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それからというもの、アイネの吾輩を排除しようとする動きはなんとも露骨であった。
イルゼが持ってくる吾輩の餌に、あからさまな毒が混ぜてあったのである。おそらく食堂にいる給餌係をアイネが買収か何かしたのであろう。
見た目も匂いも、パッと見た感じではこれまでのものと変わらない。しかし、人間の嗅覚では分からないのだろうが、吾輩にはバッチリ分かってしまうレベルで『毒』と思われる嫌な匂いがしていた。
もちろんそんなものを食べる吾輩ではない。
空腹は辛かったが、食べたら死ぬと分かってるものを食べるわけにはいかないのである。
そのうち吾輩が毒餌を食べていないことに気付いたアイネの侍女たちが、こぞって吾輩に毒を染み込ませたオヤツをちらつかせてくるようになった。しかし吾輩は、これも全て無視した。
あまりに吾輩が餌を食べないでいると、さすがにリズが心配し、普段は公爵家の馬などを診ている獣医師を部屋に呼んで、吾輩を診察させたりした。
「すこし栄養が足りていない感じですが、それ以外は特に悪いところは見当たりませんね」
当たり前である。食べていないだけなのだからな。
しかしリズはとても心配そうな顔で吾輩を見つめている。
「でも、ここ最近はずっと何も食べてくれなくて……」
「こちらが今朝用意した餌です。ひと口も召し上がっていません」
そう言ってイルゼが、吾輩がまったく手をつけなかった餌を、器ごと獣医師に見せた。
獣医師は餌の見た目をチェックしたり、餌を嗅いだりしていたが、首を捻るばかり。
「特におかしい感じはしませんが、なんでしょうかね?」
獣医師とリズ、そしてイルゼの三人が揃って首を傾げていると、コンコンとノックがして執事長がやってきた。
「失礼致します。給餌係をお連れしました」
そう言って、少し背の低い若い青年を紹介する。
「き、給餌係の、ジョンです」
給餌係は緊張しているのか、普段は頭に乗せている帽子を、胸の前でぎゅっと握りしめていた。
「まぁ、ジョン。来てくれてありがとう。ミケの餌のことで、何か変わったことはない?」
「……特に思い当たる節がなくて。ただ、その。ミケランジェロ様が餌を食べてくれなくなった時期から、新しい袋のものをお出ししていたことくらいしか……」
給餌係によれば、これまで使っていた餌の袋の中身がなくなりそうなタイミングで、猫ひげ伯爵様からの贈り物だという餌をもらったので、そちらを使うようになったらしい。
「袋のラベルも、中身もほぼ同じモノだったので、問題ないと思っていたのですが……」
「全く同じに見えて、微妙に違うモノだったのかしら?」
「その可能性も考えて、いつも購入している店で、いつもと同じモノを買ってきまして」
給餌係はそういうと、廊下に置いていたらしい餌の入った器を持ってきた。
それを床の上に置いたので、吾輩はとりあえず近づいてみる。
見た目も匂いもいつも通りだ。そして、食べなかった餌から感じた奇妙な匂いは、ない。
――うん、これなら大丈夫だな。
吾輩はそのまま餌に齧り付いた。
すると、吾輩を見守っていた人間たち全員が、はぁ、と安堵の息を吐く音が聞こえる。
「やっぱり、いつもと違う餌だったのかもしれませんね。猫も繊細ですから」
「そうだったみたいね。気付かなくてごめんなさい」
リズがそう言いながら、ひさびさに餌を頬張る吾輩を撫でた。
「……ミャウ、ミャウン」
――そうじゃないんだけど、まぁいいよ。
吾輩は空腹を満たすためにガツガツ食べていたが、執事長と給餌係が話している内容もちゃんと聞いていた。
「伯爵様からの贈り物だという餌の袋は、誰が持ってきましたか?」
「名前は分かりませんが、メイドです。普段は一階であまり見かけないメイドでしたから、二階か三階を担当しているメイドかと」
給餌係は基本一階か厩舎で過ごしているので、二階以上を担当しているメイドや侍女たちと接点があまりないのかもしれない。
「そうですか、変ですね……。ヴィルツ伯爵様からのお手紙はございましたが、贈り物の類は受け取っていないはずなんですが――」
――なるほど、そうやって毒入りの餌を持ち込んだのか。
てっきり買収でもしたのかと思ったが、どうも違ったらしい。
「まぁ、全部綺麗に食べたわね」
器の内側まで舌で綺麗に舐めていると、リズが嬉しそうに吾輩の頭を撫でた。
「しっかり食べられましたし、大丈夫そうですね」
「はい、ご心配をおかけしてすみませんでした。ありがとうございます」
それでは失礼します、と獣医師たちが部屋を出ていくと今度はイルゼが吾輩とリズに頭を下げる。
「餌の違いに気付けず、申し訳ありませんでした」
「ジョンが分からなかったくらいなのだから、貴方のせいではないわ」
「ミャーウ」
――そうだぞ。毒入りの餌を持ち込んだ奴が悪いんだ。
人間たちに伝わらないのは、なかなかに不便である。
しかし、執事長が餌がどこからきたのかに疑問をもっていたし、ちゃんと調べてそのうち気付くだろう。
――犯人はどうせアイツだろうけどな。
そう思いながら吾輩はあくびを一つして、ソファの上で丸くなって目を閉じた。




