第九章 死闘
「そこまでだ!」声とともに二人が倉庫の中へ入ってくる。
「寺島さん!」カルロが叫んだ。
──寺島? そうか、あいつ店を張ってたな!
オレたちはジュラルミンケースを抱えたまま後ずさる。
「カルロ…悪く思うなよ。これはオレの最後のヤマなんだ」
寺島は拳銃を握っていた。しかし、その銃口は床へ向けられたままだった。
一方、隣に立つ男は拳銃をまっすぐこちらへ向け、指を引き金に掛けている。
「そのケースを置いて後ろに下がるんだ。カルロ!おまえはこっちに来るんだ」寺島はカルロを促すように軽く頷く。
「寺島さん!アナタはこんなことをしてはいけない。そんな人じゃないはずです」
「カルロ!そのじじいはおまえの店を奪おうとしてるんだぜ。そんなヤツ信用するんじゃねぇ!」寺島は両手で構えた銃を突き出し叫んだ。
車の急ブレーキの音がした。一台じゃない。
ドアの開く音がいくつも聞こえた。
「ご苦労だったな、矢口」十人近く現れた男たちの中心にいる黒いレインコートの男がいった。
「村瀬...」早川さんがその男を見ていった。
寺島の相棒の男が振り返り軽く頭を下げる。
「矢口、こりゃいったい...」
呆然としている寺島を矢口と呼ばれた男が蹴り上げた。
寺島はその勢いで尻もちをついた。
「オメェはここまでだ」
「テメェ!はなっからオレを担ぐ気だったんだな」
寺島は立ち上がりながら銃口を矢口に向けた。
「撃ってみろよ、おまえにマトモなチャカ渡すと思ってんのか?」矢口はニヤニヤしながらいった。
寺島の顔から血の気が引いた。
ゆっくりと矢口へ銃口を向ける。
引き金を引く。
カチッ。
もう一度。
カチッ。
金属音だけが虚しく響いた。
「死にたくなかったら大人しく引っ込んでな!」矢口が嘲るようにいった。
村瀬が手に持った銃をちらつかせながら前に出てきた。ほかのヤツらも銃を握っている。
「内田さん、驚かせてもらったよ。こんなところに隠していたとはな」
「村瀬、おまえには十分な金を渡しているはずじゃ」
「十分な金?それはあんたが決めることじゃねぇんだよ。散々オレたちをアゴでこき使ってあの程度の金で喜んでると思ってたのか?バカにするんじゃねぇぜ」村瀬は内田さんを見下ろすようにいった。
「おまえたちの犯罪の証拠はわしの手の中にある。おまえたちが少しでもわしらに手を出そうものなら…」
「はっはっはっ…」村瀬が大声で笑い出した。
「まだそんなこといってるのか。証拠がここにあろうが、どこにあろうが、もう関係ねぇ。今からおまえらを皆殺しにして、その金を全部いただく。そのあと外国へ飛ぶ。パスポートも用意してある。準備は万端ってわけだ」
内田さんは村瀬をまっすぐ見据えた。
「村瀬、おまえは必ず報いを受ける」
村瀬は鼻で笑った。
「それはあの世で聞くことにするよ」
パンッ!
銃声が倉庫に響いた。
内田さんの胸が跳ね、ゆっくりと膝をつく。
「内田さん!」早川さんが駆け寄る。
村瀬や手下のヤツら全員が銃を構えてる。オレは何もできなかった。
突然カルロが金庫の前に立ちはだかった。
「これは…絶対に渡さない!」
「カルロ!やめろ!そこを離れろ!」オレは叫んだがカルロは村瀬を睨んだまま動かない。
村瀬は無表情のまま拳銃を向ける。
「だったら、おまえから死ね」
引き金に指が掛かった。
その瞬間だった。
「カルロ!」
寺島が叫びながら飛び出した。
パンッ!
銃声が重なる。
寺島の体が大きくのけぞり、そのままカルロへ覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「寺島さん!」
カルロが思わず寺島を抱き留める。
だが、次の一発はカルロの脇腹を貫いた。
「ぐっ……!」
カルロの体が震え、金庫にしがみついたまま膝をつく。
血が雨に濡れた床へ流れ始めた。
「カルロ!」
オレは思わず駆け出そうとした。
「動くな!」
矢口が拳銃をこちらへ向け怒鳴る。
寺島は苦しそうに息をしながら、カルロの肩に手を置いた。
「…悪かったな。」
口から血があふれる。
「おまえのこと騙してた。」
カルロは涙を浮かべながら首を振る。
「しゃべらないでください!」
寺島は力なく笑った。
「でもよ、おまえにゃ…分け前をやるつもりだった。花屋を……」
その言葉を最後に、寺島の手が床へ落ちた。
「寺島さん!」
カルロは叫んだあと力が抜けたように倒れ込んだ。
その時だった。
倉庫の外で、何台もの車が急停止する音が響いた。
「撃てぇ!」
怒号と同時に銃声が轟く。
パンッ! パンッ! パンッ!
倉庫の入口へ鬼頭たちがなだれ込んできた。
銃声が立て続けに倉庫へ響いた。
鬼頭たちが柱や積み上げられた木箱を盾に応戦する。
パンッ! パンッ!
村瀬の手下があちこちへ逃げまわった。
「くそっ!」
村瀬は苛立ったように怒鳴り、後ずさる。
「撃て!ひとりも生かして帰すな!」
雷鳴が倉庫を震わせた。
その瞬間だった。
村瀬の背後に、ひとつの影が立った。村瀬が振り返ろうとした時、背後からぬっと伸びた腕が首と両腕を押さえ込んだ。
「佐竹!何の真似だ?」村瀬がもがく。
佐竹は低い声で言った。
「苦行の道に嫌気がさし、あなたのところへ飛び込みましたが、あなたの卑劣さにはもう耐えられません」
村瀬は顔を真っ赤にして暴れた。
「離せ! 佐竹!」
佐竹は表情ひとつ変えない。
村瀬は必死にもがいた。
「離せ!この野郎!」
肘を後ろへ打ち込み、体を左右によじる。それでも佐竹の腕はびくともしない。
村瀬の顔がみるみる赤黒く変わっていく。もがいていた腕の力が次第に弱まり、足が崩れ落ちた。
佐竹は目を伏せ村瀬を離した。
その瞬間だった。
「佐竹ぁ!」
矢口が血走った目で拳銃を向ける。
パンッ!
銃声が倉庫に響いた。
佐竹はよろめき、片膝をついた。
パンッ!パンッ!
矢口が続けて佐竹の体に弾を撃ち込んだ。
佐竹はゆっくりと前へ倒れ込み、それきり動かなかった。
雨が吹き込み、床へ広がる血を容赦なく濡らしていく。
「キサマ!」
鬼頭が怒鳴る。
その怒号と同時に、伊吹組の拳銃が一斉に火を吹いた。
パンッ! パンッ!
木箱が砕け、火花が散る。
物陰へ飛び込もうとした矢口の体が大きく跳ねた。
「ぐっ…!」
なおも拳銃を握り締め、立ち上がろうとする。
だが、続く銃声がその動きを止めた。
矢口は拳銃を取り落とし、その場へ崩れ落ちる。
「カルロ!」
オレは金庫の前へ駆け寄り、倒れているカルロの肩を抱いた。
「しっかりするんだ!」カルロは意識を失っていた。
「すぐに病院へ運びましょう」早川さんがいった。
「内田のおやじは?」鬼頭がすぐそばに来ていた。
「鬼頭...」内田さんは仰向けのまま手招きをしている。
鬼頭が近寄り内田さんをのぞき込む。
「おまえさんのいった通りになったのぅ...」
「しゃべらなくていい!すぐ病院へ連れて行く」
「いや、もうあかんじゃろ…鬼頭、おまえさんに頼みがある」
鬼頭は膝を曲げ内田さんに顔を近づけた。
「あの金をすべて、おまえさんに預ける。好きに使っていい」
「……」
「わしのいってることがわかるな?」
鬼頭は目を伏せ何度も頷いた。
「あの早川という男の面倒も見てやってくれ。使える男じゃ……この仕事を終えたら、もう一度フィリピンに渡るつもりじゃった。あそこは第二のふるさとじゃったな...あそこにいた頃が...」
内田さんの口元に浮かんだかすかな笑みが、そのまま止まった。




