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◇ ◇
大騒ぎになったお茶会から数日経ったある日、執事長がリズの部屋にやってきて困った顔をして尋ねた。
「リズリー様、お客様がお見えなのですが……」
言われたリズは、刺繍をしていた手を止めて目を丸くする。
「え、私に? そんなお約束はなかったはずだけど、どなたがいらしてるの?」
「ヴィルツ伯爵です」
「!……もしかして、あの『猫ひげ伯爵』と呼ばれているヴィルツ伯爵様ですか?」
公爵夫妻が遠方に出かけていて不在の場合、こういう時はリズより兄のユーリが対応するべき事案だ。しかしその兄が今日に限って「王太子に呼ばれたから」と、王城へ出掛けている。吾輩も朝、リズと一緒に見送ったからな。
そうなってくるとこの場合、家で一番偉い人間はリズとなるので、執事長が相談に来たようだ。
「変ね。ヴィルツ伯爵とはお会いしたことも、お手紙のやりとりをしたこともないのだけど……」
そもそも誰かの家を尋ねる時は、火急の用でもなければ先触れを出すのが一般的である。
「では、お帰りいただきますか?」
「うーん、でもお父様やお兄様に急ぎの御用だったのなら申し訳ないですし、用件だけでも伺いしましょうか。ひとまず、応接室に……」
リズが指示を出していると、先日のお茶会からキイラの代理で侍女をしているイルゼが、スッと前に出てきて言った。
「申し訳ありません、お嬢様。伯爵にお会いするつもりでしたら、念の為私と、護衛騎士をお連れください。ユーリ様が心配されます」
「あ、そ、そうよね」
お茶会事件の時、ユーリに「今まで以上に気を付けろ」と言われたことを、リズもちゃんと思い出したらしい。イルゼ、よくやった。
「では、護衛のための騎士を二人、お願いできるかしら」
「かしこまりました、そのように」
そう言って執事長がさがると、イルゼがすでに着替える服を手に持っている。
「それではお支度を」
「ええ、お願い」
リズはすぐさまイルゼの用意した、来客に対応するためのドレスに着替えた。
イルゼは普段、ユーリの部屋などを中心に三階の清掃などを行うメイドだが、過去には母親ナタリーの侍女をしていたこともあるという。ベテランらしい支度のスピードと完成度で、あっという間にリズが清楚で品のある公爵令嬢らしい格好になった。
「……まぁ、すごいわ。さすがイルゼね」
「恐れ入ります」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って部屋を出るリズの後を、吾輩もトコトコついていく。
「ミケも一緒に来てくれるの?」
「ニャウン」
――もちろんである。
「ふふ、心強いわ」
ヴィルツ伯爵の訪問も、前回にはなかった出来事だ。
これまでリズにマイナスとなりそうな、母親の死や襲撃事件を防いだおかげなのか、随分と違う未来になってしまった。
母親は死んでないし、襲撃も未遂だったから婚約破棄もされてない。何より前回はリズを断罪する側だったユーリが、こちらの味方なのである。
――しかし、このままで大丈夫だろうか。
これまでは、前回の出来事を覚えている吾輩だから対応できたけれど、今後は何が起こるかは予想もつかない。それなのに、吾輩には魔法も人間の言葉を話すこともできないただの猫。
それでも、吾輩はリズを聖女として覚醒させて、今度こそ幸せにしてやりたいのである。
「これはこれは初めまして、レオポルド・サン・ヴィルツと申します」
応接室に入ると、口髭の立派な男が出迎えた。
――ほう、なるほどこいつが。
大の猫好きで、屋敷でも猫を複数匹飼っており、猫のために屋敷を大改造までしたという伯爵らしい。
そしてその立派なヒゲも相まって『猫ひげ伯爵』と呼ばれている奴だ。
「お待たせして申し訳ありません。初めまして、リズリー・フォン・ティファレイトと申します」
挨拶を済ませると、イルゼがお茶を淹れてくれたのでひとまずソファに座る。
「ええと、伯爵様。本日はどのようなご用件なのでしょうか? 生憎、父も兄も出掛けてしまっているのですが……」
「いや、実はその。……お約束をしていたのは、アイネ様のほうでして」
「まぁ、そうだったのですか? ですがその、アイネは今……」
「なにかご事情が? 公爵家に入る時は『公爵家のご令嬢と約束している』と衛兵に伝えればよいと言われたので、そのようにしたのですが……」
どうやら伯爵はアイネが謹慎中なのを知らないようだ。ったく、居候なのに、自分も公爵令嬢だと思っているらしい。
しかし、伯爵のような言い方をされたら、衛兵も念の為屋敷に確認を寄越すはず。何か手違いでもあったんだろうか。
「実は今アイネは……」
リズが説明しようとしたタイミングで、応接室のドアがノックされて開く。
「ご機嫌よう、ヴィルツ伯爵様」
「おお、これはこれはアイネ嬢。ご無沙汰しております。ギーメル侯爵家でのお茶会以来でございますな」
アイネはスカートを広げて挨拶をすると、リズの横に当たり前のように座った。
隣に座るアイネに、リズが小声で尋ねる。
「アイネ、どういうこと? 貴女はお母様からお客様を呼んではいけないと言われていたでしょう?」
「あら、伯爵様は『公爵家の令嬢』に会いにきたのでしょう? そして公爵家にいる令嬢は私とお従姉様の二人。私はお従姉様のお客様に同席するのだから、お義母様の言いつけには何も反していないわ」
アイネはいつもの派手な細工の扇子で口元を隠しながら、したり顔で答えた。
「それに、お従姉様が許可をしたから、伯爵様はお屋敷に入れたのでしょう? それなら伯爵様はお従姉様のお客様だわ」
なんとも無茶苦茶な理屈である。
おそらくアイネは、緊急の要件かもしれないという心配性なリズの性格を分かった上で仕組んだのだろう。そしてこうして招き入れた以上、すぐに追い返したりできないことも、織り込み済みなのだ。
「すみません、伯爵様。少し手違いがあったみたいですわ」
アイネは伯爵に向かうとにっこり笑う。
「左様ですか。それで本日はどのような用件で?」
「実は以前から、伯爵様をお従姉様にご紹介したいと思っていたんですの。お従姉様も『猫ひげ伯爵』様にお聞きしてみたいことがあると仰っていたでしょう?」
「確かに言ってはいたけれど……」
「それはそれは、王太子の婚約者様にお会いしたいと思われているなんて光栄ですな」
「とんでもないです! このような形でご挨拶となってしまってすみません」
そういや以前、リズはこの『猫ひげ伯爵』とやらが書いた、猫に関する本を楽しそうに読んでいたな。
「お聞きしたいことでしたら、何でもお答えいたしますよ」
「ああえっと、そうですね。それでしたら……猫を複数匹飼ってらっしゃるお家では、しつけなどをどうされているのか気になってまして」
「ああ、それについてですか。我が家ではですね――」
リズと伯爵は猫好き同士ということもあって、猫の話題で普通に盛り上がり始めた。
伯爵の家には、廊下の高い位置に猫用の通路があるだとか、自室の扉横には猫専用の扉を設けてあるとか。猫と人間が暮らすための工夫について、リズはとても真剣に話を聞いていた。
そして半ば無理やり場を整えたアイネはというと、ただニコニコ笑って二人の会話を聞いているだけである。
――絶対、何かを企んでいるはずだが。
そうでなければ、ここまで強引に二人を引き合わせるはずがない。




