第七章 策略
インターホンが鳴った。モニターには三上の顔が映っていた。
「内田さん、いきなりで申し訳ないんですが緊急の話なんで中に入れてもらえますか?」
内田はモニターを見ながらドアを開けた。
「すみませんね、こいつは部下の坂上です。おい、石橋!外見張ってろ!」
──村瀬の差金か?
「そこの応接間で話を聞こうか、早川が出とるんで茶も用意できんが…」
「いえ、お構いなく、早川さんは何か用事で?」
「いや、台風が来とるんで電池やら食べ物やらをな…」
内田は三上と部下の坂上を応接間のソファに座らせ、タバコに火をつけながら向かい側に座った。
「で、緊急の用というのは?」内田はゆっくりと煙を吐きながらいった。
「いや、村瀬んとこがね、この台風で内田さんが隠している財産を移すと見て狙ってるとの情報が入ってきましてね…」
「わしが財産を隠してる?」
「いえ、あくまでも私らの情報網に掛かってきた話でして、それよりも村瀬たちが内田さんを襲って金品強奪するんじゃないかと思いましてね」
「心配無用じゃ、わしゃ大した財産も持っとらん」
「内田さん…」三上は懐からタバコとライターを出し火をつけた。
「この際、本当の話をしましょうや。私たちなら村瀬らを抑えられるし財産を移すのなら警護させてもらってもいい」
「だから、財産などありゃせん。いったい何処からそんなデマが…」
「内田さん、あんたが財産隠しとるっちゅうのは誰もが知っとる話ですよ、この街のモンにはね。台風が来てその場所が危うくなっとるんじゃないですか?早川さんも何らかの段取りに出かけとるんじゃないですか?」
「そんなことありゃせん、わしは…」
「内田さん、警察を甘く見てもらっちゃいけませんや。しばらくここで様子を見させてもらいますよ、坂上!石橋に車を見えにくいところに移動させるよういうんだ」
「わかりました」坂上が部屋を出る。
「──寺島はカルロをつけた方がいいっていってんだな?よし、おまえは寺島と一緒に動くんだ。何かわかったらすぐここへ連絡しろ、わかったな!」村瀬は受話器を置いた。
「矢口とかいうヤツですか?」壁に貼ってある南浜町の地図を見ながら佐竹はいった。
「前から、うちの構成員になりたがっててな。まぁ、こいつにはカルロの方を追わせるし三上は内田に張り付いてる。台風が思ったより早くやって来そうだし、お宝に巡り会えるのも時間の問題になってきたな」村瀬はタバコをくゆらせながらいった。
「やはり、南浜でしょうか?」
「川の西側って説もあるがオレは南浜と睨んでいる」
「動きますかね?」
「台風が近い。内田は絶対に金を移す、間違いねぇぜ」
「風が強くなってきましたよ、雨もパラパラと降ってきました」外の様子を見てきたトシキが不安そうにいった。
あれから、かなりの時間が過ぎている。内田さんのところの電話番号はあるようだが、こちらから連絡しづらい。下手に動けば足を引っ張ることになりかねない。
「毛布と軽い布団です、少し休んでください。私たちが番をしますから」マリアさんが明るい表情でいった。さっきはお茶とおにぎりを用意してくれた。
「トシキ少し横になっとけよ、何かあったら起こしてやるから」
「そんな気にならないっスよ、連絡遅いなぁ。何かトラブったんじゃ?」
「わからない。でも、今は待つしかないんだ」
のどが痛い。口内炎も全然治らない。不安は重なるがそんなこと考えても仕方ない。連絡さえあれば...
突然、店の裏口のドアを叩く音が聞こえた。
──何だ!誰だ?
マリアがこっちを見て口に人差し指を当てる。カルロに目をやり促す。
「はい?」カルロがそっち方向に返事をしながら近づいて行く。
「内田のとこの早川というものです、すみません開けてもらえませんか?」
カルロがマリアが頷くのを確認して鍵を開けた。
あの作務衣を着た坊主頭の男が入ってきた。ずぶ濡れだった。
「例のものを運ぶための車を調達に出かけまして帰ろうとしたのですが、家の前に車が止まってるのが見えました。慌てて少し離れたところで様子を見てたんですが、刑事らしい男がその車に乗り少し奥まったところに移動させて降りてきました。家の前で見張りをしている様子から、どうやら中にあの三上刑事が乗り込んでいるとわかりまして…」
「その刑事は何をしに?」オレは飛び出ていった。
「あ、本村さん。あの三上は村瀬というチンピラヤクザと結託している汚職刑事です。村瀬に金をもらって、村瀬たちがやっている犯罪を隠したり潰したりしています。内田は自分の金が三上にまで流れていることはわかっているのですが、この大仕事が終わるまでは目をつぶることとしてたのです」
「でも、それなら三上という刑事は内田さんの味方じゃ…」
「前から村瀬と三上は内田の金を狙ってました。でも、そのありかがはっきりしなかったので大人しいふりをしていたのです。台風がやってきて金を動かすと察した村瀬が三上とともに本性を現した...我々が思ったより早く先手を打たれてしまいました」
「三上は内田さんをどうしようとしてるのですか?」
「おそらく刑事という立場を利用して言葉巧みに財産の隠し場所を吐かせようとしていると思います。台風が近づいて内田が焦っていることにつけ込めると考えて…」
「財産の場所は?オレたちで何とかできないでしょうか?」
「場所は私にもわかりません。内田は私でさえもそこまで気を許しませんから…ただ、こうして指を咥えているわけにはいきません。今思いついたのですが、ひとつ当てがあります。ここはひとつ私にまかせてくれませんか?」
「はい、でも…」
「みなさんはここで引き続きお待ちください。もし、しくじりましたら必ず連絡を入れます。時間がありません、行ってきます」
早川は踵を返すと足早に外へ出て行った。
風と雨が窓を激しく打ちつけている。台風はもうそこまで来ているようだった。
内田と三上は向かい合ったままタバコをくゆらせていた。三上は我慢比べにとことん付き合うつもりでいた。
──南浜のドンとはいえ、今はもうただの老いぼれじじいに過ぎない。すぐにおのれの限界を知ることになるぜ…
電話が鳴った。緊張が走る。内田と三上は射抜くような視線を交わした。
「内田さん、電話じゃないですか?あの音」
「...早川かな?ちょっと失敬する」
部屋を出てすぐそばにある受話器を取る。三上は立ち上がり、すぐそばまで来て内田の口元を見つめた。
「あぁ、早川か。うん、うん、すぐじゃな。雨風がひどいから慌てずにな、うん、わかっちょる」内田は静かに受話器を置いた。
三上がじーっと内田を睨んでいる。
「早川が知り合いに出くわして時間を食ってしまったらしいわ。間もなく帰るとのことじゃ」
二人はソファに座り直す。
三上はタバコに火をつけ深く吸い上げ煙を吐いたあといった。
「何か企んでませんか?」
「企む?何を…三上さんはさっきから思わせぶりなことばかりいっとるが何かわしに特別にいいたいことがあるんかね?」
「…いや、そういうことじゃないんですよ」
──横目で部下の様子を見とるな…やはり三上は単独で動いとるな...
「そもそも村瀬がわしを襲うという情報は何処から仕入れたんじゃ?あんたが拾ってきたんか?」内田は坂上の方に向かっていった。
坂上は「いぇ…」と小さくいって気まずそうに三上を見た。
「私は部下以外にもいろいろと情報提供者がありましてな、こればっかりは署内でも極秘でしてね」
「車が一台近づいてきます!」
窓の外を見ていた坂上が叫んだ。三上はあわてて窓に近寄った。大きな幌つきのトラックが近づいて来る。
「石橋!トラックを押さえろ!」窓をあけ雨風が入ってくるのも構わず三上は叫んだ。
トラックは急にスピードを上げこのビルの裏側の道にまわり込んで行った。石橋は対応できず、あわてて駆け走りあとを追った。
「裏へまわりやがった!…?」
内田がいない…ヤロウ!謀りやがった!
奥へ行くとエレベーターがあった。一階の表示。
「坂上!表の階段から降りて裏へまわれ!内田を捕まえるんだ!」
エレベーターのボタンを何度も押す。イライラしてドアを何度も蹴り上げた。
「あのじじい、なめやがって…」




