2 退屈の極み
数々の激戦を潜り抜けてきた王者、アリシア・ストーン。しかし最近の彼女は、勝利を重ねても、かつてのような高揚感を覚えられなくなっていた。
いや、リングに立てば、気持ちは高ぶるし観客は固唾を飲んでアリシアの闘いぶりを見てくれている。対戦相手はみんな、アリシアを倒そうと本気でリングに立っている。それに王者でも、苦手な選手はいる。ただ、どの選手も、自分に立ち向かっている時は、心の奥底に「王者へのしり込み」があることを感じてしまうのだ。
彼女たちの仕掛けてくる技の一つひとつに、わずかな遠慮が滲んでいる。致命的な一手を躊躇する、その一瞬の迷い。もはや「またも防衛戦、勝利」と称えられても、嬉しくなくない。アリシアにとって、リングに上がることは、会社員が出社してデスクに向かうのと変わらない「日常」と同じになっていた。
「オーナー。もう、耐えられない。もっと刺激的な試合はないの?」
ある日、アリシアは団体本部のあるビルの最上階の一室に訪れ、オーナーに訴えていた。
「何言っているんだい? この前の試合だって、見事な勝利だったじゃないか」
オーナーは読んでいた書類をデスクに置いて、アリシアのほうを見る。
「そういう問題じゃないの。毎回、毎回、同じことの繰り返しで、心が干上がってしまいそうなの」
オーナーは苦笑した。どれだけのレスラーが王座を手に入れようと血の滲む努力をしていることか。ところが、その王座に君臨している本人は、つまらないと文句を言っている。なんとも贅沢な話だった。
「アリシア、それは王者の退屈病というやつだ」
「退屈病?」
「ああ。病気を治すには転地療養が一番だ。できるだけ遠くに行くのがいい」
「遠く? どこへ? 海? それとも山?」
「日本だ」
「日本?」
アリシアが眉を上げる。まさかそんな果てまでとは思わなかった。
「実は向こうへの進出を考えていてな。まずは招待選手として様子を見てきてほしい。試合をしてもいいし、観光だけでもいい。気に入ったなら、そのまま向こうを拠点にしても構わん」
アリシアは少しだけ考えた。そういえば日本から来た選手とも何人か戦ったことがあった。悪くない相手もいた。そこなら、いい選手に出会えるかもしれない。
「決めた。行くわ」
即答だった。




