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窓の外がすっかり暗くなり、夕飯が近くなった頃。ようやくユーリがリズの部屋を訪ねてきた。
「大丈夫かい、リズ」
「……はい」
リズは自室に戻ると服を着替え、それからずっとソファに座って沈んだ顔をしたままなのである。
ユーリはリズの向かいの席に座ると、イルゼの用意したお茶をひと口だけ飲んでから口を開いた。
「お前の購入したタルトに毒を振りかけたのは、ペトラで間違いない。午前中、買い物をした帰り、お前が馬車の中で眠っている隙に、こっそり毒を振りかけておいたそうだ」
今回使われた『アスルレウムの花毒』は透明な液状をしていて、薬師や医師、毒の知識がある人間でなければ分からないくらい無味無臭に近いものらしい。
そんな毒を、揺れる馬車の上、しかも新鮮なベリーの乗ったタルトに振り撒いたのだ。多少は跳ねるだろうし、それが袖口の内側に付いてしまっても、気付かなくて当然だ。
――今回気付いたのも、本当に偶然に近いしな。
ユーリが目敏い奴で助かった。
「……ペトラは、どうしてそんな恐ろしいことを」
数日とはいえ、リズもペトラとはそれなりに楽しく過ごして、多少は親しくなったのだ。おしゃべりで明るい性格だったから、リズが信じられないのも仕方ないだろう。
「本人は『リズを陥れるため、アイネに命令されてやった』と言っているんだが、アイネや他の侍女たちは、ペトラは普段からアイネについて愚痴や文句を言っていたと、口を揃えて答えていてな。どちらが真実か、まだ判断がつかないところだ」
「……そうなのですね」
ガゼボでの様子を見る限り、おそらくアイネは、リズに冤罪をかける予定が上手くいかなかったので、ペトラを切ることにしたんだろう。まったく切り替えの早い奴だ。
「ただ、どちらが真実にしても『毒』の入手経路がまだ分からなくてな」
「入手経路、ですか?」
「ペトラは『アイネ本人からもらった』と言っているんだが、アイネはここしばらく謹慎していただろう? 屋敷に届く荷物は全てチェックされているが、アイネ宛のものはせいぜい友人たちからのお菓子の贈り物くらいで、毒になりそうなものはなかったようだし」
確かに、ここ最近のアイネはもちろん、専属の侍女たちも基本的にはアイネに付きっきりなので、買い物に出掛けている様子はない。
必要な買い物については、ちゃんと執事長か侍女長を通しているそうだ。
――夜中にこっそり出掛けてても、バレるだろうしなぁ。
この公爵邸は、夜中でも全ての出入り口に衛兵が立っていて、怪しい出入りがあれば分かるようになっている。暗殺者でもない限り、こっそり出掛けるのは無理だろう。
「可能性としてあるのが、ペトラが出掛けた先で買ったという可能性なんだが……。リズは一緒に買い物に行ったんだろう? その時の様子はどうだった?」
「特に変わったことは……。私の行きたいお店にしか行ってませんし、ペトラはずっと常に近くにいましたので、一人で買いに行くのは難しいかと。帰りに馬車で少し眠りましたが、ほんの数分だけでしたから、その時間では無理だと思いますし」
「……そうか」
ユーリが深いため息をつく。入手経路がハッキリすればどちらが嘘をついているのか分かるのだが、それが分からないのはもどかしい。
思いの外、アイネはうまく立ち回っているようだ。
――本当小賢しいな。
それにしても、ここまで一度もリズを疑うような言葉がないところを見るに、やはりユーリは完全にリズの味方のようだな。
前回の時はアイネの捏造したお粗末な証拠を信じ込んでいたから、頭の良くない奴なんだと思っていたのだが、どうやらアレは魅了の魔法のせいだったらしい。本当はしっかり裏どりもできる、優秀なやつだったんだな。
吾輩がソファの上でしみじみと眺めていると、ユーリが、ああそうだ、と何かに気付いた顔をする。
「そういえば、お前の専属侍女は、まだ帰らないのか?」
「はい、キイラのお母様が事故に遭って、教会の治療を受けたそうなんですが、どうも経過が思わしくないみたいで……」
キイラの母は命は取り留めたものの、年齢を重ねているせいもあって回復が遅いらしいと、ちょうど昨日連絡が届いたところだ。今は邸宅でキイラが看病をしているらしい。
「そうか。……では、このままイルゼをお前の侍女としてつけよう」
「かしこまりました」
ユーリの言葉に、側で控えていたイルゼが一礼して答える。
「え、でも。イルゼはお兄様の、お部屋清掃を担当しているメイドですよね?」
次期公爵となるユーリの部屋は、貴重な書類や物品が多い。そんな部屋の清掃ともなると、それなりに信頼のおける者でないと任せられないのである。
特にユーリは侍従を連れていないので、執事長と侍女長以外だと、主人不在時の部屋の清掃や整頓は、イルゼくらいしか入ることを許されていないらしい。
「俺の部屋の清掃なら、兼任してもらうから問題ないさ。同じ階にあるしな。お前は王宮に行くことも多いんだし、侍女がいないと困るだろう」
「それは、そうですが……」
リズがチラリとイルゼのほうを見る。イルゼの負担が増えることが気になっているんだろう。
「リズリー様、仕事の兼任についてはそこまで大きな負担ではありませんので、ご心配は不要です」
「……それなら、お願いします」
「お任せください」
ペトラやキイラみたいに表情がコロコロ変わるタイプではなさそうだが、ユーリが信頼を置いているメイドだし、まぁ大丈夫だろう。
侍女の件が落ち着くと、今度はユーリが少し厳しい顔をリズに向ける。
「それからリズ。今後お前はアイネから何か物を受け取ったり、侍女を借りるようなことは絶対にしてはいけないよ」
「……なにか、あったのですか?」
あまりに真剣な顔なので、さすがのリズも戸惑って返した。
「お前を襲った下級騎士が、何故かお前の部屋の合鍵を持っていたことは伝えたな?」
「はい。どのようにして作ったのか、誰が用意したのかも不明だと」
「その合鍵を用意したのが、事件の数日前に、実家の都合で辞めたアイネの元侍女だということまでは突き止めた。それで元侍女に詳細を聞くため、実家に騎士を向かわせたんだが……」
そこで言葉を切ったユーリが、眉間に皺をつけながら苦しそうに言う。
「……少し前に何者かが押し入って、元侍女を含む家族全員が殺されていることが分かった」
「そんな……!」
「偶然にしては出来すぎている。おそらく証拠隠滅のためだろう。だが、鍵の複製にしろ証拠隠滅にしろ、アイネが犯人だったとしても、一人で思いついて出来る範囲を超えている」
確かに、アイネがいくら公爵家の親戚として権力を使ったにしても、いろんなことが出来すぎている。表には見えない巨大な協力者がいると考えたほうがよさそうだ。
「とにかくこれで、アイネ以外の何者かがこれまでの件に絡んでる可能性がでてきた」
そう言って立ち上がると、ユーリはリズのすぐ側にやってきて、そっと肩に手を置く。それから、じっとリズの目を見た。
「お前はもうすぐ正式に聖女となり、来年春には王太子妃になる。アイネとは関係なく、お前を疎ましく思って狙ってくる輩もいるはずだ。今まで以上に気を付けるように。わかったな?」
「……はい。肝に銘じます」
リズもいつになく真剣な表情で答える。
どうやらアイネの後ろには、黒幕ってのがいるようだ。
そいつらの正体に興味はないが、リズに危害を加えようってなら吾輩もタダでは置かないぞ。




