第五章 思惑
ヘンテコ自転車はギシギシと音を立てながらも二人を無事に南浜の町まで運んでくれた。
「あ、ここです」
トシキが顔で示した。思っていたより古くさい三階建てのビルだった。一階は駐車場で黒のクラウンが停められていた。
「事務所は三階です。奥にエレベーターがあるみたいなんスけどカルロはその表の階段を使いました」
人の気配がしない建物だった。
「ここで待っててくれ」
「え!入るんですか?」
「まぁ、入れてくれるかわかんないけどな」
狭い階段を駆け上がる。
木製の重厚な扉、真鍮の取っ手。扉の横には、『内田商事』と刻まれた金属製のプレートがあった。
扉の左脇にあるインターホンのボタンを押した。
しばらくして「はい」と低い声。
「あの、内田さんに話があって来ました」
「……どちら様ですか?連絡をもらってませんが...」
「あのカルロの友人で本村といいます。お願いします、大事な話なんです」
「しばらくお待ちください」
五分ほど待たされた。重い解錠音が響き扉が開く。
「中へ」作務衣姿の男が奥へ促す。静かだがスキのない動き、少し緊張して中に入った。応接間みたいな部屋のソファに座らされた。厚い絨毯、磨りガラスの窓、壁に古い港の写真が飾られていた。
「あんたが本村亜希さんか?」
──オレのこと知ってるのか!
現れた内田は思っていたより小さい男だった。濃い墨色の着流し、羽織を肩に軽く掛けている。髪は白く薄いがきっちりと後ろになでつけていた。向かいのソファに座り持っていたタバコに火をつける。
「おまえさん、いい度胸しとるな。ここへはヤクザもんもめったに近寄らん。それもアポも取らずに...まぁ、連絡のしようもないか」内田はおかしそうにいった。
「内田さん、何故オレのことを?」
「おまえさん鬼頭を助けた娘さんじゃろ?ある程度のことはわしの情報網にすぐ引っ掛かってくるからのぉ」おかしくてたまらないといった感じだ。
「わかりました、時間をとってくれて感謝します。手短にいいます。まずカルロのことどう思っているのですか?」
内田の顔から笑みが消えた。タバコを吸い込み煙をゆっくりと吐き出す。
「おまえさんカルロとどういう関係なんじゃ?」
「いえ、花を買いに行って...…少し話しました」
「話をして、何じゃそれだけか?」
「いえ、お母さんとも少し話しました」
「それで?」
「おっしゃることはわかります。なんていうか自分でもよくわからないんです...」
「カルロに惚れとるのか?」
「そんなんじゃないんです……あの花屋はどうなるんですか?」
「そんなこと、おまえさんには関係ない」
「あの花屋が奪われてしまったらあの親子は...」
「何のつもりかな?ヤクザの争いに割り込んだり自分が何をやっているのかわかっとるのか?」
「……」
「おまえさん死期を悟ってヤケになっとるのか?」
「!」
「...あの花屋のことは心配せんでもええ、フラワー・ロードのことも考えておる。もう命知らずなマネはやめるんじゃ......早川!お客さんがお帰りじゃ」
扉の外に出て階段を降りた。トシキが寄ってきた。
「どうでした?何話したんです?」
「カルロのこと聞いたんだけど答えてくれなかった。『花屋のことは心配するな』ってだけいわれた」
「そうですか。でもいきなりでよく話せましたね、やっぱ亜希さんスゲぇわ」
「スゲぇのは、あのおやじだよ。何でもお見通しって感じ、歯が立たねぇわ」
「今日のところは帰りましょうか」
「そだな」
空は薄く茜に染まりはじめていた。何を考えればいいのかわからなくなった。
フラワー・ロード商店街から一本裏へ入ると、古びた四階建ての建物があった。表札代わりの小さな看板には、伊吹興業とだけある。
窓の外では、夕暮れのフラワー・ロードを人々が行き交っている。鬼頭はその流れを眺めながら、ゆっくりと灰を落とした。
「村瀬の下っぱのヤツら南浜の倉庫街をウロウロしてます。やはり、宝はあの辺りにあると踏んでるようです」水谷が氷の入ったグラスに焼酎を注ぎながらいった。
「花屋の方はどうだ?」
「ひとり怪しいのがいたんで調べたんですが双葉の南の裏通りのスナックをやってる女のヒモみたいな男で...」
「どう怪しい?」
「カルロと親しそうに話してるようで、どういう接点があるのかわからないんですよね」
「どこかにいるのか?」
「いえ、村瀬んとこはもちろん組織的なところとはつながってないようです。前科はありそうですが...」
「何か嗅ぎつけてやがるかもしれねぇ」
「どうします?」
「そいつにひとりつけといてくれ、何か引っ掛かるかもしれん。あと引き続き花屋と南の倉庫街からは目を離さんようにしといてくれ」
「その寺島ってのがカルロと親しいってんだな?」村瀬は少し大袈裟に目を見開いていった。
「そうなんですよ。前に村瀬さんがあの花屋の話をしてたのを聞いてたんでどうかと思いまして...」矢口は丸い体を縮こませながら答える。
「その寺島とおまえはどういう関係なんだ?」
「前に双葉の雀荘で知り合いになりまして、話してるうちにお互い前科者ってのもわかって付き合うようになったんです」
「何でパクられたんだ?」
「もっぱら空き巣専門で、自分では知恵が回ると思ってるようですが大したヤツじゃありません」
「その話はおまえのほかにもしてそうか?」
「いえ、オレだけです。流れ者で親しい人間も面倒見てもらってる女ぐらいしかいません。オレが道具を使えるといったら鍵師と思ったらしく頼ってきまして...」
「で、金の隠し場所はどうなんだ?」
「それが、もうひとつはっきりとしないんです。あいつはカルロの動きがそれにつながると信じてるみたいなんですが、内田を見張ったほうがいい気がするんですがね...」
「あのおやじの方は目立たないように監視はしてある。南浜の方もいろいろと見てはいるんだが探っているのがバレたらまずいしな」
「内田のおやじってそんな恐ろしいヤツなんですか?引っ張ってきて締め上げれないんですかね?」
「そんなことしたってあのおやじが金のありかを吐くわきゃねぇし、すぐこっちの方が追い込まれることになる」
「どうしたらいいんですかね?」
「寺島は花屋に自由に出入りできる。つまり、伊吹組にマークされてねえってことだ。そこは使える。おまえは寺島とまめに会って何かわかったら連絡してくれ」
「わかりました」
ーー金さえ手に入りゃ、こんな街どうなろうと知ったこっちゃねぇ。バリにでも行って悠々自適に暮らすぜ...




