第三章 対峙
「……そいつは、さっき下のモンに聞きました。もちろんオレの指図じゃないですよ、そんな馬鹿なマネするわきぁないじゃないですか。ありゃ、若ぇモンが先走ってね……そうですよ、やるわけないですよ……いえ、外の人間にやらせたようです。もう遠くにやりましたから......はい、車の方も処分してます…わかってます、二度とあんなマネさせません、しばらく大人しくさせときます…はい、わかってます、例の件もう少し詰めたいので、また一席設けますんで...はい、はい、よろしくお願いします。それでは、はい、そういうことで失礼します」
静かに受話器を戻し村瀬は大きくため息をついた。
「内田のおやじんとこには、すぐ情報が入るな」三上がタバコをくゆらせながら横目でいった。
「昔から地獄耳っていわれてたからな、すべての悪巧みはあのたぬきおやじに通じるってやつよ」村瀬はゆっくりと黒皮のソファーに腰掛けタバコに火をつける。
「まぁ、さっき鬼頭の方の事情聴取してきたが、女に押さえ込まれて何も見ちゃいねぇし、何か出りゃうまくオレがつぶしてやるさ」
「そのおかしな娘は?」
「西にある帝都建設にいる本村亜希って女だ。神丘町に住んでる。鬼頭も見たこともない女だといっていた。さっぱりわけがわからん。部下に調べるよういっておいたが...」
「鬼頭はどんな感じだった?頭に来てんじゃねぇか」
「そこはよ、オレがしっかりとおまえんとこ徹底的に調べるってことで手を出さねぇよう釘さしといた、一応部下にも見張らせてある。おまえんとこも手出しするんじゃねぇぞ」
「いずれ、やりあうことになるだろうがな...伊吹のおっさんはホスピスだし鬼頭のほかは雑魚ばっかだからな」
「鬼頭はいずれオレがどこかではめてやるさ、そうすりゃあの組はガタガタになる」
「内田のおやじも資金を握ってるってんでオレたちを顎で使ってやがるが、いつまでも大きな顔はさせねぇ...…」
「あのおやじ開発後もあのフラワー・ロードを残すっていってたらしいな」
「あぁ、更地にして東の区域と一緒に大きな複合施設にすりゃ西に対抗できるっつうのによ...あの通りの一番南に石原って花屋があるだろ、どうもあの店にこだわってるみたいだ。『あの店はわしがやるから手を出すな』って偉そうにいいやがって…」
「あのフィリピンの女と息子がやってる?」
「聞いた話じゃ死んだダンナの石原ってのが昔フィリピンで内田のおやじと一緒に仕事をしてたらしい...あのマリアってフィリピン人も元は内田の女だったようだ」
「それじゃ、あの息子は…」
「いや、あれは石原の息子に間違いないらしい…ただ、あの女は内田が気にかけてもおかしくない存在だ。それどころか唯一の泣きどころかもしれん」
「いざという時の切り札に使えるってやつか...どっちにしろしばらくは大人しくいうこと聞いておかんとな、オレへ流れる金もあそこからだしな」
「失礼します」
部屋に現れたのは、二メートル近くもあろうかと見える大男だった。
「おう、佐竹どうだった?」
「李は、もうタイに渡らせました。車はナンバー替えまして色塗らしてます」
「勝俣はどうしてる?」
「少しきつめに締め上げたんで懲りてるとは思いますが」
「ガキだからな。しばらく見張っといてくれ」
「わかりました」佐竹は一礼だけすると、無表情のまま部屋を後にした。
「えれぇ、デカい男だな」
「何か、修行僧みたいなことやってたところ使えそうなんで引っ張ってきたのよ。無駄口たたかねぇし機転も効く…」
「うらやましいね、オレんとこはいわれたことしかやらねぇのばっかだからな。まぁ、その分オレものびのびやれんだけどな」
トシキとは神丘町の手前で別れた。ここから坂をしばらく上がると古い木造の平家が見えてくる。一番奥の増築した二階が自分の部屋だ。
石灯籠の横を通り玄関に入ろうとした時だった。
「本村亜希さんですね?」
ふいに男が二人現れた。見慣れない車が一台止まっている。
「双葉署の坂上といいます。こちら、同じく双葉署の石橋です。今日あった発砲事件ご存知ですよね?いろいろと伺いたいことがありますので署までご同行願えますか?」
──やっぱり来たか...どうせ断ることなんてできないんだろ...
持っていたアザミを自分の部屋に置きエンジンのかかっていた車に乗った。
ばあちゃんが玄関でオレを恨めしそうに見ていた。
何故あそこにいたのか、何故あのような危険な行為に及んだのか何度も聞かれた。
偶然で、あぶないとわかったから...それしかいいようがなかった。本当のことだから。
あと銃をぶっ放した野郎について…170から175くらいで細身だったくらいしか...襟で顔隠れてたし、見たことないヤツとしかいいようがなかった。車も黒っぽいワンボックスカーしかわからない...ナンバーも見てないし。
キトウってヤクザの幹部だっていわれても知るわけないし、ヤクザなんて大嫌いだしな...
何であんなことやらかしてしまったんだろうって本当に後悔した。
上司から電話が入ったみたいで、そこからまたしばらく待たされたが電話のあと「もし、容疑者があがった時には面通ししてもらうことになる、しばらくの間、遠くへ行く時は署に連絡するように」といいつけられたあと、ようやく解放された。
──何て一日だ、明日は仕事だってぇのに...
「さすが水月いうだけのことはあるのう、月がゆらゆらと映っとるわ」内田は少し温めて出された紹興酒を一口舐めていった。
内田本人から「会って話をしたい」といってきた時は驚いた。内田が直接連絡してくることなど考えられなかったからだ。しかも、こっちの安全圏の場所に出向くという。相手の意図がわかりかねたが鬼頭は白瀬川沿いにある老舗の料亭『水月』へ招いた。
内田も鬼頭も下のものを外へやった。内田は料理はいらん、紹興酒を一杯だけもらうといった。オレはウイスキーとナッツを少しだけ頼んだ。
ロックで一口流し込み、低く息を吐いた。
「どういうつもりだ?」内田をまっすぐ見据えていった。
「まず今日あったこと謝罪したい。だが、わしの指図でもないし村瀬の指示でもない。若いヤツが勝手に先走ったことじゃ、何ならおまえんとこに差し出してもいい」
「ふざけるな!そんなことをわざわざいいに来たのか」グラスを握りしめたまま内田を睨みつけた。
「そういきり立つな、おまえもわしも東側の人間じゃろ。今夜はひとつ腹割って話そう思うてな」紹興酒をぐいっと呑み干す。
「腹を割ってだと?笑わせやがる」鬼頭は目をいったんはずしタバコに火をつけた。深く吸い込み鋭い目を戻した。
「おまえもわしもここで育った、あの輝かしい時代を過ごしてきた同胞じゃ」
「何がいいたい?」
「わしが今まで見てきたなかで一番頭がキレるのはおまえじゃ、本当ならおまえと組みたかったといいたいんじゃ」
「何を寝ぼけたことを...…」
「まぁ聞け。もう何年も前から双葉の町はにっちもさっちも行かなくなっとったじゃろ。川の西側の開発ばかり進み、こっちはさびれるばかりじゃ。フラワー・ロードも半分近くシャッターが閉まっとる。おまえんとこの実入りも大分減っとるんじゃないか」
「よけいなお世話ってもんだ、死にかけた街を根こそぎかっさらおうとしてるのはどこのどいつだ?」
「その街が死にかけるまで指をくわえて見てたのはおまえさんたちじゃろ」
「何だと!」
「わしが何で村瀬みたいな新参もんつこうとると思う?時間がないからじゃ。西の開発はどんどん進んどる、金も人も吸い込んどる。東に今手つけにゃゴースト・タウンになるのはもう目の前じゃぞ。おまえもわかっとるじゃろ」
「それで、フラワー・ロードの住人に嫌がらせと脅しか?」
「フラワー・ロードは東の繁栄のシンボルじゃ、一旦立ち退かせるが必ず再生させる。これだけは約束しておく」
「そんなこと信用できるかよ!村瀬みたいな鬼畜野郎使ってる人間をよ」
「時代小説を信じとるような馬鹿者とは違うじゃろおまえは。大きな仕事を成し遂げるのに綺麗な道ばかり通ってできると思おとるのか?時には人の心を踏みにじってでも事を片付けていかんと何ひとつ成し遂げることはできんのぞ」
「あんた、本当にそれでうまく行くと思ってるのか?」
「よう考えてみぃ、ここでヤクザつこうて、政治家動かし土建屋に渡りをつける...わししかおらんのじゃ、今やらんとわしも動けてあと二年が限界じゃろうし手遅れになるのは目に見えとる」
「あんたは村瀬という人間をわかってない」
「わしが持っとるのは金だけじゃないぞ。あらゆる情報や資料、指示書、裏帳簿から議事録までな」
「あんた寝首をかかれるぜ」
「わしの心配はいい。おまえのはらわたは煮えくり返っとるじゃろうが今は決して動くんじゃないぞ。今夜はそれをいいに来たんじゃ」
「……」
「双葉署に三上っちゅう刑事がおるじゃろ。あれには注意しておけ」
「あいつには今日事情聴取されたよ、思わせぶりな態度だった」
「……これくらいじゃな、下の早川を呼んでくれ」
鬼頭が内線電話で店のものに指示を出した。
しばらくして作務衣のような服を着た剃りあとの濃い坊主頭の男が現れ内田を連れて消えた。
心配そうな顔した水谷が部屋に入ってきた。
「大丈夫ですか?鬼頭さん」
「甘いぜ、あのおやじ……」鬼頭は、詰めていた息をまだ吐けずにいた。
次章より二十四時間ごとに公開していきます。




