6-5
「お、お従兄様……!」
「なぜお前が屋敷の外にいる? お前はまだ謹慎中のはずだろう?」
赤い瞳を怒らせて、ユーリが凄まじい形相でアイネに詰め寄ってくる。
「い、いやですわ、お従兄様。……その、私の不注意でミケランジェロが汚れてしまったので、厩舎の側の井戸で洗ってあげようとしていただけですわ」
アイネも怒ったユーリはさすがに怖いのだろう、言い訳をしながらジリジリと少しづつ後ろへ退がっていた。
「そちらは裏門へつながる道だが?」
一歩ずつアイネが後ろへ退がるたびに、ユーリも少しずつ近づいてくる。
「あ、えっと。……そう! 魔法を使って捕まえたので、ケガなどしていないか獣医師様に先に診ていただこうと……!」
「……は。公爵令嬢ともあろう者が、自ら医師を訪ねるのか? 医師など部屋に呼べば済む話だ。現に、先日ミケが餌を食べなかった時も、リズは獣医師を部屋に呼んでいただろう?」
「……っ!」
遂にそれらしい言い訳も出なくなったのか、アイネが答えられずにいると、ユーリはさらに距離を縮めて言った。
「それにお前は知らないようだが、ミケランジェロは綺麗好きで風呂好きの珍しい猫だ。定期的にリズが屋敷の浴室でミケを湯浴みさせている。汚れを洗いたいのであれば、湯桶を持って呼べば済む話だ」
「まぁ、そうでしたの? 私ったら知らなくて……」
アイネの声が上擦っている。猫は水嫌いと言われているからな。
ここから表情は見えないが、きっと吾輩への怒りと混乱と、ユーリへ取り繕うための笑顔でぐちゃぐちゃな顔になっていそうだ。
「ミケは賢い猫だ。理由もなく逃げ回ったりなんてしない。お前がそうやって、洗う以外の目的で捕まえようとしてるのを、ちゃーんと見抜いていたんだよ」
「違いますわ! 私は本当に……!」
「……猫ひげ伯爵から、ミケ用に餌を贈ってもらったそうだな?」
ここにきても言い訳をやめないアイネを、ユーリがスッと目を細めて見つめる。
「少し前に、お前の侍女が給餌係にそう言って餌の袋を持ってきた、と」
「……そ、それは」
「だがな、ミケは頂き物の餌を一度も食べなかったそうだ。俺のメイドが食べなかった餌を裏庭に撒いて捨てたところ、その餌を食べたと思われる野鳥が大量に死んでいた、と報告を受けている」
「まぁ、毒入りの餌だったのですね! ……なんて恐ろしい。抗議のお手紙を書かないと……」
「ヴィルツ伯爵に問い合わせたが『訪問はしたが、贈り物はしていない』と回答を頂いている」
アイネは震えているのか、檻が小刻みに揺れていた。
「もう一度聞くぞ、アイネ」
ユーリの声と視線は、まるで冬の夜みたいに、とてつもなく冷たい。
「リズの、我が妹の愛猫ミケランジェロを、どこへ連れて行くつもりだったんだ?」
「……あ、ああ」
喉から空気が漏れるような声を出しながら、アイネが吾輩の入った檻を抱えたままその場に崩れ落ちた。
そしてちょうどその時、裏門のほうから騎士が数名やってくるような足音が聞こえてくる。
「ユーリ様! 指示通り裏門周辺を確認したところ、すぐ近くに不審な馬車が停まっておりましたので、御者と中にいた男を捕らえました!」
「ご苦労。……やはりな」
どうやら吾輩は、ユーリが現れなかったらその不審な奴に連れ去られるところだったようだ。
「アイネ、説明してもらおうか」
「知りません! 私は知りません!」
座り込んだままのアイネは、両手で耳を塞ぎ、髪を振り乱して首を振る。
「まぁお前が答えようがどうしようが、捕らえた者を尋問すれば済む話だ」
「……っ!」
「従妹であり、優秀な聖女候補だからと、これまでのことに多少は目を瞑ってきたつもりだが、さすがに今回ばかりは目に余る。お前には今後、屋敷の三階以上へ立ち入ることを禁ずる」
「……そんな!」
「そして、他の家族がいない場所でリズとミケランジェロ、それぞれに接触することも禁ずる。お前だけではなく、お前の侍女たちも同様だ」
三階以上への立ち入り禁止だけでなく、リズや吾輩に単独で会うなということは、信用できない家門の人間だという烙印を押されたようなもの。
――ただの猫である吾輩の方が、よほど信用されてるな。
アイネのプライドはもう、ズタズタだろう。
「こんなのって……。あんまりですわ、お従兄様!」
涙まじりの悲鳴に近い声でアイネが言ったが、ユーリは対して気にしてる風でもなく、地面に放り出された吾輩の入った檻に歩み寄った。
「このことは、父上と母上にももちろん報告する。二人の裁量次第では、今後もこの屋敷にいられると限らないぞ。……心しておけ」
ユーリはそう言うと服の袖をまくり、檻の扉を開けて中にいた吾輩を引っ張り出すように抱き上げる。
「……ミャーウ」
――正直、助かったぞ。
「お前がいなくなったら、リズが悲しむからな」
泥まみれの薄汚い格好の吾輩を、ユーリは少しホッとしたような顔で見ていた。
「アイネは自室に連れて行き、可能な限り部屋から出すな」
「かしこまりました」
ユーリの言葉に、いつの間にかやってきていた執事長が深々と頭を下げる。
それからユーリは吾輩を抱えたまま、屋敷の中へと戻った。
「さて、ひとまずお前は湯浴みをしたほうが良さそうだな。リズが帰ってくるまで待つか? 俺がやってもいいんだが」
長い廊下を歩きながら、ユーリは当たり前のように吾輩に話しかける。
「ミャウ!」
――リズを待つ!
「そうかそうか、さっさと洗いたいよな。綺麗好きだもんなぁ、お前。仕方ないから俺が……」
「ニャウアウ!」
――違うってのに!
まったく、肝心なところで話が通じない!
なんとか暴れて抗議しようとしていたら、玄関のあるほうから、パタパタと誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「お兄様!」
王城に行っていたリズだった。
「ああ、リズ。随分早かったな」
「屋敷で騒ぎになっていると連絡が来たので、殿下にご無理を言って早めに切り上げてもらいました」
「……そうか、手間をかけたな」
「いえ、大丈夫ですわ」
そう言うリズに、ユーリは抱えていた吾輩を差し出す。
「まぁ、ミケこんなに汚れて。……怖かったでしょう」
泥まみれで汚れたままの吾輩を、リズは王城に行くような綺麗な服のままで、何の躊躇いもなくぎゅっと抱きしめた。
「……ミャウ」
――ああ、もう大丈夫だ。
やはり、リズこそが聖女にふさわしい。
「とりあえず湯浴みをさせよう、詳しい話はその後にでも」
「はい」
吾輩はリズに抱えられたまま、浴室へと向かったのだった。




