5-2
ペトラはアイネの侍女ということもあって、吾輩もリズもしばらく警戒していた。
しかし明るくおしゃべりなペトラは、仕事に少し雑な部分はあれど、特に何かを仕掛けてくることもなく。至って普通の、ただの公爵家の使用人といった感じである。
――アイネが送り込んだ奴だし、なにかあると思ったけど。
どこか拍子抜けしたまま、お茶会の日の朝になった。
リズは午前中、ペトラを伴って街へお茶会用のお菓子を買いに行く。
その間、吾輩は何か妙なことを仕掛けるのではないかと、お茶会の準備をするアイネたちを、三階の窓から見張っていた。
しかし、準備をする様子もいつも通りで、特に妙な動きは何もない。
――うーむ、杞憂だったか?
まぁアイネは普段から、休みの日になればあちこちに出掛けていくような行動派の人間ではあった。
しかしそれを長期間の謹慎で外出もできず、さらに誰かを招くことも禁止されたので、本当に単純に、何もすることがなくて仕方がなかっただけ、なのかもしれない。
――何事もなければいいが。
吾輩はひとまずあくびをして、リズの部屋のソファで丸くなった。
昼食も終わり、そろそろお茶の時間。
「……少し、派手じゃないかしら?」
「いえいえ! せっかくですもの、このくらいは着飾りましょう!」
リズの部屋では身支度が行われていたのだが、リズは戸惑いの声を上げていた。
何故なら妙に派手で明るい色のドレスを着せられ、髪型も花や宝石をたくさん散りばめるように結い上げられていたからである。
前回の時を含めても、今までに見たことないくらい派手な装いだ。
――夜会に行くわけでもないのに。
多分、大人たちも集まるような夜の舞踏会とかならピッタリだっただろうけど、昼間の、それも自宅の中庭で行う身内二人だけのお茶会で着るドレスじゃないと思うが。
「ずっとリズ様のお髪を、こんなふうに結ってみたかったんです!」
随分と張り切って結い上げたペトラは、鏡の前で戸惑うリズの横で、達成感を露わにしている。
確かにリズは普段から控えめで、清楚な雰囲気のドレスが多いから、こういう派手な格好をさせてみたかった、という気持ちは分からんでもない。似合ってるしな。
「まぁ、そうだったのね。少し恥ずかしいけど、貴女が喜んでくれたのならいいわ」
鏡の中の自分を見ながら、リズが少し照れたように笑う。
リズのあんな表情が見れるなんて、巻き戻ってからも頑張った甲斐はあったかもしれないな。
約束の時間になり、中庭のガゼボに向かうと、用意されたテーブルの向こうに、リズに負けず劣らず派手に着飾ったアイネが待ち構えていた。
――逆にここが夜の宮殿じゃないのが不思議なくらいだな。
人間の雌は着飾るのが好きだと言うし、出掛けるのを禁止されてお洒落が出来なかったから開催されたお茶会なのかもしれない。
「まぁお姉様、今日はより素敵ですわね」
「ありがとう。ペトラが頑張ってくれたの」
照れながら答えるリズが席につく。
「じゃあ、始めましょう」
そうして、アイネの合図でお茶会が始まった。
吾輩はガゼボを囲むように取り付けられた柵の上から、二人のお茶会を眺める。
テーブルの上に用意されたお菓子は、いつもより少なく、二人の席のそばにそれぞれ置かれた銀色のワゴンに、持ち寄ったお菓子が控えているようだ。
「それじゃあまず、私の用意したお菓子をご紹介しますわ」
お茶を一杯ずつ淹れた後、アイネが自分の用意したお菓子をテーブルに持って来させる。
出てきたのは王都でも人気の洋菓子店が出している、変わった形のフィナンシェだ。普通は長方形の、シンプルな形をしているものが一般的な焼き菓子だが、薔薇や宝石、リボンといったあまり見ない形をしている。
「まぁ、可愛らしい形のお菓子ね」
「ミス・ポーラの洋菓子店で一番人気のお菓子ですのよ」
リズがバラの形をしたものを一つ手に取り半分に割ってみると、中からとろりと赤いジャムが出てきた。
「まぁ、ジャムが入ってるのね」
「形によってジャムも違いますのよ。学園のお友達に教えてもらってから、大好きなんですの」
吾輩はテーブルに上がると、皿の上に置かれた菓子に鼻を近づける。香ばしいバターと甘いジャムの匂いが強い。
アイネが用意したものだが、特に怪しい感じはないようだ。
「ああ、猫の体にはあまりよくない素材を使ってますから、与えないほうがよろしいですわ」
「まぁ、そうなのね。ミケは猫用のクッキーで我慢してちょうだい」
「ニャウー、アウー」
――毒味をしようと思ったのだが、仕方ない。
「うふふ、不満そうね。今度ミケの好きなお魚を用意するわ」
リズはそう言って笑うと、持っていたフィナンシェをひと口食べる。
「……うん、すっごくおいしいわ! 紅茶にもよく合うわね」
「そうでしょう? お従姉様のお口に合ってよかったわ」
アイネがそう言って、自分も楕円の形をしたフィナンシェを一つ手に取って口に運んだ。
新しいお茶が用意され、思っていたよりも穏やかに時間が過ぎる。
――本当にこれは、ただのお茶会だったのか?
リズもアイネも笑ってるのに、吾輩の髭は妙にピリピリしていた。
何かを、見落としているような気がしてならない。
「では、お従姉様がご用意したお菓子を持ってきてくださる?」
アイネの声かけに、ペトラがリズの席の近くに用意したワゴンの上で、お菓子の用意をする。
箱から取り出したのは、一枚の大きなタルト。それを綺麗に切り分け、お皿に盛り付けると、テーブルの上へ置いた。




