第21話(2)親友 -璃子と心愛-
「…う、嘘…」
手が止まった璃子を心配し、心愛が璃子の方へと歩き寄った。
「どうしたの、璃子先生?」
心愛が尋ねると、璃子は信じられないようなものを見る目で、確かめるように、言葉を発した。
「…初音...?」
「え、璃子先生、知り合い?」
璃子が小さく呟いたのを聞き、心愛は尋ねる。何も言えない璃子に対して、初音と呼ばれたその女性は、穏やかに微笑んで名乗り始めた。
「そ!璃子先生…ふふふ…の、マブダチ。杉田初音です」
初音はニヤニヤしながら名乗ると、いまだに驚いたまま動けない璃子の肩をポンポンと叩き、笑い始めた。
「璃子ぉ、驚きすぎだよぉ。早く診察してよぉ、ほらほら。先生なんでしょ?」
「…そ、そうね…」
璃子は目の前に座る初音に対し、椅子の下に置いた医療器具を入れた鞄の中から聴診器を取り出して初音の胸に当てる。
(…この音…いや…気のせい…よね…)
璃子が聴診器を外すと、初音はニコニコしながら話し始めた。
「どうだった?璃子先生?というか外科なのに聴診器なの?」
「…ちょっとびっくりしすぎちゃって、ついやっちゃったわ…ははは…」
「で、どうだったのよ?」
「…うん、健康そのもの…外傷も…なさそうね。なんで並んでたの?」
「璃子に会いたくなったんだ。ふふ、元気そうで安心した!邪魔してごめんね」
初音はそう言うと、椅子から立ち上がり、治療待ちの列から離れる。そして心愛の方に近づき、笑顔で話し始めた。
「さっき聞いてたんだけどさ、市子心愛ちゃんって言ってたよね?『ビート・ジョーカーズ』の心愛ちゃん?」
「え!それ、私がジュニアアイドルだった頃のユニット!もしかして、心愛のディープなファン!?」
「うんうん!璃子と一緒の大学通ってた頃、勉強のためによく聞いてたの!綺麗な声の子がいるなぁって思って」
「あっは!嬉しいなぁ!そんなに褒めてくれるなんて!」
「そりゃあ綺麗な歌声だもの。なのに、璃子ってば、いくらあなたの歌をおすすめしても聴こうともしないんだよ?」
「ちょっと、うるさい、静かにして」
雑談を交わす心愛と初音を嗜めるように、璃子は短く言い放つ。叱られた心愛と初音は肩をすくめて笑い合うと、心愛は改めて負傷者に対して歌い始めるのだった。
30分後
治療を終えた璃子と心愛。仮設診療所にいるのは、このふたりに初音を加えた3人だけになっていた。
「治療お疲れ様です」
「おつかれでーす!」
「おつおつ~」
璃子が挨拶をすると、心愛も明るく言葉を返し、初音も軽妙に言葉を発する。璃子が少し気まずくしていると、初音は構わず心愛に話しかけた。
「ねぇ心愛ちゃん、今、手が空いてる人たちでステージとスピーカーを置いてるらしいよ」
「もしかして心愛のために!?」
「そうだと思うよ!見学、行く?」
「うん!」
「じゃあ、私は少し璃子と話してから行くね。先行ってて!」
「はーい!」
初音に言われた心愛は、ハツラツとして仮設診療所から外に出る。
建物の中に残ったのは、璃子と初音だけになる。
璃子は、初音から目を背けていたが、改めて顔を上げて、初音に声をかけた。
「初音...その...久しぶり」
「あはは!なにその挨拶?さっきからいるのにおかしくない?」
「...そうね、そうよね...」
力無く答える璃子に対し、初音は璃子の両肩に手を置く。そして、下から璃子の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、なんでそんなに元気ないの?私がいたら嫌だった?私は璃子に会えてうれしいよ?璃子はそうじゃないの?」
「い、いや...私だって...嬉しい...けど...」
「けど?」
「...初音は...恨んでないの?私のこと...?」
「なんの話?」
「とぼけないでよ。あの時、私は、あなたを見捨てて逃げたじゃない...!いきなり悪魔に襲われて、私は...!」
璃子の声が上ずっていく。フラッシュバックする過去の光景を振りほどくように、璃子は顔を何度も振るうが、そんな璃子に対して、初音はやさしく微笑んだ。
「璃子。怒ってるわけないじゃない」
「でも...!」
「怖かったら逃げたっていい。そういうものでしょ?それに、私は怪我無く生きてる。だったらオールオッケーじゃない?」
(そんなはずがない...初音は...初音はあのとき殺されてしまった...!私が逃げてしまったから...!)
初音の言葉に対し、璃子は内心それを否定するように叫ぶ。だが、それを口にできず、目の前にいる親友の姿に、複雑な笑みを浮かべることしかできないでいた。
「...そう...ね」
「そうだよ。璃子は昔から自分のことを責めすぎるからね。そういうの、良くないと思うよ?」
「...ふふ、すみません...久しぶりに初音に叱られたかも」
「私も。久々に璃子を叱ったらなんか調子出てきたよ」
「変なことで調子出さないでよ」
「あはは、調子乗ったついでに、心愛ちゃん見に行きたいな。いいよね?」
「もう、無茶苦茶なんだから。いいよ、行こう」
璃子と初音の間に笑顔が見え始める。ふたりはその笑顔のままに、仮設診療所を後にするのだった。
数分後
公民館の外では、治療を受けた人々が、大きなスピーカーと、背の低い箱をひっくり返した程度の高さの舞台を設置していた。
「心愛ちゃん!乗ってみて!」
「はーい!」
舞台を設置した人々の指示を受け、心愛は舞台に立つ。しかし、元々小柄な心愛がそこに立っても、周囲の観客たちが立ってしまったら見えなくなってしまうような状況だった。
「どう?」
「うーん…あんまり周りから見えないかも…」
「観客は座ろっか。OK、心愛ちゃん!客席を準備するから、自由にしてて!」
「はーい!」
設営チームの指示を受け、心愛は舞台から降りると、やってきた璃子と初音に気がついてそちらに歩き寄った。
「璃子先生!初音さん!見て、あれが今日の私のステージ!」
心愛はさっそく笑顔で、設置されたステージを指差す。しかし、そのステージは、どう見てもその場にあった有り合わせの台でしか無かった。
「…あれはステージじゃなくて、『踏み台』じゃないの?」
璃子は思わず心愛に尋ねる。心愛は首を横に振った。
「そんなことないよ!みんなが用意してくれた、心愛の歌う場所!そこで心愛が歌って、みんなが笑顔になってくれれば、どんな場所だって心愛のライブステージだよ!」
「さすが心愛ちゃん。ファンのことを第一に考えてくれてる、やっぱりスーパーアイドルだね!」
心愛の言葉に、初音が盛り上がって同調する。璃子は頭を抱えて首を横に振った。
「ファンが本当に第一なら、歌うより先に、安全を確保して、避難誘導するべきでは?」
「安全の確保はシノさんがやってくれてるし、避難のルートも多分、麗奈ちゃんや菜々子ちゃんが考えてくれてるはず!だから、心愛は少しでもみんなに前を向いてもらうために、ライブをやるのが1番いいと思う!」
「納得しかねるわね。そもそも、あなたが歌を歌うだけで、みんなが前を向くなんていうのは、あなたの傲慢じゃないの?」
心愛の言葉に対し、璃子は静かに尋ねる。様子を見ていた初音は、思わず割って入った。
「ちょっと璃子、そういうの、よくないなぁ。実際、心愛ちゃんにはたくさんのファンがいるんだよ?それが何よりも心愛ちゃんの歌が人を救ってる証拠じゃないの?」
「でも歌では傷は治せないし、人に必要な栄養素を与えることもできないわ」
「そーいう問題じゃないんだけどなぁ、ねぇ心愛ちゃん」
初音は璃子の意見に対し、心愛の方を向いて仲間を作る。心愛が頷いたのを見て、初音は笑顔を見せた。
「答えになってないわよ、初音」
「もう答えるのも諦めたもんねー。それよりも、心愛ちゃん、せっかくだから色々インタビューしてもいい?」
「うん!いいよ!」
「ちょっと」
初音は一方的に話を切り替える。璃子はそんな初音に翻弄されながら、再び頭を抱えるが、そんな璃子を気にせず、初音は心愛に質問を投げ始めた。
「なんで心愛ちゃんはアイドルになったの?スカウト?」
「うん!心愛は元々、歌とダンスのスクールに通ってたんだ。中学生になったくらいのころかな、スカウトの人が来て。『景気が良くない今だからこそ、明るいユニットをやりたい』って言ってて。心愛はよくわからないけど、みんなを元気にできるならやろう、って思って、それからアイドルになったんだ!」
「それが『ビート・ジョーカーズ』だよね!」
「そう!でも、3年くらいで解散しちゃって。それから心愛は『シュガーハート・アタック』に呼ばれて、センターやらせてもらってるって感じ!」
「へー、そうなんだね!」
初音と心愛の会話が盛り上がる。そんなふたりの横顔を、璃子は無言で見つめていた。
(本当に…昔から初音は自分勝手で、無茶苦茶で…変わってない…やっぱり…あの時も殺されてなくて、今日まで生きててくれてたのかも…)
璃子は、心愛と楽しそうに言葉を交わす親友の横顔を見て自分に言い聞かせるように内心で囁く。彼女は、何も言わずに心愛と初音の会話を見つめ続けていた。




