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◇ ◇
すっかり暑くなり、夏本番である。
外の木陰でも少し暑いくらいだが、この屋敷の中は冬場同様、魔法の力で常に涼しい気温で保たれているので問題ない。
学園は長期休みに入り、リズもずっと屋敷の中で過ごしているので、吾輩にはとても嬉しい日々である。
今日のリズは、午前中は学園の課題をこなし、午後からはソファでずっと刺繍をしているので、吾輩もその隣で過ごしていた。
あの事件からリズも随分回復したので、王太子妃教育も少し前から再開している。定期的に王宮に通っては王太子妃としての勉強を続けており、王太子とも手紙のやりとりを中心に良い関係を保っているようだ。
前回の今頃は、敷地内にある小屋のような離れに閉じ込められ、人間の食べものとは思えない食事ばかりが出されていた。そして食事を運んでくる使用人たちから暴言や暴行を受け続け、公爵令嬢とは思えない扱いだったのである。
その時からは考えられない、穏やかな日々。
――本当に、助けられてよかった。
侵入者の事件については、ユーリの部屋で聞いた感じだと、王太子も納得するような処罰がきちんと犯人にくだされたらしい。しかし、リズの部屋の鍵がどうやって複製されたのか、誰が用意したのかについては不明なままである。
恐らくアイネが絡んでいるのだろうが、確固たる証拠はない。だから引き続き、屋敷内に潜んでいるリズを狙う何者かに注意は必要なのだ。
――まぁでも、このまま大きな問題が起きなければ、リズが投獄されることはないだろう。
あとはリズの誕生日に行われる『聖女覚醒の儀式』でリズが無事に聖女になれるよう、尽力するだけだ。
「ねぇお従姉様、私とお茶会をしませんこと?」
ある日、珍しくアイネがリズの部屋にやってきたと思ったら、そんな提案をしてきた。
アイネは事件の起きる前、騎士団への慰労を軽んじていたことなどから、母親より外出禁止を言い渡されている。学園の長期休暇前には解除される予定だったらしいのだが、王太子がユーリに伝えていた『エルレイン侯爵家での言動』が母親の耳に入り、謹慎期間が延長。長期休暇期間だというのに学園以外の場所へ出掛けることができないのである。
今はリズの両親――公爵夫妻が遠方にある親類の家へ出掛けているので、アイネはこっそり遊びに行ったりするのではないかと思っていたのだが、リズと兄のユーリも王都にあるこの屋敷に残っているせいか、一応自重しているらしい。
――まぁ、バレたら追い出されるかもしれないしな。
しかし、さすがに暇を持て余し過ぎたのか、退屈しのぎに屋敷でお茶会をしたいということだった。
「お従姉様もずっとお部屋にこもってばかりじゃいけませんわ。たまには庭に出て体を動かしませんと」
「散歩なら、時々ミケランジェロとしているのだけど……」
そう、吾輩が気遣ってリズを部屋の外に誘導し、散歩させているのだ。
アイネが口出す必要はない。
「あ、そうだ! 街で売ってるお菓子で、すごくオススメのものがあるんです! それをお姉様にもぜひ召し上がっていただきたくて」
そんなにお茶会をしたいなら、一人でやればいいもの。とってつけたような提案までして必死だな。
「でもそれだけじゃつまらないし、お従姉様もオススメのお菓子を用意してくださらない? その食べ比べをしましょうよ!」
「うーん、そうね。たまにはそういうのもいいわね。分かったわ」
リズにもアイネが妙に必死なのが気になったようだが、最終的にはそう言って承諾した。
アイネが満足そうな顔で部屋から出ていくと、侍女のキイラが困惑した顔でリズを見る。
「……よろしかったんですか? あのようなお約束をされて」
「きっとアイネも、ずっとお屋敷にいて退屈だから、変わったことがしてみたいのよ」
リズはキイラの入れてくれたお茶をひと口飲むと、それからにっこり笑う。
「それに、久々にキイラと街へ出掛ける口実ができて、ちょっとだけ嬉しいの」
「! ……はい、それは私も思っていました」
キイラが嬉しそうに歯を見せて笑い、二人でクスクス笑い合うのを、吾輩はソファの上で眺めていた。
――これは、前回にはなかった出来事だ。
アイネがリズをお茶に誘うなんて、前回の時は絶対になかったし、おそらく何かしら別の目的があるはず。
しかし、狙いはなんだろう?
どうせ最終的に、リズを貶めることに繋げてくるとは思うが。
――うーん『食べ比べ』なんて言っていたし、食べ物のセンスがないと罵倒する、とか?
善良な猫である吾輩には、悪いやつの考えることは分からないのだった。
◇
アイネとリズのお茶会の日が三日後のお昼に決まった。
リズがオススメする予定のお菓子はあまり日持ちがしないので、お茶会の日の朝に買ってくるらしい。
久々に二人で街へ出掛けるのだ、と楽しみにしていた矢先、キイラ宛に早馬で手紙が届いた。
「……母が、事故に遭ったって」
どうやらキイラの母が街中を馬車で移動中、馬が突然暴れて馬車が横転するという事故が起きたらしい。
キイラは王都から少し離れた場所に領地を持つ男爵家の娘で、家が財政難ということもあって、ティファレイト公爵家に侍女として働きに来ていると聞いている。
「け、ケガが酷いらしくて……領地にある教会で治療を受けてるって……」
「すぐに帰ってあげて!」
「お嬢様、すみません……!」
キイラはすぐに身支度し、リズが用意した公爵家の馬車に乗って行ってしまった。
些細なケガなら医者の治療で十分だが、教会で治療を受けているということは、かなり酷いケガなのだろう。
この世界では、医者がある程度のケガや病気を治療するのに対し、医者でも治すのが難しいケガは、治癒魔法の使える聖女や神官のいる教会が対応する。
しかしどの領地にもレベルの高い聖女や神官が常にいるわけではないし、治癒魔法の使える存在はとても少ない。
だからこそ、聖女になる女性を多く輩出しているティファレイト家は、この国でとても高い地位にいるのだ。
「お従姉様、なんだか大変なことになりましたわね」
キイラを見送り部屋に戻る途中、アイネがやってきた。相変わらず、派手な装飾の扇子を広げている。目立ちたがり屋なんだろうか。
「ええ……」
「偉大なケセトゥーラ神に愛された、ティファレイト公爵家を支える侍女ですもの。きっと女神のご加護があるに違いありませんわ」
妙にニコニコと笑って言うので、扇子の向こうに隠した顔を引っ掻きたい気分だ。リズの大事な侍女であり、友人の家族が危ないってのに。
「……ああでも、お従姉様の侍女はあの子だけでしたわね」
「ええ、でも大丈夫よ。ある程度のことは自分でもできるから」
「まぁ、いけませんわ! 短期間とはいえ公爵家の令嬢が専属の侍女を一人もつけずに過ごすなんて!」
アイネがリズの言葉に、妙に大仰な様子で返す。確かにそうかもしれないが、アイネに言われるとなんだか癪なのは何故なのか。
「ちょっと大袈裟よ、アイネ」
リズが引き気味に答えても、アイネは両手を握ってぐいぐい迫る。
「いいえ、そんなことはありませんわ! ……そうだ、私付きの侍女を一人お貸しします!」
アイネはリズの返答も聞かず、近くに数人控えていた侍女たちを眺めると、短い金髪に青い目をした侍女を指差した。
「じゃあ、ペトラ。お従姉様について差し上げて!」
「承知いたしました」
指名された侍女ペトラはアイネに小さく礼をすると、リズの前にやってきて頭を下げる。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「え、ええ……。よろしくね」




