7-1
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「……全く、アイネにも困ったものね」
ようやくリズの両親が、遠方にある親戚の家から帰ってきた。
二階の広間でたくさんのお土産を開封しながら、両親不在の間に起きた一連の出来事についてユーリは淡々と報告し、それを聞いた二人はソファでぐったりしていた。
随時手紙で連絡はしていたようだが、直接聞くのとではまた受け取る印象も違うのだろう。
アイネの部屋は二階にあるが、ユーリの言い渡した謹慎中のままなので、部屋に篭ったままだ。
「可哀想な子だからと、甘やかしすぎたのかもしれないな……」
普段は執務室か王城にいることの多い、リズの父親・ダニエルも眉間に皺を寄せていた。
アイネはこの父親にとって、亡くなった実弟の残した一人娘。弟によく似ているからと、引き取ってからも随分甘やかしていたようだが、あれは生来の気質もあるのではなかろうか。
「ミケランジェロも災難だったわね」
ソファに寝そべる吾輩を、リズの母親が申し訳なさそうな顔をしながら撫でた。
「……ミャゥ、ミャウアウ」
――災難どころの話じゃないぞ。本当に大変だったんだからな。
ユーリが助けなかったら、今頃どうなっていたことか。危うくリズと二度と会えなくなるところだったのだ。
「やっぱり、怒ってるみたいね」
「ああ、そのようだ」
尻尾をパタパタと揺らしながら抗議をしていたら、さすがに両親にも吾輩の怒りが伝わったらしく、申し訳なさそうな顔で笑う。
「以前から感じてはいましたが、アイネはリズにかなり大きな劣等感を抱いているようです」
「アイネが私に、ですか?」
ユーリの言葉に、リズが目を丸くして驚いていた。
「そうだ。まずお前は公爵家の嫡出子で、正当な公女だ。それに髪と瞳の色もあって、大聖女候補と期待されていて、王太子のほうからわざわざ婚約を求めてくるほどの器量だろう? アイネが今からいくら努力を尽くしても、手に入らないものばかりをお前は持っているからな」
リズ本人はあまり自覚がないようだが、人間の世界ではかなり地位が高くて裕福なのは明らか。婚約者は努力次第でなんとかなりそうだが、血筋や生まれ持ったものばかりはどうしようもないもんな。
「そんな自分では絶対に得られないものを、リズは持っている。それを間近にみているからこそ、余計に嫉妬に駆られてあのような行動を取っているのではないかと、俺は思います」
ユーリの言葉に、父親が深いため息をつく。
「――あの子を立派な聖女に覚醒させたら、弟の領地を任せたいと思っていたのだがな」
父親は父親なりに、色々と考えてアイネを公爵家に引き取っていたようだ。
聖女は普通の魔法使いと少し違うみたいだし、だからこそ勉強すべきことも多いだろうしな。でも、あの性格じゃあ無理だろう。
「このままアイネをリズのそばに置いていても、互いに悪影響になるばかりです。引き離すためにも、領地にある縁戚の家に引き取ってもらうほうがいいのではないでしょうか」
「そうだな。きっとそれが、互いにとって一番だろう」
ティファレイト公爵家は、王都から離れた場所に領地を持っているって言ってたな。父親が王城で仕事してたり、リズたちが通う学園もあるからと、基本は王都のこの屋敷にいるらしいが。
ユーリの提案に乗り気なところをみると、このままアイネとリズを引き離してもらえるんだろうか。
少し期待して吾輩は耳をパタパタ動かしながら、父親たちの会話を聞いていた。
「……しかし、今すぐ移動させるというのは、難しいな」
「そうですね。もうすぐリズの誕生日ですし、今年は『聖女覚醒』の儀式の準備もありますから」
――やはり無理かぁ。
吾輩はガッカリして背中を丸めた。
そう、もうすぐ暑い夏が終わって、秋が来る。
秋がきたら、リズの十八歳の誕生日。
このティファレイト公爵家というのは少し特殊な家で、生まれてきた女の子が金髪か赤い目を持っていたら、聖女になれるらしい。
ちなみに聖女というのは聖魔法というもので人や動物を癒したり、魔物の素となる邪気を浄化したりと、女神の力を使うことが出来る存在のことである。心優しいリズにはピッタリな魔法だと思うが、アイネがこの力を手にしたら、悪巧みにしか使わない気がするけど。
金髪で赤目のリズは、その見た目から『大聖女』になるのでは、なんて昔から言われている。
これは巻き戻る前もそうだったのだが、吾輩が屋敷に来た時にはすでに『悪女』のレッテルを貼られていたし、大聖女候補という肩書きすら鼻にかけてるだの偉そうだの、ひどい言われようだったのが未だに解せない。
――でも、今は違う。
一番の味方である母親が公爵夫人として社交の場に行き、アイネの噂をすっかり払拭しているらしいし、ユーリも父親も、巻き戻る前と違ってリズの悪い噂を全く信じていないからな。
出来ればアイネをこの屋敷から追い出して欲しかったが、難しいなら仕方ない。ただ無事に聖女覚醒の儀式が終われば、リズが牢獄で死ぬ運命からは完全に逃げられるはずだ。
そんなことを考えながらリズのほうを見ると、なんだか浮かない顔をしている。
「ミャーウ?」
――どうしたんだ、リズ。
吾輩は母親の隣からリズの膝の上に移動し、リズの胸や腕に額をこすりつけた。
その様子を目で追っていたユーリが、リズの表情が暗いことにも気付いたらしい。
「どうした、リズ。元気がないな?」
「あ、いえ、その……。未だに私が本当に『聖女』になれるのか、正直不安で……」
吾輩の頭を撫でながら、リズが沈んだ声で言う。
「何を言ってるの。貴女以上に聖女に相応しい女性はいないわ」
「ありがとうございます、お母様。でも、私の魔力では、覚醒してもようやく人並みの魔力になる程度でしょうし……」
リズは『女神の容姿』と呼ばれる金髪赤目として生まれたからこそ、周囲から凄まじい期待を寄せられてきたに違いない。しかし、貴族とは思えないほどに少ない魔力のせいで、ずっと苦しい思いをしてきたのだ。
大聖女候補とまで呼ばれているのに、いざ覚醒した時に魔力の少なさから周囲をガッカリさせるのではないかと、それが不安なのだろう。
――こればっかりは、吾輩にもどうにもできないしな。
吾輩はただこうやって、今も昔もリズの側にいてやることしかできない猫なのだ。
「――父上、よければリズに、あのことについて説明しておきたいのですが」
じっとリズを見つめていたユーリが、父親にそんなことを言った。
「ああ、そうだな。お前から話したほうがいいだろう」
答える父親は胸ポケットから鍵の束を取り出すと、そのうちの一つを外してユーリに手渡す。
鍵を受け取ったユーリはグッと握りしめると、リズの元までやってきて手を差し出した。
「リズ、一緒に来てくれないか」
「え、はい。……どちらに?」
差し出された手に自分の手を乗せながら、リズが困惑した顔で尋ねると、ユーリは優しそうに笑って言う。
「宝物庫だ。お前の『聖晶石』を確認しに行こう」




