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吾輩は悪女の愛猫である  作者: 黑野羊
6)窮猫、魔手を噛む
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20/29

6-2

 アイネの目的は分からないが、この猫ひげ伯爵からは強い悪意を感じないので、吾輩は伯爵の座るソファに移動して隣に寝そべってやった。

 猫好きの客なら、多少はサービスしてやらないとな。リズも楽しそうだし。

「あら、ミケったら。伯爵様を気に入ったのかしら」

「おぉ、これはこれは光栄ですなぁ」

 伯爵が嬉しそうに目を細めて、吾輩の耳の後ろや首周りを指先で撫でてくる。

 うむ、猫に好かれるだけあって、力加減の塩梅がなかなかだ。うまいもんだ。

 吾輩もご満悦で喉を鳴らしていると、その様子をじっと見ていたアイネが口を開く。

「そういえばお従姉様は、王宮に輿入れされる際、ミケはどうされますの?」

「え? それはもちろん、連れて行こうと考えているけど……」

「……まぁ、本気で仰ってますの?」

 リズの予想通りの返答に、アイネが扇子で口元を隠したまま、どこかバカにするような顔で片眉を上げた。

「お暮らしになるのは王太子様の宮でしょう? そんな場所に動物を連れ込むなんて、とんでもありませんわ」

「そ、そうかしら……」

「ヴィルツ伯爵も、そうは思いませんこと?」

 アイネに問われた伯爵は、自慢のひげを撫でながら考えた顔をする。

「うーん、そうですねぇ。王城や王宮内では基本的に動物を連れ込むことは禁止となっていますし、ミケ殿を連れて嫁がれるのは難しいかもしれません」

「そうですよねぇ!」

 伯爵の言葉に食い気味で相槌を打ったアイネが、とんでもないことを言い出した。

「ねぇ、お従姉様。いっそミケランジェロは、伯爵様にお譲りになったらいかが?」

「……え?」

「だって猫を連れて輿入れはできないんですよ? お従姉様が嫁がれて一匹になったら、寂しさで死んでしまうかもしれませんわ。だったらミケランジェロは、お友達がたくさんいる伯爵のお家に行くのが一番だと思いますの!」

 アイネは待ってましたと言わんばかりに、リズを圧倒する熱量で捲し立てる。

「貴女、何を言って……」

「ああでも、猫は変化に弱いというでしょう? お従姉様が嫁がれてからいきなり知らないお家に引っ越しなんて可哀想ですわ。なので、早くからお友達がたくさんいる伯爵邸に行って慣れさせるという意味でも、今日からお試しで連れて行ってもらうというのはどうかしら?」

 表情をコロコロと変えるアイネが最終的に出した結論に、リズが驚いた顔になる。

「……今日から?」

「ええ、せっかく伯爵様がいらしてるんですもの。ちょうどいいじゃないですか、ねぇ?」

「ま、まぁ。我が家はいつでも大歓迎ではありますが……」

 伯爵もまさか話がそんなふうに転ぶとは、思ってもいなかったようだ。もちろんリズも吾輩も同じである。

 あまりの展開にしばらく呆けたようになっていたリズだったが、すぐにハッと我に返った。

「でも、いきなりそんなお願いするなんて、伯爵様に失礼よ」

「そうはおっしゃいますけど、お従姉さまは学園を卒業される来年の春には、王宮に嫁がれるのですよ? 今から準備しても遅いくらいではなくて?」

 なるほど、そうきたか。

 アイネはこれまでの失敗の原因が、吾輩にあるとようやく気付いたのだろう。そして、伯爵に引き取らせることで『リズが自分で吾輩を手放した』形にしたいのだ。

 なかば強引に設けられたこの席も、全ては吾輩を排除するため。

 ――やれやれ。

「それにミケランジェロだって、伯爵様をすっかり気に入って……」

 アイネの言葉に三人の視線が伯爵の隣に向かう。

 しかしそこに吾輩はいない。

 吾輩はリズの隣に戻り、前足を舐めながら寛いでいたのである。

 確かに悪くない男だったが、吾輩のご主人様は前回も今回も、リズだけだ。

「……ミケ」

「ナァウ」

 ――吾輩はどこにも行かないぞ。

 リズはそっとやさしく吾輩の頭を撫でる。

「……たとえ王宮に連れて行けなくても、ミケはここで、このお屋敷で、お兄様と一緒にティファレイト家を守ってくれる存在になると思うわ」

「ミャウ」

 ――そういうことだ。

 惜しかったな、アイネ。猫が変化に弱いところまで合っているが、猫は縄張りである住処が変わることが嫌いだからだ、ということも知っておけ。

 リズに撫でられながら、吾輩がゴロゴロと喉を鳴らしていると、それを見ていた伯爵が目を細めて笑った。

「ふふ、あそこまで主従の絆で結ばれているのでしたら、引き離すことは難しいでしょうなぁ」

 そして残っていたカップのお茶を飲み干すと、伯爵はゆっくり立ち上がる。

「では、私はこれで。素敵なレディと愛すべき友人に出会えて光栄でした。なにかご相談事がございましたら、ぜひ」

「あ、はい! こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」

 リズも慌てて立ち上がり、淑女の礼で返すと、伯爵はそのままニコニコとした顔で帰っていった。

「……はぁ、伯爵様が良い方でよかったわ」

 玄関で見送り、リズがホッと胸を撫で下ろす。

 伯爵を呼んだ当のアイネは、ムッとした顔で黙ったままだ。

 思った通りにいかなくて悔しいんだろうけど、客人相手にもその顔のままってのはどうかと思うぞ。

「アイネ。今後またこんな形で私宛のお客様を呼んだりしたら、次は謹慎だけではすみませんよ?」

「……分かってますわ!」

 リズの言葉に、アイネはふんっと鼻を鳴らすと、わかりやすく肩を怒らせて、二階の自室へ戻っていった。

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