第八章 捜索
エレベーターで降りドアが開くと裏口が見えた。扉を開け外に出ると石橋が駆け寄ってきた。
「トラックが表へ!」
石橋に先導され建物の脇を走って表に出ると、まわしてきた車の中から坂上が手招きしていた。
激しい雨風の中、二人はあわてて車に乗り込む。
「トラックは西側の道へ入りました!」ハンカチで顔を拭きながら坂上がいった。
「くっそぉ、絶対に逃がさねぇ!」助手席に乗った三上は濡れた服の袖で顔を拭きながらつぶやいた。
前方に雨風の中ぼやけたトラックのテールランプが見える。
あれから二時間近く経った。店内は閉店の時間を迎え、店先に並べていた鉢物を中へ運び込んでいた。
「風が強くなってきました。雨の量も…」タオルで頭を拭きながらカルロが言った。
「早川さん、大丈夫っスかね?」トシキが不安そうにオレを見た。
「あの人は頭もいいし、腕も立つ。何とかしてくれるはずだ」
その時、表の扉を叩く音がした。カルロがはっとして駆け寄り、カーテンの隙間から外をうかがう。
「早川さんです!」カルロが振り返り、声を弾ませた。
早川さんはずぶ濡れのまま店に入ってきた。いつもの作務衣ではなく作業着姿だった。マリアさんが慌ててタオルを差し出す。
「うまく内田を連れ出せました。時間がありません。みなさん、車へ」
オレたち三人は早川さんのあとに続いて店を飛び出した。マリアさんが心配そうな表情で見送っている。
雨は滝のように降り続き、風も強い。差していた傘は今にも裏返りそうだった。フラワー・ロードの外れの路地に、白いハイエースが停まっている。
「あの車です!」
早川は振り返ると、後部座席へ乗るよう促した。助手席に内田さんが座っている。髪は雨と風で乱れ疲労の色が濃く浮かんでいる。
オレたちが乗り込むと、内田さんはゆっくりと振り返った。その視線がトシキのところで止まる。
「コイツはオレの同級生です。信用できます。責任はオレが持ちます」
内田さんはしばらくオレを見つめていたが、やがて静かに前へ向き直った。
「時間がない。南浜の一番奥まで行ってくれ」
早川さんは無言で頷き、ハイエースを発進させた。
雨は容赦なくフロントガラスを叩きつけ、ワイパーが忙しなく左右へ走る。それでも前方の景色は雨の幕にかき消され、数メートル先さえぼんやりとしか見えなかった。
「そうか、わかった。そのまま矢口らのあとを追え。行き着いたらすぐ連絡をよこせ!」
受話器を置くと、村瀬は興奮を抑えきれない様子でタバコに火をつけた。
「勝俣ですか?」
車の用意を終えて戻ってきた佐竹が尋ねる。
「ああ。あいつに矢口らを見張らせといて正解だった。内田の子分が花屋に駆け込んだ。いよいよお宝の場所へ動くに違いねぇ」
村瀬は煙を吐きながら口元をゆがめた。
「連絡が入り次第、すぐ出るぞ」
「わかりました」
佐竹は短く答えると、部屋を出ていった。
幌つきのトラックは激しい雨風の中を走り続けていた。
フロントガラスを叩く豪雨で視界は悪い。それでもトラックはスピードを落とさず橋へと向かっていった。
「逃がすな!」
三上が怒鳴る。
坂上はサイレンを鳴らしながらトラックのあとを追った。助手席の三上は身を乗り出し、前方を睨みつけている。後部座席では石橋が無線で応援を呼んでいた。
トラックは橋を渡り、西側の新港町へ入る。雨はさらに勢いを増し、道路は川のようになっていた。
「ちっ、飛ばしやがる!」
坂上はハンドルを握る手に力を込める。
十分ほど追い続けたところで、ようやく距離が縮まった。
「止まれ!」
赤色灯が雨を切り裂く。
トラックはしばらく蛇行したあと、観念したように路肩へ寄せて停車した。
三上はドアが開き切るのも待たずに飛び降りる。
「内田!」
運転席のドアを勢いよく開けた。
そこにいたのは、墨色の作務衣を着た見知らぬ男だった。
三上の顔から笑みが消える。
「…誰だ、おまえは」
男は驚いたように両手を上げた。
「お、俺は運送屋です!」
「内田はどこだ!」
「知りません! 早川さんに頼まれたんです!」
「何だと?」
「『この作務衣を着て、内田さんの事務所のまわりを一周したら、そのまま橋を渡って新港町まで走ってくれ』って…それだけ頼まれたんです!」
石橋と坂上は顔を見合わせる。
三上は拳でトラックのドアを叩いた。
ワイパーは休むことなく左右へ動いている。それでも雨は視界を奪い、道路も空も灰色の幕に覆われていた。
港の建物が次第に少なくなっていく。
やがて南浜町の外れまで来ると、舗装された道路は細くなり、人の気配も途絶えた。
「もう少しじゃ」
助手席の内田さんが低くいった。
早川さんは頷き、慎重に車を進める。
やがて一枚の古びた立て看板がヘッドライトに浮かび上がった。
この先 行き止まり...
雨に打たれ、文字はところどころかすれている。
その奥には細いあぜ道が伸びていた。
「そこを入ってくれ」
早川さんは車を止めると外へ飛び出し、看板を道路脇へ移した。
再びハイエースに乗り込むと、ゆっくりと奥へ入っていく。
両脇には背の高い雑草が生い茂り、横風にあおられて激しく揺れていた。
ぬかるんだ道をしばらく進む。
やがて視界が開けた。
ヘッドライトの先に、大きな建物がぼんやりと浮かび上がる。
古い塩倉庫だった。
外壁は雨に黒く濡れ、錆びた鉄扉は長い年月を物語っている。人の気配はまるでなく、打ちつける雨音だけが倉庫の壁に反響していた。
内田さんが早川さんに目をやる。早川さんは軽く頷くと、ハイエースを倉庫の前へ横付けした。車を降りると傘を開き、助手席側へ回る。内田さんを降ろし、二人で倉庫の扉へ向かった。
オレたちも車を降りて後を追う。
内田さんは濡れた南京錠に鍵を差し込み、ゆっくりと回した。
カチリ。
内田さんが振り返り、オレたちを見た。
オレたちは慌てて扉の左右に分かれ、重い鉄扉に手を掛ける。
ゴゴゴゴ……
鉄が擦れ合う重い音を響かせながら、ゆっくりと扉が開いていった。
倉庫の中は真っ暗だった。雨音だけが屋根を激しく叩いている。内田さんが入り口脇の壁を探り、スイッチを押した。ジジッという音とともに、薄汚れた蛍光灯がちらつき倉庫が青白い光に包まれた。古い木箱や錆びた台車が無造作に置かれていた。
内田さんは迷うことなく奥へ歩いていった。倉庫の隅に積まれた木箱を一つ、また一つと退かした。
「早川」
「はい」
二人で最後の箱をどける。その下には分厚い鉄板が埋め込まれていた。
「手伝ってくれ」
オレたちは駆け寄り四人で鉄板を持ち上げ、そのまま横へずらして置いた。
床下には人ひとりが入れるほどの空間があった。湿気を避けるためか、底には木製のすのこが敷かれている。その上に、黒いジュラルミンケースが四つ。
そして、一番奥に灰色の頑丈な金庫が鎮座していた。
オレは思わず息をのむ。
「……これ全部ですか」
内田さんは小さく頷いた。
「まず、金の入ったケースから運ぶんじゃ!ひとりひとつずつ。その後みんなで金庫を…」
内田さんが入ってきた扉の方に目を向けた。
扉の入口に二人の男が立っていた。




