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――しかし、そうか。魔力操作の練習がきっかけだとは。
たぶん吾輩がこの屋敷に来た時、アイネがユーリに頼んでいたやつだろう。
前回の時は、アイネが吾輩をリズから奪い、すぐさま自室に帰ってしまったから、アイネとユーリが話をすることはなかった。しかし今回はあの時、吾輩がアイネに抵抗したことで、ユーリと話をするタイミングが生まれ、魔力操作の練習をするに至ったのである。
――これも吾輩の小さな行動がもたらした、大きな結果なのだな。
吾輩は窓の外に視線を向けた。空が青く綺麗に広がっていて、なんだか清々しい気持ちである。
リズの味方を、知らずに手に入れていたなんて。
もしかしたら吾輩は、天才なのかもしれないな。
「その魔導具の出所はどこなんだい?」
「気付いた時にそれとなく聞いたら、友人から贈り物として貰ったとのことでした」
「でも、友人同士で贈り合うには、すこし高価すぎる気もするけど……」
「ええ。ですがアイネに渡している小遣いでは買えないレベルのものなので、誰かからの贈り物だというのはおそらく本当でしょう」
難しい魔法の力を込めた魔導具は、使う人間の魔力もそれなりに必要だというが、どうやら値段もそれなりにする代物のようだ。
「それにしても……よりによってユーリに見つかるなんて。アイネ嬢は君に婚約者も侍従もいない理由を、ちゃんと知らないようだね」
「おそらく知らないと思います。アイネが王都に来る前の話ですし、親族も一部の人しか事情は知らないので」
王太子の言葉に、吾輩もそういえば、と今更ながらに気付く。
公爵家の嫡男なんだから、婚約者も侍従もいておかしくない。なのにユーリからそんな話を聞かないな。
――なんかあったんだろうな。
リズが関わっているならなんでも知りたいけど、ユーリのことなら興味ないや。吾輩は二人に背中を向けて丸くなる。
「しかしなるほど。それで私の見舞いの時間を、アイネ嬢が学園に行っている今の時間帯に指定したんだね」
カチャカチャと、王太子がようやくお茶の入ったカップに手をつける音がした。
「ええ、殿下が来ればまず間違いなく、アイネは魅了魔法をかけようとするでしょうから。今朝も朝食の時に殿下が来ることを伝えたら、学園を休んででも出迎えたいと言ってましたよ」
「それは結局どうなったの?」
「母上に叱られて終わりです」
ユーリの返答に王太子はクスクスと笑う。
「王族に術をかけようなんて不敬罪も甚だしいのに、彼女はそんな発想もないのかい?」
「恐らくないでしょうね」
「ふふ。まぁ別に会っても問題ないんだけどね。魅了を始めとした精神操作系の魔法を弾く魔導具はつけてるし。むしろその場で術を弾いて、王族に攻撃した罪で王城の地下牢に放り込んでやるのに」
「捜査のために泳がせてるので、連れて行かれては困りますよ」
「はは、確かにそれも必要だな」
吾輩としてはリズの安全のためにも、王太子の案に賛成だが、公爵家としては潜んでるネズミの炙り出しも必要だろうし、仕方ないか。
「――ひとまず、今回の件に関連する報告は以上です」
「うん、詳細な報告をありがとう」
一通りの情報は出尽くしたようだ。
吾輩も気兼ねなく窓辺で仰向けになり、ゴロゴロと身体を揺らす。
「それにしても。今回の件は本当に、本当にリズが無事でよかった」
「……まったくです」
「もし君が間に合っていなかったら、きっと地下牢に投獄だけなんて、生ぬるいことは絶対にしなかっただろうな」
王太子の言葉に、吾輩は毛繕いをしながらそちらに視線を向けた。
「私も同感です。今回未遂ではありますが、尋問が終わり次第、それなりの処罰を与えるため、父上と検討する予定です」
「頼むよ。もし手遅れだったら、そうだな。男の家族を処刑するのはもちろん、一族含めて全員根絶やしにしても足りない。民衆の前でその首を切り落とし、広場に数日晒すくらいはしないと気が済まなかっただろう。私がそれくらいの気持ちだったと、公爵にも伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
吾輩は、王太子を少し勘違いしていたのかもしれない。
この王太子なら、巻き戻る前の事件の時も、リズを庇おうとしていただろう。しかし世論的にも状況的にもリズを庇えなくて、もしかしたら仕方なく、婚約破棄をしたのかもしれない。
もし本当に気持ちがアイネに移っていたのなら、新しい婚約者を殺そうとしたリズを、本人が『生ぬるい』と宣った投獄だけでは済まさなかったはず。
周囲に悪女と言われ、糾弾されながら処刑されてもおかしくなかったのに、リズが最期を牢獄で静かに迎えられたのは、王太子なりの温情だったのかもしれないと、今なら思える。
窓の外、木の枝で遊んでいた小鳥が二羽、それぞれ違う方向に飛んでいったのを見届けて、吾輩は窓に背を向けるように丸くなった。
前回の兄と王太子が、リズをどんなふうに思っていたのかは知らない。
ただ今の二人からは、吾輩と同じようにリズを守りたいという確かな思いを感じる。
前回のリズが感じた絶望も、悲しみも、知っているのは吾輩だけである。
今のリズは何も知らない。巻き戻った世界なのだから当たり前だ。
吾輩は猫である。ただの猫だから出来ないことも多い。
だから、リズを助けるためには、人間をうまく使ってやるしかないと、今回の件で思い知った。
そのためにも、吾輩は二人を許すのである。
亡骸となったリズも、きっとそれで救われるはずだから。
そう思いながら、吾輩は静かに目を閉じた。




