5-3
「私が用意したのは、サロン・ド・マグダレーヌのチョコベリータルトよ」
「まぁ、王家御用達のお店のものですか?」
「ええそうよ。王太子妃教育で王宮に行った際に、王女殿下に教えていただいたの」
テーブルの上のタルトは、横から見るとチョコレートとベリーソース、白いクリームで三色の層が出来ていて、なんだかいろんな味がしそうである。
「……そうですか。お従姉様は王太子妃教育でお忙しそうですものね。ご友人も高貴な方が多くて羨ましいですわ」
リズの言葉に、アイネがいつもの豪華な細工の扇子を広げて言った。
「王太子妃なんて、未だに私なんかが務まるのかと、正直戸惑ってはいるんだけれど、皆さんがよくしてくれてるから頑張れているわ」
「お姉様は次代の聖女でもあるのですから、もう少し自信を持つべきですわ」
そう言って笑う顔の下から「羨ましくて仕方がない」という感情が、微妙に漏れてる気がするけどな。
吾輩はそう思いながら、念の為リズの前に置かれたタルトに鼻を近づけた。
「まぁ、ミケ。このタルトは貴方には毒だから、食べちゃダメよ」
リズにそう言われたけれど、気になるものがあったら嗅ぐのが猫である。
しかし、ツンと鼻をつく、ベリーでもチョコでも砂糖でもない匂いに気付いて、吾輩は皿の上のタルトを思い切り叩いて皿から放り出した。
「ミャウ!」
――食べちゃダメだ!
テーブルの下にタルトがベシャリと潰れて落ちる。
「もうミケったら、どうしたの?」
驚いたリズが吾輩を抱え上げた、次の瞬間。
「……う、うぅ!」
後ろを振り返ると、アイネが口元を抑えて呻きながら椅子から崩れ落ちるところで。
「アイネ!?」
ガシャーンという派手な音と共に、アイネが床に崩れ伏す。
テーブルの上から皿やカップも一緒に落ちて、ガゼボの中は酷い有様になった。
「アイネお嬢様!!」
「大丈夫ですか?」
周辺にいた侍女たちがアイネを介抱しようと駆け寄り、数人は屋敷の中へ助けを求めに駆けていく。
吾輩は、真っ青な顔で立ち尽くすリズに抱かれたまま、ぐるりと周辺を観察していた。
大きな騒ぎになってすぐ、兄と執事長、そしてちょうど公爵家に来ていたらしい専属医師のソルトもやってくる。
医師はすぐに床に倒れて吐き続けるアイネを診察し、治療を施し始めていた。
「何があったんだ?」
「お、お兄様! それが、その……」
やってきたユーリに、ハッと我に帰ったリズが吾輩を抱えたまま駆け寄ると、アイネの背中をさすっていた侍女の一人が大声で叫んだ。
「リズお嬢様の持ってきたお菓子に、毒が仕込まれていたのです!」
それを皮切りに、アイネの専属侍女たちがここぞとばかりに、口々に声を張り上げる。
「せっかくアイネ様が、リズお嬢様に歩み寄ろうとされていたのに!」
「毒入りのお菓子を出すなんて!」
「なんて酷いことをされるのかしら!」
騒ぎを遠巻きに見ていた使用人たちが、何事かをヒソヒソと囁き始めた。
――ああ、そういうことか。
あまりに穏やかすぎて、感じていた違和感。
アイネの目的は、最初からこれだったんだ!
「全員、静まれ!」
ユーリの一言で口々に文句を言っていた侍女たちも、見物していた使用人たちも、一斉にうるさい口を閉じる。静かになってようやく、ユーリがリズに改めて尋ねた。
「リズ、何が起きたのか、順番に説明しなさい」
「は、はい」
リズはユーリに言われ、アイネとリズでオススメのお菓子を持ち寄るお茶会をすることになったこと、自分は午前中に街でお菓子を買い、それを出したこと、そしてそれを食べたアイネが倒れたことを丁寧に説明した。
「……なるほど、それで? お前は毒を仕込んだのか?」
「そんなことしていません! 女神様に誓います!」
「ああ、分かっている」
ユーリは泣きそうな顔のリズの頭を、ぽんぽんと優しく撫でると、テーブルの上に残されたタルトなどを確認し始めた。
今回出されたお菓子は、リズがお店で購入してきたものだ。
買ってきたお菓子の箱は保冷魔法をかけた状態で、ずっとリズの部屋に置いてあったし、その時にリズもペトラも箱を開けてるところを見ていない。箱から出して取り分けるのを見るまで、吾輩もどんなお菓子が入ってるか知らなかったくらいなのだから。
――でも絶対、誰かがリズを嵌めようとしてる!
ユーリが原因となった、テーブルの上のタルトの残りなどを確認していると、医師の処置が早かったおかげなのか、臥せっていたアイネがほどなく体を起こした。
そして床に座り込んだ状態のまま、リズを目に留めたアイネがグスグスと泣き始める。
「……ひ、酷いわ、お従姉様」
「ごめんなさい、アイネ。でも私、本当に毒なんて!」
「嘘よ! お従姉様は学園ではいつも私のことを、公爵家に相応しくないって罵倒していらっしゃるじゃない!」
「私はそんなこと一度も……」
リズが弁明のために近づこうとすると、侍女たちがまるでアイネを庇うように二人の間に入ってきた。
「申し訳ありませんが、これ以上私たちのお嬢様に近寄らないでください!」
「学園でされているような暴力を、お屋敷でもされるおつもりですか?」
侍女たちの言葉に、見物しているだけの使用人たちが顔を見合わせて囁き合う。
ああ、こうやって。
アイネは周囲の人間にリズを悪女だと印象付けて、ゆっくり引き摺り下ろしていたんだ。
でも、今は前回とは違う。
「リズがアイネに暴力を振るったと言う話は本当か?」
ユーリが夕日みたいに真っ赤な目を細めて、アイネを庇う侍女に冷たい声で尋ねた。
「も、もちろんです! アイネ様は学園からご帰宅されるたびに、あちこちにケガをされていらっしゃるんですよ!」
「え、エイミー。それはお従兄様に言わない約束だったじゃない!」
「ああ、申し訳ありませんお嬢様。でも私はアイネ様がこれ以上傷つくのを、黙って見ていられません!」
側から見たら、とても美しい主従愛に見えてるんだろう。
吾輩からしたら、とんでもない茶番にしか見えないが。そう思ってユーリの顔をちらりと見ると、どうやら吾輩と同じような考えらしい表情をしていた。




