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VAKU  作者: segakiyui
6.欺く恋

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2

 か、と画面の一つが今までより明るく激しい光に満ちた。

 そちらを振り返った鹿子の目に、『記憶』の蛇に呑まれるように、光の中に溶けていく『炎』と『瞳』の姿が映った。より強い一閃、そして、不意に周囲の壁は光景を失った。  

「『炎』………『瞳』……」

 それが何を示すのか、気づいて鹿子は呻いた。思わず知らず、責めるようにすすむを振り返る。 

 その視線を受け止めたすすむは、三度、今度はかなり近くで音が響き、建物が揺れるのに、一瞬目を閉じた。

「鹿子を……殺したくないな」

 ぽつりと零れたすすむの声に、いつもの能天気さが戻っていた。

 目を開いたすすむは、限りなく優しい声で鹿子に囁きかけた。

「放出口を取り戻す……でも、その時、鹿子はある事を思い出すはずだ。どんな事を思い出しても、いいかい、ぼくが、今まで、ここに居たことを覚えていてね」 

「何の…」

 尋ね返したかのこの唇に、すすむは慌ただしく唇を重ねた。

 まるで、それが何かの呪文でもあったかのように、鹿子はすぐに意識を失った。



 暗闇に鹿子は一人立っている。

(真っ暗だあ……)

 呟いた声がどことも知れぬ闇に吸い込まれていく。

(やだなあ、気持ち悪いなあ……)

 軽く胸を抱いて、自分が浴衣を着ているのに気が付いた。

 白地に朝顔が赤や青の花を開いている。くるくる巻いた蔓が鮮やかな緑で描かれていた。

 自分の姿に気が付くと、周囲に明かりが灯った。

 赤やオレンジの提灯、広場の真ん中には踊りの中心として舞台が設えられ、そこに白いライトが当たっている。そこを少し離れて囲むように、綿菓子やりんご飴などの屋台が出ていた。

(お祭りだあ……夏祭り)

 鹿子は、はしゃいで走り出した。

 行き交う人々は思い思いの面を被っている。狐の面、おかめの面。提灯の光に面が揺れて、ざわめきが波になる。

 ふと、迷子になった、と感じた。

 母親と一緒に来たのに、自分一人ではしゃいで、母親とはぐれてしまったのだ。

 慌てて周囲を見回して声を上げる。

(お母さん! お母さん!)

 きょろきょろうろうろどれぐらい走ったのだろう、ようやく、屋台の端の方、向き合って立つ父母を見つけた。

 ほっとして駆け寄っていくと、はっとしたように母が駆け寄り、鹿子を抱き締めた。

(探したの? ごめんね)

 謝る鹿子に母は首を振った。鹿子の手を引き、にぎやかな祭りから少し離れた草むらへ歩いていく。

(あれ、お父さんは?)

 さっきまでいたね、と言いかけて、鹿子は母に強く手を握られた。無言でぐいぐい自分を引っ張る相手に、少し怖くなって呼びかける。

(お母さん? お母さん……お母さんってば!)

 くるっ、と母が振り返った。顔にいつの間にか狐の面を掛けている。

 ふざけてないで、と笑いかけた鹿子を、母はいきなり暗がりへ押し倒した。驚く間もあらばこそ、どんと首に両手を置かれ、そのまま強く締められる。

(お……かあ……)

 もがいて手を振り、引っ掛かった指先が母の顔の狐の面をはねた。

 ぽとりと落ちた面の後ろは般若、ごうごうと逆巻く水音が響く耳元で泣くような声が訴えた。

「お父さんが帰らないのは、お前が懐かないせいだ!」

 閃光のように、全ての理解が鹿子の心を走った。

 その頃、父はあまり家に帰って来なかった。また、帰って来てもにこりともしない父に、鹿子はどうにもなじめなかった。三歳頃から父親を疎み出し、六歳頃には他人のような気持ちで接していた。

 だが、母は父を愛していた。仕事にのめり込む父が家によりつかないことを悩み、それを鹿子のせいだと考えた。

 疲れ切り、悩み抜いた母は気分転換に鹿子を祭りに連れていき、そこでよその女と笑い興じている父を見たのだ。

 この子さえいなければ。

 母はそう思ったのだ。

(あたしが……いなければ……いい?)

 重い絶望が、首を締めている手よりも強く、鹿子の胸を押し潰した。伸ばした手が何も掴まず落ちてくるのを、どこか遠く、人ごとのように感じ始めた時、幼い声が耳に届いた。

「どうしたの、おばちゃん」

 はっとした鹿子の母が体を起こし、鹿子の首に置いた手を緩める。それでもすぐに呼吸が再開できず、彼女は倒れたまま、本能的な喘ぎを繰り返した。

 その時。

 鹿子は肉体的なものと精神的なもの、両方の生死を彷徨っていた。

 自分は不要な存在なのだ。

 幼い心にそれだけははっきりと理解できた。

 必死に空気を求める体を心が無理に押さえ込む、もう、生きる必要はないのだ、と。

 その呟きを、声の主は聞いたようだった。

 次の瞬間、鹿子は強く抱きかかえられていた。小さな手、小さな体全身で包まれて、鹿子は静かな囁きを聞いた。

「違う……キミはいらない人間じゃない。忘れて……忘れるんだ。これはつまらない『記憶』だよ」  

 だが、鹿子は死へと近づきながら反論した。

 母に殺されかけたのだ、どうして忘れていられよう、と。自分を産んだ人に拒否されたことをどうして忘れてしまえるのだ、と。

 声はその鹿子の悲鳴をしっかり受け止めた。やはり静かな調子で、

「じゃあ、ぼくが魔法をかけてしまおう……キミはこのことを忘れてしまう………『記憶』が蘇ることもない……ぼくがその『記憶』を食べてしまったから……ぼくはね……」

 声がくすりと低く笑った。

「バク……だからね」 

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