第六章 危機
その日オレは帝都建設に行ってきた。新しい現場の主任になった権藤という人にこれまでの仕事の引き継ぎをするためだ。大西所長や職人のみんなに心配されいろいろ訊かれた。送別会をやらせてほしいといわれたが体調も読めないといって丁寧に断った。
実際のところ明日はどうなるのかまるでわからない。微熱はずっと続いているし、たまに動悸も激しくなる。
「亜希さぁーん」トシキが家に来た。部屋は散らかってるので庭にあるベンチに座る。
「体調どうです?」
「まぁ、よくもなく悪くもなくって感じかな」
トシキには曖昧にいってある。仕事を辞めた理由も燃え尽きたと適当にいったら妙に納得していた。
「花屋の方は変わりないか?」
「そうですね。また寺島が来てましたね。おいしいシュークリーム持ってきてました」
「おいしいって、おまえも食ってんじゃん」
「何かオレもレギュラーって感じになっちゃって」
「寺島のヤツ、カルロに何ていってる?」
「やっぱり店のこと心配しているみたいで内田のおやじのこといろいろ聞いてましたね」
「……」
「でもカルロは何ていうか悲壮感がないっていうかマイペースというか、あまり心配してない感じなんですよね、それにオレに会うたびに『風はアザミを訪ね』とか『雨はダリアへ帰る』とか詩みたいなのいってくるんですよ。まったく天然というか...」
「何か頼まれたりしないのか?」
「マリアさんが横になってる時かな、配達があるから少し店見ててくださいっていわれたことありますけど、それくらいかな...」
「そうか...」
「何か起こるようには思えませんけどね...何か起こるといえば台風が来るみたいですよ」
「あぁ、何かテレビでいってたなぁ」
「夏と違って進路が読めないみたいですよ。秋雨前線とぶつかって風より雨がひどくなりそうです、白瀬川大丈夫っスかね?」
「この街にやって来るのはいつぐらいになるんじゃ?」 内田は煙草に火をつけ、小さなテレビをつけた。
「二日後あたりです、風より雨ですね。まともに来なくても、白瀬川は危ないかもしれません」早川は少し掠れた声でいった。
「こりゃ、計算外じゃのぉ。何とかせにゃならん」
「車が要りますね」
「手配してくれ」内田は吸ったばかりのタバコを灰皿に強く押しつけた。
「──そうよ、オレたちにとっちゃ神風さまになるわけだ。内田んとこ乗り込んで張り付いてやる。こういう時の警察の権力ってのは絶大だからな。粘ってあいつを焦らせて金のありかを吐かせてやる。分かればおまえにすぐ知らせるから素早くやってくれよ。オレは何もわかっちゃいない部下引き連れてあとでゆっくり行くからよ。頼んだぜ」三上は静かに受話器を置いた。
──もうすぐ貧乏刑事とはオサラバだ。しばらくしたら、この街を出るか...
「三上さんですか?」大柄の佐竹が出前で頼んだコーヒーをテーブルの上に置きながらいった。
「内田んとこ乗り込んでくれるってよ。しかも金のありか吐かせてオレに知らせるからとっとと盗み出せってよ」村瀬は下を向いて笑いを必死にこらえた。
「おめでたいバカ刑事、お宝見つけたオレが『三上さん、ありがとうございました。これがあなたのワケマエです』って差し出すって思ってやがる。どうしてそんなふうに考えれるのか、まったくオレには理解できねぇ」
「内田が吐くとも思えませんが...」
「それが三上の甘いところよ。だが、あのおやじと袈裟着た坊主だけじゃお宝は運び出せない。他に手助けするヤツらがいるに違いない。そいつらに持って行かれたらおしまいだからな」
「しかし内田は誰も信用してませんし、そんな大事なことを頼める者がいますでしょうか?」
「それが、頭の痛いところよ。あのおやじ、まったくしっぽを出さねぇからな...どうしたもんかな」
部屋で中島みゆきの曲を聴いていたら、ばあちゃんの呼ぶ声がした。下に降りる。つり上がった目をしたばあちゃんが受話器を差し出した。あわてて受け取る。
「あの、もしもし?」
「あぁ、亜希さんか…」
──内田?
「覚えとるかのぅ、内田じゃ。驚かせてすまん、今時間いいかのぅ?」
「えぇ、構いませんが…」
「こないだはえろう冷たくあしらってすまなんだ、わしは人にスキ見せれん人間でのぅ…」
「わかってます」
「時間がないもんで手短かにいうが、もちろんあんたにこんなこと頼むんもお門違いなんじゃが、ほかに頼めるもんもおらんでな」
「はぁ...」
「台風が来とるの知っとるじゃろ?間もなくじゃ。南浜にわしの財産を隠してあるところがある。じゃが、台風でそこが流される恐れが出てきた。それを安全な所に移したいんじゃ、わしと早川だけじゃとてもじゃないが運ぶことなんてできん...…
わかっとる。いいたいことは、何でそんなこと手伝わにゃならんのかと...そこにあるのは金や財宝だけやない、双葉の町で悪さしとるヤクザや悪徳刑事らの犯罪の証拠となる書類も入った金庫もある。それを失くしてしまったら、あいつらを抑えることができんようになる、カルロの店も守ってやれんようになるんじゃ」
「…それで、どうすれば?」
「カルロのところへ行って、このことを話して待機しててもらいたい。運ぶ車の用意ができたらカルロの店に連絡を入れる」
「わかりました、すぐ動きます。でも何故オレなんです?」
「わしは人を見る目を持っとる。おまえさんの目には私心がない。カルロとおまえさんだけじゃよ、そんな目をしとるのは...ひとつだけ聞いていいかの?おまえさん、体の方は大丈夫なんか?」
「大丈夫です。思ったよりいい状態でいます」
「それならいいんじゃが、危なくなったらすぐにやめて身を守るんじゃぞ」
「はい」
「それでは段取りつき次第カルロの店に連絡を入れる」静かに受話器を置く音が聞こえた。
ぐずぐずしていられない、トシキに電話してカルロの花屋の前にて待ち合わせの時間を告げ家を飛び出た。
バスを使い双葉に向かう。少しめまいがする。花屋まで足早に向かった。トシキはもう来ていた。
「亜希さん、何があったんです?」
「内田のじいさんが財産を移したいらしい。オレとカルロに手伝ってほしいといってきた」
「何ですかそれ?どうして亜希さんとカルロに...」
「信用できるヤツがいないんだろ、入るぞ」
店の中に入るとすぐ目の前にカルロが立っていた。
「あの...すいません、聞いていました」戸惑った鳶色の瞳がトシキに行く。
「あ、カルロいつも話してた亜希さんだ。一度来てるから覚えてるだろ?」
「はい、アザミを買っていただきました」
「内田さんのところへ出入りしてるからわかると思うんだけど、あの人ピンチらしいんだ。多分台風のせいだと思う、協力してほしいって…」
「あの、お母さんに聞いてきます」
カルロがカーテンの奥に消えた。
「ピンチって何なんです?」トシキが小声でいう。
「ヤクザとかそういうのに狙われてるってこと」
「えーっヤバいヤツっスか?」
「トシキおまえ帰ってもいいんだぞ」
「いえ、何いってんスか。オレ亜希さんと一緒なら怖いもんなしですよ」
奥からカルロとマリアが現れた。
「亜希さん、内田を助けてやってください。あの人は敵をつくりすぎてもう頼れる人がいないんです。確かに内田は恐れられています。でもそれは金でつながっているだけの力であって、いざとなれば裸の王さまのようなものです」マリアは悲しそうにいった。
「内田さんは準備が出来次第ここに連絡を入れるといってました。いつになるのかはわかりませんが、そんなに待たされることはないと思います」
「わかりました。店を閉めると怪しまれるかもしれないのでこのままにしておきましょう。お二人は奥に入っててください」
「おう、矢口か?寺島だ、今花屋の近くで何気に見張っていたらよ女とトシキってよく顔見せるガキが話してるのが見えてよ、気づかれないよう近づいたら確かに『内田のじいさん...』ってのが聞こえたんだ。あとはよくわからないまま、すぐ店ん中入って行きやがったが、こりゃ絶対何か始まるぜ」花屋が見えるところにある公衆電話に小銭を入れながら寺島はまくし立てた。
「台風が近いから、あのおやじやっぱり南浜のそのまんまじゃやべーところに金置いてんだよ。安全なところに持って行こうとしてんだぜ」
「矢口、すまないが車調達してここへ来てくれないか。すぐつけれるようによ」
「内田のおやじを張った方がいいんじゃねーか?」
「いや、あのおやじは動くとは思えねぇ、誰かにやらすと思う。カルロをたどりゃ、そいつらを見つけれると思うんだ」
「わかったぜ、車を持って行くわ」




