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「でも、ほとんど女の人だったけど。見かけが目立つ以上に…よくもてたかも。すすむよりハンサムな人も一杯いたけど……何て言うのか……」
鹿子はことばを探した。
「そう……種類が違うっていう感じ……猫にまたたび、って知ってる? あんな感じだった」
「ふうん……じゃあ、ここでは女性の方が『記憶』を溜め込むのが苦手なのかも知れない。悪夢が限界まで溜まってしまうと、生き物はVAKUを訪れて、VAKUと接触することで悪夢を捨てていくのが常だから。でも、それは、前にも言ったけど、彼みたいな不良のVAKUには苦しいことだったはずだわ。捨てられる『記憶』は拒否できないし、VAKUが存在するのはそのためだから、捨てにくる者も拒めない。けれど、彼はその『記憶』を受け取っても処理出来ない………はっきり言って、かなりの苦痛、だったはず」
「そんな…」
鹿子は『炎』に移した視線を、再び光の塔の中のすすむに戻した。
「わからない、まったく、わからない。なぜ、そんな苦痛を選ぶ必要があったのか」
「選ぶ?」
鹿子は『炎』のことばに、慌てて彼女を振り向いた。じっとすすむに目を注いだまま、『炎』がことばを継ぐ。
「そうよ。彼を調べてみてわかったのだけど、彼は六歳ぐらいまでは、ちゃんと正常なVAKUでいたはずよ。保護者や友人にも困らなかったはず、なのに、六歳あたりで急に『記憶』を吸い込むばかりで放出できなくなっている……何かが起きて、彼が『記憶』を放出する事を止めたとしか思えない。…………けれども、それ以上は、どうしても入れなかった………かろうじて、あなたの事が『記憶』に残っていただけ……」
「あたし……?」
鹿子はいきなり自分の名前が出たことに、体を強張らせた。『炎』が光の塔から目を逸らせ、鹿子を凝視する。
「そう、あなた」
『炎』は考え込みながら続けた。
「気になったの。彼はあなたの作った食べ物しか受け付けない、とわかった時。あなたは多分知らないでしょうけど、『記憶』を放出できないVAKUが代用する方法に、『記憶』の放出ができる能力者と常時接触して、受け入れた『記憶』を少しずつ流し、圧力を減らして生き延びる方法があるの。もし、あなたに『記憶』を放出する能力があったら、VAKUが食事という理由づけで接触し続けるのは、もっともなこと……」
「でも……あたし、そんな能力なんて……ないわよ?」
「そうね……そこで、もう一つの仮説。VAKUがあなたに放出口を与えてしまった、ということはあり得るかしら」
「だが、『炎』」
それまで黙って聞いていた『瞳』が、おもむろに口を挟んだ。
「どうして、VAKUがそんなことをするんだ? VAKUにもこの世界にも、何のメリットもないことだ」
「だから、彼女に来てもらったのよ、『瞳』」
『瞳』の反論にも揺るがず、『炎』は頷いた。
「何が起こったのか、VAKUには入れなかったけど、彼女になら入れるかも知れない。だから、あえて、ここまで話したの」
最後のことばは鹿子に向けたものと知れた。
『炎』は目に強い光をたたえて、鹿子を凝視した。
「もし、あなたが協力してくれれば、VAKUが放出口を失ったわけがわかるかも知れない。そうすれば、VAKUを『治す』ことができるだろうし、それがうまくいけば、VAKUを処理しなくても済む……どうかしら」
「わかった」
鹿子はごくりと唾を呑んで、もう一度、光の塔に閉じ込められているすすむを見上げた。
お伽噺では、塔に閉じ込められているのはお姫様の方なのだが、すすむ相手では鹿子が王子役をするしかないらしい。
脳裏についさっき経験した、失った記憶に対する恐怖が過ったが、鹿子は必死にそれを思い出すまいとした。
くるりと『炎』に向き直る。
「で……どうすればいいの?」
「難しくはないわ。『瞳』」
『炎』に促されて、『瞳』がどこからか椅子を一脚持ち出してきた。
鹿子の前にそっと置く。
そのままで、元の、光の塔を監視する位置に戻り、『炎』と鹿子を見つめた。
「座って」
鹿子はゆっくり椅子に腰掛けた。
前に立った『炎』が、覗き込みながら低い声で話しかける。
「目を閉じて……催眠術に似てるけど、わたしもこうして当てた手から、あなたが見ているものや経験していることがわかるわ。もし、苦しくなったり我慢できないような事が起こったら、すぐに声を上げて。止めて、ってね」
「止めて、ね。わかった」
鹿子はしっかり頷いた。額に当てられた『炎』の手を辿って、深く黒い相手の目を見つめ返し、覚悟を決めて目を閉じる。
「いい……ゆっくり呼吸して………ゆっくり……そう……」
『炎』の声が次第次第に遠くなっていく。額に当てられた手がぽわりと温もった。その温かさに溶け込もうとした瞬間、聞き慣れた声が叫んだ。
「だめ、だ!」
(すすむ?!)
ぼんやりと薄明かりの中に消えていきかけた意識が、間髪入れず引き戻される。はっ、と息を吐いて目を開けると、正面の光の塔の中で、目を覚ましたらしいすすむが、絡む光の糸を払うように身もがいていた。
「すすむ!」
「だめ……止めるんだ……鹿子……関係がない……何の関係も…」
うろたえたように光の塔に駆け寄り、『瞳』が塔に手を当てる。どんな力が走ったのか、すすむが体を強張らせて悲鳴を上げ、それでも光の網にしがみつくようにして鹿子を見た。
「馬鹿……! 何を…してる……逃げろ……逃げ……うわああああっ!」
警告は途中から悲鳴になった。弾けるように後ろへ飛ばされ、光の塔の中でもまれるようにすすむの体が舞う。
「止めて! 止めさせて! 『炎』!」
「『瞳』!」
「だめだ。こいつは『記憶』を呼び込もうとしている」
「え…」
どぅん。
部屋全体が大きく揺れた。




