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第21話(3)悪魔の取引 -璃子と心愛-

同じ頃 市役所から少し外れた森


 幸紀は悪魔がいるという情報を聞きつけ、避難民から離れて単独でここにやってきた。

 木々の間を歩く幸紀だったが、悪魔も人もいる気配がなく、彼の目つきは徐々に鋭くなりつつあった。


(…ガセか、逃げられたか…)


 幸紀がそう考えていると、少し遠くから人の話し声のようなものが聞こえてくる。


「…む…だけは…」


(この気配…悪魔もいるか)


 幸紀は声のした方向へ走り、木の影に隠れて様子を見る。

 森の中で少し開けた広場に、一人の若い男と、それを取り囲む悪魔たちの姿が見えた。幸紀は一度息を潜めると、そこで繰り広げられるやりとりに、耳を傾けた。


「おい!命令したことはどうなった!」


「やった!ちゃんとやった!みんなの中に、ちゃんと紛れ込ませた!だから頼む、命だけは!」


 悪魔の怒鳴り声に対し、脅された若い男は早口で言う。それを聞いた悪魔たちは、武器を振り上げた。


「ふん!じゃあ死ね!!」


「お前たちがな」


「!?」


 悪魔たちが突然聞こえてきた声に振り向いたその瞬間には、彼らの体は切り刻まれ、黒い煙に変わる。

 一瞬のことに状況が理解できていなかった若い男だったが、目の前の悪魔が全滅し、幸紀だけが立っている状況だけは理解できた。


「こ、これは…」


 戸惑う男に対し、幸紀が握る刀の切っ先が向けられる。怯える男に対し、幸紀は冷淡に尋ね始めた。


「おい、貴様、悪魔と何を話していた」


「ひいっ!こ、殺さないでくれ!」


「話せば殺さないでやる、言え」


 幸紀は刀を男の首に当てて言い放つ。脅された側の男は両手を前に出しながら命乞いすると同時に、震える声で状況を話し始めた。


「ち、違うんだ!お、俺は家族を人質に取られてただけなんだ!俺が言うことを聞かなかったら、お袋たちが殺されるって…!」


「で、何を命令された」


「お、女…」


「女?」


「若い女を、ひとり、公民館に逃げた連中の中に紛れ込ませたんだ…!でもタダの女じゃないんだ、悪魔たちに改造されたとか、なんとか…時間が来たらみんな吹っ飛ぶって悪魔たちが言ってたんだ…!」


「そうか」


「お、俺だって好きで悪魔に協力したわけじゃないんだ!家族を人質に取られて…!」


「人質はどこにいる」


 理由を説明しようとする男の言葉を遮り、幸紀は短く尋ねる。男は森のさらに奥の方を指差した。

 それを見て、幸紀は刀を鞘に納めた。


「よし、片付ける。貴様も早く他の避難民と合流しろ」


「俺を責めないのか?」


「貴様の事情になど興味はない。俺は悪魔を倒せればそれでいい。わかったなら失せろ」


 幸紀はそれだけ言うと、男に背を向けて森の奥へと進んでいく。男はそんな幸紀の背中に声をかけた。


「あ、ありがとうございます!お袋たちも頼みます!」


 幸紀はその言葉に返事をせず、懐からスマホを取り出すと、通話を始め、星霊隊のメンバーたちに情報を共有し始めた。


「俺だ。そちらの避難民の中に、悪魔軍から改造を受けた人間が紛れ込んでいるらしい。特徴は若い女、だそうだ。情報提供者の口ぶりからするに、その女に時限爆弾が仕掛けられている可能性が高い。俺は悪魔を倒しいに行く。女の処理はお前たちに任せたぞ」


 幸紀は簡潔に状況を伝えると、通話を終えてさらに先へ進んでいくのだった。



公民館前

 背の低い舞台の上に立つ心愛の周りに、観客たちが集まる。心愛が愛想を振り撒く間に、璃子は彼女たちから少し離れたところで、スマホを取り出し、幸紀からの通話に耳を傾けていた。


(若い女…時限爆弾…)


 璃子は幸紀の言葉から聞こえてくるそれらの単語に、心が波打つのを感じていた。


(…違う…違うよね…初音…)


 璃子は、心愛たちと談笑する初音の横顔を見て、自分に言い聞かせるように内心で言う。しかし、同時に、彼女の脳裏には、初音に聴診器を当てたときに聞こえた電子音がこびりついていた。


(あのとき…心音が聞こえなかった…代わりに聞こえてきたのは…時計の音...気のせいだって思い込みたかった…でも…もし仮に、本当に初音に爆弾が仕掛けられていたんだとしたら…殺されたはずの初音が生きていたことも納得がいく…でも…信じたくない…そんなの…!)


 璃子は内心で悲痛に叫び声を上げる。そんな璃子の思いも知らず、舞台を設置した避難民たちが周囲に呼びかけ始めた。


「皆さん聞いてくださーい!これから、『シュガーハート・アタック』の市子心愛ちゃんの突発ライブが始まりまーす!避難先が確定するまでの間、よければ楽しんでくださーい!」


 ライブ開始の呼びかけがかかると同時に、散らばっていた避難民たちが仮設の舞台の周りに集まっていく。

 璃子はぼんやりとそんな様子を見ていたが、璃子の様子を見ていた初音が、ニヤニヤとしながら璃子に歩み寄ってきた。


「璃子〜」


「…初音…」


「心愛ちゃんのライブ、始まるよ。ほら、一緒に見よ!あ、『そういうのは主義じゃない』とか、無しだからね!」


「…うん…うん、行こっか」


 璃子は初音に流されるままに、腕を引かれて観客たちの中に入っていく。

 そんな様子を舞台の上から見ていた心愛は、小さく微笑み、集まって腰掛ける観客たちに声を張った。


「みんなー!こんにちはー!心愛だよー!今日は、みんなに元気になってほしくて、歌わせてもらうことになりましたー!」


 心愛の言葉がスピーカーを通してあたりに伝わると、観客たちも声を上げて反応する。それを聞いた心愛は、満足げに頷いた。


「最近、悪魔がたくさん現れて、しんどい日が続くよね。でも諦めないで!前を向いていれば、きっといいことがあるはずだよ!だから、今日は心愛の歌を聞いて、エネルギーをチャージしてね!オッケー!?」


「オッケー!!」


 観客たちの返事を聞き、心愛は満面の笑みを浮かべ、何度も頷いた。


「やったぁ!じゃあみんな!今日は3曲だけで、短いけど、楽しんでね!早速1曲目!『飛ばす自転車、ギア6』!」


 心愛のアナウンスと同時に、スピーカーから楽曲が流れ始める。観客の歓声が聞こえると同時に、璃子は、自分の隣にいる初音の顔を見上げた。


(私はこの曲知らないけれど、きっと初音は好きなんでしょうね)


 璃子がそう思っていたそのとき、初音の横顔は、少しも微笑んですらいなかった。璃子が見たことがないほどの、一切の無表情。先ほどまで、心愛に見せていた初音の笑顔は、そこにはなかった。


(…え…?)


 璃子にとっては、理解が追いつかない光景だった。

 音楽は鳴り続け、心愛の歌声があたりに響いても、初音は変わらず無表情のままだった。


(なんで…あなたがあんなに大好きだったアイドルが目の前にいるのに…ライブ行ってみたいって、何度も言ってたじゃない…なのに、なんで少しも笑わないの…?いつもみたいに…笑ってよ…!)


 璃子が内心叫んでいるのも届かず、音楽は進んでいき、気がつくと、1曲分が終わっていた。

 初音は笑顔を見せず、周囲の観客に合わせて乾いた拍手を送る。


 心愛が舞台の上で、観客に向けて何かを話すが、もはや璃子にはその内容は耳に入らなかった。


(…やっぱり…そうなのね…)


 璃子は目の前の親友が、もはや親友ではないのだと確信すると、璃子は立ち上がり、初音の手を取った。


「んぇ?」


「初音、ちょっと来て」


「でも、ライブ中だよ?」


「いいから」


 璃子は初音の腕を掴み、強引に引っ張っていく。初音は璃子の腕力に抵抗するが、璃子の腕力は強く、初音は立ち上がり、璃子と共に観客たちから離れるように歩いていくのだった。


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