5-4
「……アイネ」
「お、お従兄様。ごめんなさい、私がいけないんです。だからお従姉様を叱らないであげ……」
「お前は学年も違い、行き帰りも馬車が違うリズと、どうやって学園で会っているんだ?」
「……へ?」
アイネがポロポロと溢れる涙を拭くのも忘れて、ユーリをポカンとした顔で見上げる。そんなアイネを見つめるユーリの顔は、毒で倒れた従妹を心配するようなものではなく、ただただ冷ややかだった。
「学年が違えば使用する建物も違う。会えるとすれば昼休みの食堂くらいだろう。その時に会っているのか?」
「……そ、そうです」
「そうか、だが変だな。先日の襲撃のこともあり、リズは未来の王太子妃だからと、少し前から学園でも密かに護衛をつけ始めたんだが。その護衛から、リズがお前と学園で接触したという報告はなかったが?」
行動が極端になったな、と思ったらそんなことまでしてたのかコイツ。
「俺が学園での様子を、何も知らないと思うなよ?」
言われたアイネの方に視線を向けると、毒がぶり返したんじゃないかと思うくらい、真っ青な顔をしている。
専属侍女は状況が飲み込めていないのか、アイネとユーリを交互に見比べては困惑していた。
「わ、私に護衛がついていたのですか?」
「ああ、殿下の指示でな。学園にも相談して、邪魔にならないような形でついてもらっているぞ」
「そうだったのですね……」
なるほど、あの執着王太子の仕業か。納得だ。
ふふ、リズの頬が少し赤くなっている。
――それはともかく、毒がどうやってタルトに混ざったかを調べないとな。
吾輩はリズの腕からするりと抜けると、まず自分で叩き落としたタルトに鼻を近づける。
チョコレートの豆っぽい匂いに、クリームに使われている牛乳の匂い。酸味のあるベリーの甘酸っぱい匂いの他に、人間は気付きにくそうな、金属っぽい独特の匂いが混ざっている。おそらくコレが今回使われた毒の匂いだ。
ひとまず吾輩は、この毒がある場所を一つずつ確認する。
床に落ちたタルトの次は、アイネが口をつけたテーブルの上のタルト。こちらからもやはり毒の匂いがした。
次はペトラのそばにあるワゴンの、切り分けた後に箱へ戻された残りのタルト。箱の中に顔を突っ込むと、やはり金属っぽい毒の匂いがする。原因はやはりこのタルトに間違いないが、誰がいつ毒を仕込んだのかが分からない。
――店で買ったものだし、店員が仕込むはずはないもんな。
王家御用達の店だなんだと言われているくらいだから、そんな危険なことをするわけがない。
そんなことを考えながら箱から顔を出したところで、ほんのりとだが微かに、箱以外の場所から毒と同じ匂いがすることに気付いた。
箱のすぐ近くにいたペトラだ。ペトラの手からも、わずかだが同じ匂いがする。
――切り分けた時についたのか?
確認のためにちゃんと嗅ごうと思い、吾輩はアイネたちの様子を黙って見守るペトラの手に鼻を近づけた。
「キャッ……!」
ペトラが吾輩のヒゲの感触に驚いたのか、すぐに手を引っ込める。
もう少ししっかり確認したい吾輩は、ワゴンの上から懸命に前足を伸ばしてペトラの手を引き寄せようとした。しかし、吾輩の様子に気付いたユーリが、やってきて持ち上げる。
「こら、ミケ。この菓子は毒入りなんだ、近寄るんじゃない」
「ニャウアウ!」
――離せ! こいつが怪しいんだ!
見当違いなことを言うユーリに抗議するように、吾輩は暴れながら、ペトラの手に向かって何度も前足を伸ばして攻撃をしかける。
「わ、こら。やめろ!」
ユーリがそう言って、吾輩を抑えようと抱き抱えたままペトラに背中を向けた。
何をする、これではアイツの手を確認できないじゃないか。
「すまない、ケガはないか?」
「は、はい。大丈夫です」
なんとかユーリの腕をすり抜け、肩越しにペトラを見ると両手を広げて見せていた。すると、何かに気付いたユーリがスッと目を細める。
「……そうか。では、その袖口のシミはいつ付いたのか、教えてくれるか?」
「えっ?」
言われてよく見ると、ペトラの着ている制服の袖口の、白い部分の内側に、お茶ともベリーとも違う、青い液体が跳ねてついたようなシミがある。
「――ソルト医師、アイネが飲んだ毒は『アスルレウムの花毒』だったりしますか?」
「あ、はい。アイネ様の症状と、食されたタルトから本当に僅かですが、独特の香りを確認しましたので、間違いないかと。よくお分かりになりましたね?」
テーブルのそばで、アイネの様子を看ていた医師が答える。
医師くらいになれば、あの変な匂いも分かるもんなのかな。
「『アスルレウムの花毒』は、摂取するとひどい吐き気や嘔吐を引き起こす毒だ。僅かだが独特の香りがする他に、布につくと青く染まるという特徴がある」
そう言ったユーリが、吾輩を抱えていたのとは反対の手で、ペトラの腕を掴んだ。
「どういうことか、説明してもらおうか?」
鋭く睨む真っ赤な瞳に腕を掴まれたペトラは、言い逃れが出来ないと分かったのか、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「わ、私は……私はただ……」
真っ青な顔で震えるペトラの視線を追うと、アイネを見つめている。
「私は、頼まれた、だけで……」
「……なに?」
呟くような声をしっかり聞こうと、ユーリもその場にしゃがみ込み、必死に何かを言おうとしているペトラに耳を傾けた、その時だった。
「まぁ、ペトラがタルトに毒を!?」
アイネが信じられない、という顔で吾輩たちのほうを見ている。
「お嬢様、私は……!」
「ああ、きっと私に復讐したくてやったに違いないわ! だからあんなにお従姉様の侍女をやりたがったのね!」
そう言ってアイネが両手で顔を覆うと、そばにいた侍女たちがペトラのほうを睨みつけて言い出した。
「自分がうまく出来なくて叱られたことを、根に持っているのね!」
「アイネ様への恩を仇で返すなんて!」
侍女たちの言葉に、ペトラの顔が絶望したように歪み、涙が溢れ始めている。
「そんな! お嬢様、私はお嬢様のために!」
「犯罪者の言葉なんて聞きたくないわ! 早くあの者を牢に連れて行って!」
叫ぶように言うアイネを、侍女たちは可哀想に、と犯罪者から隠すように取り囲んで抱きしめていた。
その様子を黙って見ていたユーリが、眉間に皺を寄せて深いため息をつく。
もう、しっちゃかめっちゃかだもんな、わかるぜ。
「……とにかく、この場にいた侍女たちには、全員身体検査を受けてもらおう」
ユーリはそう言って立ち上がると、騎士の一人にペトラを預け、リズの元へ歩み寄る。
「リズとアイネにも一応身体検査を受けてもらうので自室で待機。アイネは引き続きソルト医師についていて貰いなさい」
「はーい♡」
医師の治療などもう必要なさそうなアイネの返事を聞いた後、ユーリは吾輩をリズの元へ引き渡した。
「リズには、何かあった時のために、メイドのイルゼを付けておく」
ユーリの言葉に、いつの間か近くにいたイルゼが頭を下げる。
「……わ、わかりました」
地下牢へ向かうユーリを見送ると、吾輩はリズに抱かれてイルゼと共に自室へと戻った。




