した顔のリズに、ユーリがゆっくりと告げた。
石って魔力を食べるのか?
「つまり、大聖女として覚醒するために、お前の魔力のほとんどは聖晶石の成長に使われていたんだ」
なるほど。つまりリズは元々たくさん持ってたけど、聖晶石に取られてるからあんなに少ない魔力量だったんだな!
「聖女として覚醒したから魔力が増えるのではなく、覚醒すると本来の魔力が戻ってくるうえに、結晶化して強くなった分が増えるというわけだ」
つまり聖女覚醒の儀式は、聖晶石に閉じ込めた魔力を元に戻すための儀式だったのか。
「……そういう仕組みだったのですね」
「ああ。儀式が近いし、改めて聖女について学び直そうと思って、古い文献をいくつも漁っていたら見つけたんだ。父上も母上も、このことはご存知なかったみたいで、先に手紙で伝えたら驚いていたよ」
儀式が代々続いているなら、手順なんかはちゃんと残ってるだろうけど、なぜそうするのか、なんて本当の意味は意外と伝えられてなかったりするのかもなぁ。
ユーリは本を棚に戻してくると、リズの前までやってきて、突然深々と頭を下げた。
「……すまなかった」
「お兄様!? どうされたのですか?」
「知らなかったとはいえ、お前が気にしている魔力量の少なさを理由に、何度もお前に酷いことを言ってしまった。家族ならば、父上や母上のように接するべきだったのに……」
吾輩はこの家に来た時に見た、ユーリの様子を思い出していた。
確かにリズに対して、魔力の少なさを恥じろと言わんばかりの態度だったな。きっと吾輩がくる前にも、そういう言動をしていたことがあるんだろう。
「貴族ならば気にすべきことですもの。私もお兄様も知らなかったのですし、仕方ありませんわ」
「しかし……」
頭を下げたままこちらを見上げるユーリは、とても辛そうな顔をしていた。
よほど気にしていたんだろう。
リズは知らないが、ユーリは魅了の魔法でアイネの味方をしていた時期があるし、だからこそ余計に苦しいのだ。
「私、嬉しいんです。お兄様が儀式のためとはいえ、たくさん調べてくださったことが、とても。だからもう、気になさらないで」
リズがそう言って、ユーリの頬に手を当てて、ニコリと笑う。
「……ありがとう、リズ」
泣きそうな顔を上げたユーリが、リズを吾輩ごとギュッと抱きしめた。
この兄妹は、きっともう大丈夫だ。
巻き戻る前みたいにすれ違うことはないだろう。
――前の世界でも、この事実をユーリがもっと早く知っていたらな。
もし知っていたら、リズはあんなふうに惨めな扱いを受けなかったかもしれない。
しかし、それはもう今更だ。
――今世の二人が仲良くできるなら、それでいい。
「それにしても、こんなに大きくなるなんて。私が今使える魔力量が極端に少ないのも、なんだか頷けますね」
体を離したリズが、もう一度聖遺物の中にある聖晶石を眺めながら、そう言って笑う。
「そうだね。でもリズはそれだけ、立派な聖女になれるということさ」
「……女神様が期待してくださっているのですね」
「ニャーン」
――そりゃそうさ。じゃなきゃ女神様が時間を巻き戻したりなんてするわけないよ。
「うふふ、ミケもそう思う?」
リズが吾輩を撫でながら笑う。
綺麗な夕陽色の石が、キラリと光ったような気がした。
「……聖晶石を見ていたら、なんだか元気が湧いてきたような気がします」
「それはよかった。この石はリズの力の源になるものだからね」
巻き戻る前、あの石をアイネによって砕かれてしまったリズは、聖女になる資格を失ってしまった。石を砕かれた後のリズは、まるで抜け殻みたいで、見ていられないくらい辛かったのを覚えている。
この石が力の源だというのなら、リズはきっとあの時に、聖晶石と一緒にアイネに殺されてしまったのかもしれないな。
「よし! 今度の儀式は、立派なものにしないとな」
「はい、頑張ります!」
ユーリとリズがそう言って笑い合うのを見て、吾輩は頑張れよ、の意味を込めて「ニャーン」と鳴くだけであった。




