4-1
◇
「リズ、ケガの具合はどうだい?」
「はい、お陰様で。ご心配をおかけしてすみません」
「心配して当然だろう? 私は君の婚約者なのだから」
リズの部屋のベッド脇。そこに置かれた豪華な椅子に座った、金髪に紫の瞳をした華やかな容姿の男がそう言って微笑む。
男がリズの部屋に侵入した事件の後、治療のために学園を休んでいたリズの元に客人がやって来た。
リズの婚約者でもあり、この国の王太子、サミュエル・ディー・マルクトゥーラである。
――まさか王太子が見舞いに来るとはな。
前回の時、男が侵入した事件の後には、こんなことは起きなかった。
あの時は朝になるまで、リズを起こしに来たキイラが叫び声を上げるまで、誰もリズが襲われていたと気付かなかったのだ。そして悪女としての噂もあったせいで見捨てられ、そのまま婚約破棄されてしまったのである。
今回はおそらく、兄であるユーリが犯人を現行犯で捕まえたことが大きいだろう。
おかげでリズはしっかり被害者として扱われているし、悪女だからと蔑まれることもない。こうして王太子がお見舞いに来るのも、当然の結果だ。
リズの部屋には王太子からの見舞いの花や贈り物が大量に積まれ、王太子のそばにはユーリも控えている。おかげで広いはずのリズの部屋が、なんだかいつもより窮屈だ。
でも王太子と話す時のリズは、いつも以上に優しい目をしていて、なんだか嬉しそうなので、我慢するのもやぶさかではない。
二人の婚約は王太子のほうから是非に、と請われてのものだったと聞いているが、こうして見ていると、リズも王太子をちゃんと想っているようだ。
――まぁリズが幸せならそれでいいさ。
吾輩はベッドの端で丸くなって、二人の会話を流し聞く。
すると不意に王太子が吾輩のほうに向けて声を掛けてきた。
「そういえば、君がミケランジェロかな?」
面倒くさそうにそちらを見ると、王太子がにっこり微笑んでいる。
「君のおかげでリズが助かったと聞いてるよ。助けを呼んでくれてありがとうね」
「……ミャウ」
――お前のためにしたわけじゃない。
それだけ答えて背中を向けたのだが、王太子はただニコニコ笑うばかりだ。
「ふふ、返事をしてくれるなんて。ユーリに聞いた通り、賢い猫なんだね」
何が楽しいのやら、と思っていると、不意にユーリが王太子に少し控えめに伝える。
「殿下、お時間もありますので、そろそろ。詳細は私の部屋でお話ししますので」
「――ああ、そうだね」
王太子はそう答えると立ち上がってベッドに近寄り、リズの手をギュッと両手で握った。
「それじゃね、リズ。ゆっくり治すんだよ」
「はい。殿下もお忙しいのに来ていただいて、ありがとうございました」
リズがそう言って、ベッドの上でふんわり笑う。
それを見て、王太子はリズの手の甲に小さく口付けをしてみせた。贈り物の整理をしていたキイラやメイドたちが、キャーとうるさい歓声を上げる。
「またね、リズ」
「……はい」
こういうところは、ちゃんと王子様って奴なんだな。
真っ赤な顔のリズがメイドたちに囲まれて笑っているのを見届けると、吾輩は部屋を出ていくユーリと王太子の後を追いかけて部屋を出た。
廊下の少し先を歩いていたユーリと王太子、そして執事長が後ろから付いてくる吾輩に目敏く気付く。
「おや、ミケランジェロ。もしかしてお前も犯人のことが気になるのかい?」
「ミャウ」
――当たり前だろう。
王太子の笑顔にそっけなく答えた。犯人を捕まえるために一番頑張ったのは吾輩である。吾輩にだって犯人がどうなったか聞く権利はあるはずだ。
「あーおそらく、私の部屋の窓辺に行きたいのでしょう。午後はよくそこで昼寝をしているので」
「へー、そうなのか」
「ニャーン」
――もちろん、それも大事なことである。
ユーリが部屋の扉を開けると、吾輩は素早く移動し、何食わぬ顔で日差しがよく入る、いつもの窓辺に陣取る。
「はは、なるほど。あそこがお気に入りの場所なんだね」
「ええ、そうなんです」
答えるユーリが、たくさんの書類をソファの前に置かれたテーブルの上に広げ、王太子はそれを見ながらソファに腰を下ろした。
執事長がお茶を入れてテーブルに置くと、王太子がスッと目を細める。
「それじゃあ――詳細を聞こうか」
足を組み直した王太子の声が、少しだけ低い。
どうやらこの男、リズの前ではあれだけキラキラの王子様に見せておいて、案外素の表情はこちらのようである。なかなかの食わせ物だな。
「今回リズの部屋に侵入した男は、二年前に公爵家騎士団に入団した下級騎士の男です」
ユーリがそう言って一枚の書類を王太子に手渡す。
「一方的にリズに想いを寄せており、事件当時は『リズからもらった』という部屋の鍵を使って侵入。ことに及ぼうとしましたが、ミケが騒いでくれたおかげで、私がすぐに駆けつけることができ、未遂で終わっています。現在は地下牢に拘束し、尋問を続けています」
「そうか……」
「もし誰にも気付かれなかった場合、そのまま朝まで部屋でリズと過ごし、既成事実を盾に交際を認めてもらうつもりだった、そうです」
「……はっ。私のリズに手を出しておいて、そのような世迷い事が罷り通ると思っているとはな」
あまりにも低い声だったので、チラリとそちらに視線を向けると、王太子がリズの部屋で見た時と同一人物とは思えないくらい、冷たい表情をしていた。
――……こえぇ。
まぁでも次の王様なんだから、こういう一面くらいはあるものなのかな。
「……殿下、落ち着いてください」
書類をグシャリと握りしめる王太子を、ユーリが静かな声で宥める。
「ああ、すまない」
「リズはまだ嫁いでいないので、貴方のものではありません」
妙な沈黙がしばらく流れた。
――……んん?
吾輩も思わずユーリの表情を見る。顔は……いつも通りだな?
「……私はリズの婚約者だぞ?」
「はい。まだ婚約者でいらっしゃいます」
吾輩は窓辺から交互に王太子とユーリの顔を見る。
――あれ。なんかコイツら、前回の時と違いすぎないか……?
特にユーリの発言は、巻き戻る前では考えられない発言だ。
「ユーリお前、最近ちょっと妹に対して過保護すぎないか?」
「――いつも通りですよ」
「嘘をつけ! 学園にいた頃、リズとアイネ嬢を比べては、アイネ嬢の方がすごいだなんだと持ち上げていたじゃないか! どんな心境の変化だ!?」
王太子の言葉に、吾輩は思わず尻尾を揺らす。
なんて兄だ。そんなことしてたのか。
「――それは……」
王太子に言われたユーリが、なんだか妙に悔しそうに眉をひそめた。
何だ? それなりの理由がありそうだが。
さすがの王太子もそれを見て、はぁとため息をつく。
「……まぁいい。とりあえず、その件についてまた後で聞くとしよう」
それはさておき、と王太子が小さく咳払いをした。




