第96話 白雪姫蘇生の瞬間――メイドへの反証
遅くなりまして申し訳ありません。
酒挽は裁判長から反証実施の要否を尋ねられ、要と回答をする。
そして自席で立ち上がると、メイドへと尋ねる。
「あなたは、王子に仕える前、どちらにお勤めだったのですか?」
正面で頬杖をついている幼女検事の体が一瞬ピクリと揺れる。口元が歪んでいるところを見ると、鼻で笑ったのだろう。どうせ思うのは「何を聞いているんだか」といった、こちらを小馬鹿にした心情だろう。
だが、証言台に立つメイドは違った。
同じように体をピクリと震わせ、目を見開いたのだ。口元もキュッと結ばれていた。これまで表情を一度も崩さなかった彼女が見せた、初めての変化。
だが、それも一瞬のことで、一度ゆっくりと瞬きをした後は、目の笑っていない微笑を浮かべて、酒挽を見てくる。
「今お仕えしている国の隣国でメイドをしておりました」
その回答に、今度はテールの目が見開かれる。
「転職のきっかけは何だったんですか?」
「お仕えしていたところから、暇を出されました。時同じくして、隣国で護衛ができるメイドを探しているとのご紹介をいただき、今に至っております」
今度こそ、テールは頬杖を解き、メイドを凝視した。効果は覿面だ。おそらくテールも、思い至った推測は同じだろう。
酒挽は心の中で嘆息する。
キイナに渡された理香からのメモに視線を落とすと、そこにはこう書かれていた。
――反証の際、件のメイドに、前職を尋ねること。
わざわざ反証の際、と指定しているということは、検察側にその点を質問させないことを意味する。
そして、キイナがそのメモを、メイドへの最初の尋問の際に見せなかったということは、メイドの前職について、酒挽が質問をしないと確信していたことを示している。
おそらくそれは、キイナ自身の判断ではなく、理香の指示。
それにしても、どこまで理香は読んでいたのか。
単純にメイドの前職を聞いても、意味はない。これは酒挽がメイドから、王子に仕えたのは最近、という回答を引っ張り出したからこそ意味がある。
だから、酒挽はキイナに尋ねたのだ――もう一枚あるだろう、と。
酒挽なら、最初の尋問の際に行われることを想定した質問内容を羅列し、既に行った質問は抹消して、不足部分について、反証の機会に追加質問するようメモを作るだろう。
しかし、理香のメモには、質問は一つしか記されていなかったのだ。そして、それ以外のメモは存在しない。
さらに言うなら、メイドも前職については言及しないことが前提のメモだ。
そうなると、酒挽も察するものがある。
だが、確証が持てなかったから、遠回しに質問を積み重ねた。
そして、ここに至っては、酒挽にもメイドの前職について思い当たる節がある。
そのことを、酒挽はストレートに尋ねる。
「あなたは、王子に仕える前も、白雪姫専属のメイドだったのではないですか?」
メイドは首を横に振る。
「いいえ。私は、白雪姫様がお生まれになった国の王宮にお仕えしていた一介のメイドに過ぎませんでした」
「ということは、白雪姫とは面識があった、と?」
またしてもメイドは首を横に振る。
「いいえ。その当時、私は白雪姫様を存じ上げておりましたが、白雪姫様は私を存じ上げなかったと思います」
「なぜそう思いますか?」
「私が直接、白雪姫様のお傍仕えをしたことがないからです」
つまり、王宮に仕えるメイドではあったが、今のように白雪姫専属ではなかった、と。
だが、話はそこまで単純ではないはずだ、と酒挽が考えたところで、
「異議あり!」
テールが立ち上がる。
「証人の前職が、被告人に近い位置に仕えていたとなれば、本件審理において、被告人に有利になる証言を行う可能性があります。ましてや証人は、王子から、被告人を守るようにと命じられている立場の者。証人の証言について客観性に疑問が残る以上、証言内容が客観的に見て正しいかどうかの証拠が必要と考えます!」
それに対してキイナが立ち上がる。
「そもそも、検察は、被告人に不利な証言をしているという自覚があるのか、と問い質しているではありませんか! それに、証人は先程、被告人に殊更有利になるような偽証や、事実の歪曲はあり得ないと発言しています!」
「しかしっ!」
テールが反論しようとしたところで、酒挽が手を挙げる。
「検察側の主張は、メイドの存在や証言が、白雪姫に対する童話裁判が行われることを前提にしているが、王妃が殺害されるのは、まだ先のことだ。であれば、現時点――白雪姫が意識を回復した時点で、王妃が殺害されるという未来予知がなければ、メイドが童話裁判で白雪姫に有利な証言を行う、などという話が成立しないと考えるが?」
「そ……れは……っ」
そう。そんなことはあり得ない。まだ起きていない殺人事件のために、メイドを偽証のために送り込むなどということは。
テールもそのことは理解できたのだろう。力なく手を挙げると、
「異議を、取り下げます」
そう言って着席した。
「……続けます。あなたに証言を正確にお願いしたいのですが。あなたが前職で暇を貰った――つまり、退職させられた時期と、隣国で護衛ができるメイドを探しているという紹介を受けた時期。どちらが先に話がありましたか?」
メイドは、目を閉じて少し思案すると、答える。
「……ほぼ、同時です」
「ほぼ、ということは、僅かに差があったわけですよね? その僅かな後先を尋ねています」
メイドは、深く息を吐き出すと「流石です」と呟いた。
「隣国での話が先で、その後、お暇をいただきました」
「紹介の話も、仕えていた先――つまり、白雪姫の国の王宮から、もたらされたものですね?」
「仰る通りです」
キイナが隣で、ぽかん口を開けて、見上げているのが、酒挽の目の端に映る。
この反応を見るに、理香はキイナにそれほどの説明をしていないのだろう。
「では、最後に一つだけ。あなたは、王子が『白雪姫が生きていて、必ず意識を取り戻す、と信じていた』ため、同じ考えで白雪姫に対処した、と証言しましたね?」
「仰る通りです」
「その一方で、りんごの芯が白雪姫の口から飛び出した後、『慌てて白雪姫に近づき、口元に耳を近づけ、呼吸をしていることを確認』しています。この点について、王子は、白雪姫が意識を失っていた、と主張していますが、あなたは呼吸の有無を確認した。
それはつまり、あなた自身は、白雪姫は死んでいた、と認識していたということですか?」
メイドは首肯する。
「心肺停止、呼吸停止、体温の低下を確認しておりましたので、死亡状態だと判断しました」
酒挽は裁判長に向き直る。
「裁判長。この証言は、王子の証言と矛盾しています。そのため、時期を見て、王子及びメイドに再び証言を求めたいと考えます。もちろん、検察側と協議の上、になりますが」
水を向けられた裁判長は、テールを見る。
「検察側、いかがですか?」
「二人の証言について精査の上、弁護側と協議させていただきたく。この時点での即答は致しかねます」
「弁護側は、それでよろしいですか?」
裁判長の問いに、酒挽は答える。
「では、後程、検察側と協議させていただきます」




