第二章 企み
正面を向いたまま横目で伺う。
手前の男は痩せぎすで色が黒く擦れた革ジャンを着ていた。もうひとりの方は小柄で顔も体も丸い。安っぽい茶色のジャケットを着ていたが色白で小綺麗にしている。お互いに顔を寄せていかにも悪巧み談義という感じだ…仕事の現場で使うメモ帳をポケットから出し見るふりをする。
──このグリーン・ロードの一番南側でフィリピン人の母親と息子の二人で花屋をやってんだけどよ...このカルロって息子が、ちょいと頭がゆるいんだが正直もんでいいヤツなのよ。母親が心臓が弱いらしく外国の高い薬がいるってんで、あの南浜の内田のおやじに金借りちまってよ高い金利払わされてるのよ
──ふーん、それで?
──それでよ、金返すったって少しずつにせよ月一回ぐらいのもんだろ?それがよカルロの坊やはしょっちゅう内田のおやじんとこ通ってんのよ、おかしいと思わねえか?
──そいつはおかしいな
──こりゃ、あのおやじとカルロは何かあるとみたわけよ
──金以外つながりがあるとは思えんけどなぁ
──オレよ、あいつが仕事している時たまたま落としたペンダント拾ってやってよ。ロケットの形したので、どうも父親と母親が写っている写真が中に入ってるみたいでえらく感謝されて、それ以来オレのこと信頼しきってくれてるってわけよ
──へぇー
──オレもちょくちょく、花屋に行って花買ってやってしゃべってるうちにだんだんとカルロのことがわかってきてよ、最近になって内田のおやじに多額の借金していることがわかっのよ。それからカルロの動きを見るようになって何か隠してると感じたのよ
──隠してるっていったい?
──カルロの父親はフィリピンで母親と知り合い結ばれて一緒になって日本に戻り今の花屋を始めたらしい。カルロが生まれて間もなく何かの病気で亡くなったといっていた。
おもしれーのが内田のおやじも昔フィリピンで大儲けしてその金で南浜の土地を買い占め物流と倉庫業を始めたと噂されてたことよ...カルロの父親と内田のおやじはフィリピンで一緒に仕事をしてたんじゃねえか、とするとカルロは内田のおやじにとって特別な存在になる…
でも、内田のおやじはカルロに店を自分に売れといってるらしい。その辺がどうもよくわからねぇところよ……
──で、金の居どころってのは?
──そいつよ!内田のおやじは腰を抜かすほどの大金と貴金属を隠し持ってるって昔からいわれてて、前にカルロが内田のおやじの事務所には大金は置いてないと口を滑らせたのよ。さりげなく探りを入れたが知ってるのかどうか微妙なところでよ……
──オレが吐かせようか?
──いやいや、そいつはまずい。知らされてないような感じだし、内田のおやじに動きがバレたらただじゃすまねぇからな...
カルロを見張ってりゃ、たどり着けそうな気がする…そんときゃ頼むぜ…。
──まかしとけよ、その時までにチャカ用意しといてやるからよ」
──でよ、これから南浜の倉庫街をぶらっと見てまわろうと思ってるんだが……
──オレも付き合うぜ
二人は吸っていたタバコを灰皿に押しつけ立ち上がった。
...視線を感じる。メモ帳を見入ってるふりをする。
二人は勘定を払いそそくさと出て行った。
──内田のおやじ...…カルロ...…南浜の倉庫街…
トシキが帰ってきた。
「すいません、遅くなっちゃって、飲み直しましょう」
「...…いや、行くとこができた。時間あるなら付き合ってくれるか?」
「そりゃ、全然かまいませんけど、いったい……」
トシキのヘンテコな自転車の後ろに乗せてもらいグリーン・ロード商店街を南に下る。人通りは少なく古い歌謡曲が小さく流れていた。アーケードの天井はところどころ煤け、吊り下げられた大きな看板も色褪せてもとの色がわからない...しばらくして、それらしい店が見えた。
「ストップ、ストップ!」
「え?花屋っスか」
自転車を降りる。トシキに店の脇に自転車を止めさせた。
「悪いけど、表で見張っててくれないか...痩せた色黒の男が来たらすぐ知らせてくれ」
「わかりました...」
『フラワー・ショップ石原』...色褪せた木製の看板。店先には鉢植えが並べられ、その奥に季節の花々がバケツに溢れんばかりに活けられていた。近づくと湿った土の匂いと、くすぐるような甘い花の香りが漂ってくる。
ガラスの扉を押して中に入る。真鍮のベルがカラン、と乾いた音を立てた。
思っていたより広い。表よりも濃密な花と緑の香り。壁際の古い木棚に切り花が並んでいた。棚の継ぎ目に苔のような緑が薄くついていて何かの模様に見えた。天井から籠が三つ吊るされていた。籠の中の鉢植えから細い蔓が垂れて少し揺れていた。
「いらっしゃいませ……」作業台で花を切っていた青年が顔を上げた。
──カルロ…
栗色の髪は自然なウェーブを描き、鳶色の瞳は蜂蜜のような色をした肌に映えていた。クリーム色のシャツに深いオリーブグリーンのエプロン……無防備なまなざしに頭が真っ白になる。
「何かご希望があればおっしゃってください」
店の奥から女が姿を現した。カルロにそっくりな顔立ち。目元の深い彫り、通った鼻筋、静かな眼差し。若い頃はさぞ美しかったのだろうとわかる顔だった。髪は色褪せていたが、きっちりと後ろで束ねられている。
「ゆっくり、見ていってくださいね」カルロの母親はオレを見据えていった。
優しい言葉だったが、どこか不審に思われてる気がした。
「あの、何か部屋に置けるの…部屋狭いんで、あんまり場所取らないやつで……」
カルロがうれしそうに近寄ってきた。
「小さい鉢だとガーベラとか、あとリンドウも綺麗で育てやすいですし……」
「カルロ!」母親が声を上げ目で制した。カルロは息を呑み動きが止まる。
「お嬢さん、あなたがあなたの目で見て本当に気に入ったものを選んでください。ゆっくりと時間がかかってもね」
オレに向き直ったその顔は、おだやかな表情に戻っていた。
何か今まで味わったことのない気持ちに戸惑い、わけもわからず熱いものが込み上がってきた。
「……えぇと、じゃあ見させてもらいます」
店のなかをゆっくりと見てまわる。深紅のダリア、くすんだ色の薔薇、白と黄色の菊、そしてピンクのコスモス……
──花ってのも縁がなかったよなぁ...どいつもこいつも、すぐ壊れちまいそうで…ん?
──何これ、棘すげーな……こんなのあるんだ……
まじまじとその花を見ていた。
「驚きましたか?」カルロが側に来ていた。
「花はとっても柔らかいんです。強そうに見えて繊細で、土が悪くても頑張って花を咲かせるんですよ」
──土が悪くてもか……
オレはその花を買った。アザミという名だった。
表に出るとトシキが慌てて近寄ってきた。
「花買ったんスね。へー、花買うんだ」
「何だよ、柄じゃねぇってか?」
「いや、いいことっスよ。何かうれしいなぁ…あれ、これアザミですか?」
「何だ、知ってんのか?」
「いえ、そのラベルに書いてあるから…『アザミ嬢のララバイ』ってあるじゃないですか」
「何だ、それ」
「中島みゆきですよ、知ってるでしょ」
「あぁ、金八のやつな」
「すごくいい曲ですよ」
「おまえビートルズじゃなかったっけ?」
「中島みゆきもすごくいいんですよ、今度テープ持ってきますから」
「…そりゃ、いいんだけどさ。トシキ、ちょいと頼まれてくれないか?」
「な、何です?」
「明日からでいいからさ、ちょいちょいこの店通って花とか買ってさ...ここの親子と親しくなって、それとなく情報を集めて欲しいんだ……悟られないようにさ……」
「オレ今暇なんで全然いいっスけど、いったいどうしたんです?」
「悪い!詳しいことは、いずれ話すからさ、あと今これしかないから」財布から有り金を出しトシキに掴ませる。
「え!こんなにいらないっスよ」
「いいから、また後日追加の分渡すからさ」
「いや、そんなのいいですよ...でもよっぽどのことなんですねぇ。わかりました、オレそういうの得意ですから悟られないようにうまくやりますから」
さっき、どうでもいいことに首をつっこんだばかりだった。何をどうできるというのだろう。
いや、何が起きるのさえわからなかった……




