3-4
◇
騎士団への慰労訪問から数日後、夜に時々不思議なことが起きるようになった。
リズの部屋の、ベッドに近い位置にある窓の鍵が、どれか一つ開いているのだ。
前回の経験から、常に窓を気にしていた吾輩はすぐにそのことに気付いた。そしてそれが、リズが寝る前に枕元の近くに置いておく水差しを、キイラ以外の人間が持ってきた時だけ起こることにも気付いた。
――前回もこうやって鍵を開けておいて、犯人のアイツが入れるようにしていたんだな。
ユーリの部屋で話を聞いていた感じだと、どうも屋敷内の使用人にもきな臭いのが紛れ込んでるみたいだし。まったくアイネだけでも面倒なのに、身分の高い家ってのは大変なんだな。
そして今日も夜になり、リズが寝る前の読書をしている間、吾輩は室内の窓の鍵を一つ一つ見て回る。
思った通り、今日は水差しを持ってきたのがキイラじゃなかったので、ベッドに近い場所の窓の鍵が開いていた。
吾輩は賢いので、その窓の前で鳴くようにしたのである。
「ニャーン、ニャーン」
――ねぇリズ、リズったら。
しきりに呼びかけてくる吾輩に、リズが本を置いて近寄ってくる。
「どうしたの、ミケ」
「ニャーン」
――窓をよく見ろ。
相変わらず吾輩の言葉はリズに通じない。しかし方法はある。
「お外が気になるの? ……あら、鍵が」
こうやって、外を気にする吾輩につられて外を見ようとしたリズに、窓の鍵が開いてることに気付かせることが出来るのである。
「これを教えたかったのね、ありがとう」
「ミャウン」
――そうともさ。
リズに笑顔と共に撫でられた。そしてそのまま抱え上げられて、ベッドへ連れて行かれると、吾輩もそのまま一緒に横になる。
明かりが消えて真っ暗な室内。スースーとリズの寝息だけが聞こえる時間。
横たわるリズの足元辺りで丸くなった吾輩は、ふと気付いた。
あれ、もしかして。この寝る前の戸締りを続けていれば、誰も侵入できないんじゃないか?
前回の犯人は、鍵の開いた窓から静かに侵入し、騒ごうとした吾輩を黙らせた上で犯行に及んだのである。侵入経路である窓は防いだし、部屋の扉は内側から鍵を掛けてある。リズの持っているこの部屋専用の鍵か、執事長の持っている親鍵がないと入ることはできない。
うん、これなら吾輩が何もしなくても、大きな事件にはならなそうだ。
吾輩はあくびを一つ、ゆっくり寝入ろうとした、その時だった。
……カチャッ。
ありえない音が聞こえて、ハッとして目を開ける。
これは、この部屋のドアの鍵を開ける時の音だ。
吾輩がベッドの上で息を潜めて見ていると、ゆっくり静かにドアが開き、騎士団で見かけた顔の男が一人、静かに入ってきた。
ありえない!
どうやって鍵を開けたんだ?
「ゥーー」
――こっちに来るな。来たら承知しないぞ。
吾輩はすぐに毛を逆立てて、低く唸り声を上げる。
しかし男はまったく悪びれる様子もなく、吾輩に向かってシーっと人差し指を口元に向けて小声で言う。
「悪いな、静かにしてくれよ」
「ニャウワゥ!!」
――するわけあるかぁ!!
吾輩は怒り声を張り上げた。
「……ん、どうしたのミケ」
吾輩の異常な鳴き声に、リズも気付いて目を覚ます。
そしてベッドの脇にいた人影に気付いて声を上げた。
「えっ、だれ!?」
そのまま叫ぼうとしたリズの口を、男が慌てたようにベッドに登って手で塞ぐ。
リズが必死にベッド脇の呼び鈴を取ろうとしたが、男はそれに気付いて呼び鈴を遠くに放ってしまった。
「もー。誰、なんて、酷いじゃないですか。貴女から部屋に誘ってくださったのに」
男はそう言いながら、リズの上に覆い被さるように跨って、自分の顔をぐぐっと近づけてく。
「んん……!」
「ニャーー!!」
――リズから離れろ!!
吾輩は奴の頭めがけて飛びかかり、思いっきり爪を立て、噛みついてやった。
「……ち、いってぇな。邪魔だよ」
しかし奴は吾輩の攻撃など物ともせず、邪魔くさそうに吾輩を引き剥がして、そのまま床に叩きつけようとする。
「んんっ!」
人間の、それも騎士の男に、ただの猫一匹が敵うはずがない。
しかし今回は前回のように床に叩きつけられる直前、上手く体をひねって、腹からではなく足でしっかり着地した。猫は同じ轍を踏まないように、一度受けた攻撃を二度目は喰らわない。
上手く着地した吾輩は、そのまま一目散にドアに向かう。
ドアの取っ手に飛びついてみれば、思った通り扉が開いた。鍵を開ける時の音はしたが、閉める音はしなかったからな!
吾輩はドアを開けて廊下に出ると、作戦通りにすぐさま一番突き当たりの部屋まで大急ぎで向かう。
そう、ユーリの部屋だ。
以前開けた時のように取っ手に飛びついてみたが、リズと同じでやはり夜は鍵をかけているのか開かない。
「ニャウアウ! ニャウー!!」
――助けてユーリ! リズが危ないんだ!!
懸命に大声で鳴いたり、ガリガリとドアを引っ掻いたりしてみたが、ユーリが出てきてくれる様子はない。
くそぅ、場所さえわかってればなんとかなると思ってたけど、ダメじゃないか!
どうしよう、どうしよう。このままだとリズが、前回のようにあの男に乱暴されてしまう。
ユーリの部屋の扉の前で、吾輩はウロウロしながら考える。
こうしてずっと鳴き続けていても、埒が開かない。
そうだ、鳴き声で足りないなら、もっと大きな音を出せば気付いてくれるかもしれない。
吾輩はすぐさまリズの部屋に駆け戻る。
ベッドの上では馬乗りになった男が、上半身の服を脱いでいた。下敷きになっているリズも懸命に抵抗していたようだが、着ていた服をすでに破かれてしまっている。
「ニャウアウ!!」
――チクショウ! チクショウ!!
でもここで吾輩が飛び掛かっても意味がない。
代わりに吾輩は、半分だけ開いたドアのすぐそばに飾られていた、大きな花瓶を思い切り蹴飛ばした。
ガシャーン! と、陶器の砕け散る音が、部屋と廊下に大きく響く。
その音に驚いたのか、ベッドの上の男が体を起こして吾輩を見た。
「くそ猫め! 静かにしていろ!」
――ほかに、ほかに音の出せそうなもの!
何かないかと吾輩が考えていると、廊下の奥からダダダダと誰かが駆けてくる音がして、バターン! とドアが大きく開かれた。
「どうした、リズ!!」
やった、ユーリだ! 気付いてくれた!
吾輩が喜んだ次の瞬間、ベッドの上の男に気付いたユーリは、まるで獣のようにキラリと目を光らせて、男に飛びかかっていた。
「貴様ぁあ!!」
ユーリの咆哮と共に、男はベッドの向こう側に転がっていく。そしてすぐにゴキャッ、グチャッ、という、ユーリが男に拳を振り下ろす鈍い音がしはじめた。
それからはすごい騒ぎになった。
すぐさま屋敷中の明かりが灯され、大きな物音と大声に気付いた使用人たちがリズの部屋に駆けつけてくれたのである。
ベッドの上で震えていたリズは毛布で体を包まれ、駆けつけたキイラと母親に付き添われてひとまず隣の部屋に避難した。
「ああ、リズ。なんてこと。怖かったでしょう」
「お嬢様ぁ」
母親もキイラも寝間着のままで、リズに抱きついて慰める。
明るいところで見たリズの顔は、吾輩のいない間に叩かれたのか頬が赤く腫れており、唇の端が切れていた。
「ニャーン……」
――大丈夫か?
吾輩もリズの膝に上がって懸命に額を擦り付ける。
手首の辺りにもくっきりと掴まれた痣ができていて、とても痛々しい。
「ミケ……」
リズがぎゅっと吾輩を抱きしめる。
「ありがとう、ミケ。ミケがお兄様を呼んでくれたのね」
「……ニャウー、アウー」
――そうだけど、吾輩がもっと早く呼べていれば、こんなケガしなかったのに。
くやしい。くやしいなぁ。
ただの猫じゃやっぱり限界があるぞ、女神様。
ポロポロ溢れ出したリズの涙を、吾輩は一生懸命舐めてやることしかできないのであった。




