第22話(3)とある少女の思い出-水咲とキララ-
「どうです!?わたくしの尊敬するレミ子さまの高貴さ、伝わりまして!?」
キララは車のハンドルを切って、路上の廃車をかわしながら、水咲に訴えかける。水咲は頬杖をつきながら、窓の外を眺めており、キララからは水咲の表情は見えなかった。
「ちょっとぉ!水咲さま!話を聞いてて!?」
「ええ、聞いてたわ。素敵なシンデレラストーリーね」
「そうですわよね!水咲さまもこういう素敵な出会いが、きっとありますわ!」
キララは笑顔で言い切る。水咲は一瞬、キララの横顔を見ると、小さくため息を吐いて背もたれに身を預けた。
「わたくしのお話はしましたので、次は水咲さまの昔話が聞きたいですわ!」
キララは水咲に言う。水咲は目を閉じながら呆れたように答えた。
「言わなかった?過去は水に流すタイプなの」
「あぁ、前科の話ばかりになるって不安ですのね?大丈夫ですわよ!わたくしも食い逃げとスリと警官への暴行はやってますわ!」
「前科持ちの仲間がいて嬉しいわ」
水咲は短く答えると、ゆっくりと目を開いた。
「…そうね。昔話なら…とある少女の話をしてあげるわ。私とは無関係の、とある少女の話をね」
「なんでそんな話をするんですの?」
水咲の提案に、キララが率直に尋ねる。水咲は少しムッとすると、話を進めた。
「私が話したくなったからよ。いいから聞きなさい」
「わかりましたわ!楽しみに聞かせてもらいますわね!」
キララは満面の笑みで言い切る。そんなキララを見て、水咲は小さく口角を上げた。
「それじゃあ聞かせてあげるわ。とある貴族の娘、幸せだった少女のお話…」
その少女は、名門貴族の生まれだった。両親が高齢になってから生まれた1人娘で、それこそ目に入れても痛くないほど可愛がられてた。
少女の方も、その家の後継者として相応しくなるべく、努力を欠かさなかった。結果、その少女は、容姿端麗、所作も美しく、学業成績も優秀で、幼い頃から強い霊力も持っていたことから、若くして多くの求婚を受ける社交界の華になったわ。
少女は幸せだった。
両親がいて、努力すれば褒めてくれて、恵まれた環境を与えてくれる。周囲からも蝶よ花よと愛されてたのだから。
「素敵ですわね…わたくしとは真逆の幼少期ですわ…」
安心して、スラム育ちのお嬢様。その子にもすぐに転機が訪れるわ。
ある日、その子はとある貴族の家に行ったの。
その子が屋敷の扉を叩いた時に出てきたのは、その家の当主の妻である、中年を過ぎた女性だった。
『ご機嫌よう。父の名代として参りました。義光様はいらっしゃいますか?』
『ご機嫌よう。今、夫は外出しておりますわ。言伝があれば、わたくしが承りますわ』
『いえ。また日を改めてお邪魔させていただきます。失礼いたしました』
少女がそう言って帰ろうとした時、奥方はそれを引き止めたの。
『あ、もし。少しお時間よろしくて?』
『はい、なんでしょうか?』
奥方は、扉の近くに置かれてた紙袋を、その少女に渡したの。
『いつも、お使いご苦労様ですわ。お菓子がお好きと聞いて、うちのメイドに作らせましたの。食べていただけると嬉しいですわ』
『頂いてよろしいんですか?』
『えぇ。是非ご家族で召し上がっていただければ嬉しいですわ』
『ありがとうございます。頂戴いたします。それでは』
少女はその紙袋に入ったお菓子を持って帰った。
その夜、家族想いのその子は、当然両親にもそのお菓子を振る舞った。夕飯のデザートとして、ケーキをね。
そしたら、どうなったと思う?
「え?わかりませんわ」
皆、死んだ。
「…!?」
ほら、ちゃんと前を見て運転なさい。
言葉通りよ。ケーキを食べた少女の両親は、その日のうちに死んだ。
少女だけは、塾に通ってて、夕飯がズレた。だから、彼女だけは生き延びた。
さて、悪いのは誰でしょう?
「…お菓子を渡した人?」
事情を知っている人はそう思うわね。
でも警察は違った。唯一生き残った少女こそが犯人と断定し、調査を開始した。
『違う…私じゃない…!私じゃないのに…!!』
いくら訴えても警察は聞かなかった。度重なる尋問、最愛の両親の死、1人もいない味方。挙句、住んでいた場所も財産も全て差し押さえられ、毒を盛った貴族に奪われた。
全てを失った少女は、逃げ出した。
それまでの優雅で愛された暮らしから、一転して犯罪者の道を辿った。
受けてきた優秀な教育と、すでに「女」としても見られるくらいに完成した容姿を活かして、詐欺と窃盗で金を稼いでその日を過ごす生活を始めたの。
ああ、言っておくけど、その子、すごく賢くて。今日まで男を散々利用したことはあれど、男に体を許したことはないわよ。
「べ、別にそんなこと聞いてないですわ!」
下世話な妄想に釘を刺しただけよ。
でもね、その子、ひとつだけ犯罪者生活に感謝してることがあるの。
それは、しっかり復讐を果たせたこと。
自分の両親を殺して、財産を奪ったその貴族が罪を犯した証拠を掴み、失脚させることに成功した。
まぁ、そのせいでなおのこと警察に追われて、余計に前科がついたんだけどね。
「…これが私の知り合いの昔話。ふっ、面白いでしょう?」
水咲は頬杖をつきながらキララに言う。キララは運転しながら硬い表情になっていた。
「…何もかも凄絶で信じにくいですわ…お菓子をそんなことに使う人がいるなんて…でも、財産とご両親を奪ったその貴族は、制裁されたんですわよね!?」
「そうね」
「じゃあ、一件落着ですわ!全く、少女を苦しめた悪徳貴族にもレミ子さまの爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇですわ!」
キララは笑顔を取り戻し、前を向いて運転を続ける。そんなキララに、水咲は小さく言い放った。
「それらが同じ人間だとしたら?」
「…え?」
「あなたが慕う冷泉院レミ子と、罪もない少女から全てを奪った貴族が、同じ人間だったら?」
水咲の問いに、キララのアクセルを踏む足が弱まる。そしていつもの明るい声でなく、許せないものを見るような目と声で、水咲の方へ振り向いた。
「…そんなわけないですわ」
「ところが事実なのよ」
「嘘こいてんじゃねぇぞクソアマァ!そりゃ意地汚い人間だっているでしょうよ!でもレミ子さまに限ってそんなわけない!テメェ、あんまりレミ子さまのことバカにしてっとそっから放り出して轢き殺すぞ!」
「信じられないみたいね。でも私はあなたの話すレミ子像を聞いて納得したわよ。『弱者には与えるべき』。その『与えるもの』を強者である少女の両親から奪ってきただけ。言ってることとやってることの筋は通ってて、嫌いじゃないわよ。許すかは別としてね」
「何を偉そうに言ってんだ!!わたくしの恩人をバカにしてヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!」
キララはそう言うと、左手で水咲の胸ぐらを掴み上げる。水咲はそれでも余裕の表情を崩さなかった。
「でも納得はいくでしょう?あの女があなたたちに暇を出したのは証拠を掴まれてムショにぶち込まれたからよ!!やつは貴族社会でも上流に行きたかった!でもあいつは霊力がなかった!子供だって産めず、立場も低かった!だから嫉妬と上昇欲求だけで私の両親に毒を盛った!」
「うるせぇ!!」
キララはそう叫びながら水咲を片手で締め上げる。
「たかが霊力が強いだけの犯罪者風情が偉そうにレミ子さまを語るんじゃねぇ!」
「じゃあ霊力が強いだけのメイド様風情はヤツの何を知ってるのかしら?」
「あの人が語ってきた理想!人としてこうあるべきという理想像を、レミ子さまは教えてくれた!レミ子さまだってそうあろうと努力なさってたはず!それをお前なんかに…!」
キララがそう言葉に詰まった瞬間だった。
キララと水咲の乗る車の数百メートル先の道路で、突如爆発が起きる。
キララはすぐに水咲から手を離すと、ハンドルを握り直し、爆発を回避して回り込む。
「なにごと?」
「知るか!」
水咲の呟きに、キララは吐き捨てるように言うと、ハンドルを切って本来走っていたコースに持ち直す。
黒煙を抜け、視界が晴れた瞬間、彼女たちの正面に、大柄な悪魔が1体、道路の真ん中に立ち塞がっていた。




