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第97話 テールの不安要素

申し訳ありません。投稿が少し遅くなりました。

 休廷が宣言され、テールは自分に宛がわれている裁判所の控室へと入る。

 本件「白雪姫」に関する童話裁判の審理中は、ずっとこの控室を使い続けることができる。そのため、資料の一切をここに置いておくことが可能だ。

 テールは、小脇に抱えていた赤い表紙の紙の束を机の上に置いて、椅子に座る。


「……なぜ?」


 口を突いて出てくるのは、疑問の言葉。


 第一審では、理香の夢にほんの少しだけ干渉し、白雪姫の話を再現させ、それを覗き見た。

 しかし、裁判前の事情聴取で聞いた事件とは随分と違ったストーリー展開。胸ひもや、櫛での殺害シーンは存在せず、王子とのキスシーンも存在しない。

 そもそも、王妃が殺害される場面自体が存在しなかった。


 その時点で、おかしいと気づくべきだったのかもしれない。


 白雪姫の所在と生死を瞬時に把握し、執拗に殺害しようとした王妃。

 魔法の鏡があるからこそ可能な芸当。

 物語の登場人物が知るはずのない王妃の動向を確認できたことで、自分絶対的な有利を確信した結果だったのだろう。


 事実、弁護側圧倒的有利という下馬評の中、第一審で極刑という結論をもぎ取ることができた。


 通常ではありえない話のオンパレード。極めつけが、長期間呼吸をしていなかった白雪姫が、生き返ったという事実。

 証言する小人も王子も、白雪姫との証言が絶望的に合わない。物証も存在しない。

 そこを突けば、無罪という結論を導出すること自体が不自然。

 テールは審理を簡単にコントロールできた。


 だが、控訴審が始まってからは、どうだ。

 弁護人、酒挽(さかびき)から繰り出される質問は、理香が復元した物語「森の姫君」には存在しないシーンがある。

 だからこそ、テールは裁判前に酒挽へとプレッシャーをかけた。「()()()白雪姫を知っているのか」、と。


 予想どおりだった。最初の審理で酒挽が見せた動揺。テールは見逃さなかった。

 白雪姫と王妃は実の母娘であること、白雪姫は4度命を狙われたこと――その事実を知った時、酒挽は確かに動揺を見せた。

 だから、確信した。酒挽が覚えている童話「白雪姫」は、理香によって復元された「白雪姫」と同じ物語であると。

 アドバンテージは、間違いなく自分の方にあったはず。なのに、いつの間にか自分が知りえない証言を証人から引っ張り出され、翻弄されている現実。


「……どうして、こうなったのでしょうね」


 勝算は十分なはず、だった。それは今でも揺るいではいない。

 相変わらず、白雪姫と他の証人との間には、証言の矛盾が存在する。だから、負けるはずがない――そんな自分の思考が、自信ではなく、自身に言い聞かせている言葉でしかないのではないか、という不安が、どうしても拭い去れない。

 しかし、その矛盾がひっくり返されることは、あり得ない。

 王妃に命じられて白雪姫を殺そうとした狩人は、おそらくすでに死んでいるため、証拠が存在しない。

 そして、王妃自ら白雪姫を殺そうとした3つの事件については、王妃自身が死んでいるため、詳細は不明なまま。弁護側の理論の全ては憶測にしかならない。


 白雪姫を締め上げた胸ひもは、小人により破棄されている。

 白雪姫の意識を奪ったりんごも、既に存在しない。

 髪に刺さっただけで意識を奪った櫛は、唯一物証として残されていた。テールの懸念材料であったが、弁護側が思いがけない証言を引っ張り出してくれたおかげで、裁判所に()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 弁護側の立場に立って考えれば、この局面を打開できるのは、魔法の鏡だけだろう。

 生き残っている登場人物の誰一人、その存在を知らない。が、童話「白雪姫」を知る、あの弁護人なら知っている。


「そうか……」


 拭い去れない不安の正体が、わかった気がした。

 今の今まで、魔法の鏡を証人として召喚していないことが、不可解なのだ。

 問われたことに、素直に答える魔法の鏡。当然、物語を知る人間の弁護人なら、最初から証人として召喚してくるに違いないと思っていたのに、今の今までそれが行われていない。


 最初は、弁護人が知りえないストーリー部分があるため、審理の対象となっている物語を把握する目的を優先したがために、後回しにされているだけだと思っていた。

 しかし、弁護人の後ろに、理香がいた。テールが童話裁判を有利に進めるために、いわばカンニングをさせてもらっていた存在。

 彼女が、なぜ魔法の鏡に触れてこないのか。それが不安の正体なのかもしれない。


 ――コンコン。


 控室の扉がノックされる。テールは、立ち上がって扉へと向かう。

 このタイミングでこの部屋を来訪するのは、あの弁護人たちに違いない。


「どちら様ですか?」


「酒挽だ。白雪姫の弁護人の」


 想定どおりの返答に、テールは扉を開ける。


「何か御用ですか?」


 そこにいたのは、酒挽一人だけだった。


「キイナさんはどうしたんですか?」


「何でも、調べ物があるとか言ってな」


「そうですか」


 先程の審理前にも、キイナが調べ物をしていると言っていた。その続きだろう。


「王子とメイドの再尋問について、話をしに来たんだが……」


 酒挽の言葉を聞いたテールは、即座に返答する。


「こちらとしては、否認する要素は皆無ですので、再尋問していただいて差し支えありません」


 そもそも、王子は第一審の証言でも、事前の検察側の事前聴取の際にもメイドの存在に触れることがなかった。そのせいで、検察側としても把握していない人物なのだ。

 聞けるものなら聞いておきたいことが、いくつかある。


「それだけですか?」


「ああ、そうだ。ついでで悪いんだが、もう一つ」


 今思い出したかのような口調で酒挽がそう言うので、テールは扉を少し大きく開く。


「長くなりそうであれば、お入りに……」


「いや、すぐ終わる。確認したいことがあるだけだから」


「確認したいこと、ですか?」


「ああ。証人の召喚なんだが……証言できるのなら、物でも構わないのかな?」


 ああ、とテールは心の中で納得する。単に順番の問題で、今の今まで魔法の鏡を召喚していないだけなのだ、と考える。


「可能ですが……それは『魔法の鏡』のことですよね?」


「ああ。まぁ、そうなんだが……」


 言いづらそうにしながら酒挽は指で頬を掻き、答える。おそらく裁判戦略の関係で、直接「魔法の鏡」に言及せずに尋ねるために「証言できる物」という遠回しの表現をしてきたのだろう。


「物の召喚が可能、不可能という話であれば、可能です」


「そうか」


 ほっとした表情を見せる酒挽だったが、テールはその安堵を打ち砕くべく、言葉を継ぐ。


「ですが、魔法の鏡という話であれば、無駄だと思いますよ?」


「……どういうことだ?」


 酒挽が怪訝な表情を見せ、それにテールは微笑で応じる。


「簡単な話です。仮に魔法の鏡が()()()()()()()()()()()()()()()()です」

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