6 茶会への招待
美和が挨拶をしている横で、少女は赤色の敷物をマットの上に敷く。それから木箱を開けていろいろな道具を並べ始めた。魔法瓶、漆塗りの盆、茶碗、茶筅、へら、茶筒……。
「これって、茶の湯の道具じゃないの」
茶の湯は観光の中に体験したことがあったので、直ぐに分かったが、まさか、こんな場所でするとは。だが、美和は特に気にするふうでもなく、敷物の上に腰を下ろした。
「どうぞ、アリシアさん。お座りくださいませ」
突っ立っていたアリシアは美和に勧められるまま、敷物の上に座った。こういう場で、Tシャツと短パンで着てしまったことをちょっと後悔する。せめてもう少し派手なガウンのほうがましだったかなと思う。
アリシアの前には、花をかたどった可愛らしいお菓子が朱塗りの盆の上にのせてある。
「まずはお菓子をお召し上がりください」
美和に勧められてアリシアは盆を手にする。こういう綺麗な形の菓子というのは、自国ではないものである。甘さが口の中に広がる。先ほどまではざわついていた会場が、今は息をつめたような静寂に包まれている。ただ、美和が茶筅で茶を点てる音だけが、静かな会場に響いていた。
「……これって、何で勝敗を決めるの?」
アリシアは本気で困惑していた。茶席で勝負をするなら、いったい何を競うのだろうと思っただけだ。 美和は不思議そうにアリシアのほうを見て言った。
「もちろん、プロレスで決めるのですよ。時間無制限一本勝負ですわ」
(あ、そうだったの…)
どうやらマネージャーの手配は間違ってはいなかったらしい。ただ、試合前のパフォーマンスにしては悠長すぎる。
「で、でも、今やっている、この茶席は……」
尋ねるアリシアに美和は落ち着いた様子で答える。
「ご挨拶ですわ。一期一会、こうして立ち会うことになりましたのも、何かのご縁。この後しばしの間、ご一緒することになりますから、その前に少しはお話でもいたしましょう」
その様子には冗談や悪意は一切感じられない。ただ純粋に、この時間を楽しんでいるかのようだ。
(……でも、この人、さっき、ちゃんと『プロレスで』と言っていたわよね)
アリシアの頭の中は混乱するばかりだ。こんな優雅な感じの女性が本当に、闘えるのだろうか。もしかして、彼女は何か勘違いしているのじゃないか。リングの上では容赦しないというのがアリシアの信条だが、それはレスラーに対してであって、ずぶの素人にけがをさせるわけにはいかない。
「さ、お茶をどうぞ」
美和はアリシアの前に茶碗を差し出す。その手を見て、アリシアはハッとした。
一見、白く華奢な感じの手だ。だが、指の付け根には硬い皮膚があり、肉付きもしっかりとしている。これで腕でも掴まれれば、かなり痛そうだ。しかもアリシアがこれまで見てきたどのレスラーとも違う手だった。
そう見ていくと、先ほど茶筅を回していた時の動きにも無駄がない。速く、正確で、迷いがなかった。
「……あ、ありがとうございます」
アリシアは恐る恐る差し出された茶碗をとる。その時、美和の手に触れた。堅い。明らかに格闘をしている人間の手だ。
アリシアは茶碗を三度回す。鷹の絵が描かれた茶碗だ。それに口をつける。喉に茶が通る。苦身はあるが悪くはない。
(この人、何者なの……)
和装の艶やかな姿と、堅い指がどうしても結びつかない。自分の知っている選手には、こんな優美な趣味を持っている者はいなかった。どうして茶道家がリングに立っているのだろう。
「お口に合いますかしら」
アリシアのそんな気持ちを知っているのか知らないのか、美和は穏やかに声をかける。
「おいしいです。心が落ち着きます」
試合を前にしてリングの上で二人の選手が座っている。先ほどまでの喧騒はどこかに行ってしまったかのように、観客席は静まり返っている。
「それは何よりですわ」
美和は小さくうなずいた。
「せっかくこうしてお会いできたのですもの。最後まできちんとやり遂げたいものですわ」
「……最後まで、きちんと……、ですか?」
「ええ。中途半端に終えるのはよくありませんわ。何事もきちんと区切りをつけませんと」
その一言が、アリシアの胸には冷たく響いた。




