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第89話 敗訴で失われるもの

2019/08/19 誤字を訂正しました。

2021/02/11 誤字の指摘を頂きました。ありがとうございます。

(誤) 語りるがれる

(正) 語り継がれる

「理香の言うとおりなのです。第一審で負けて控訴を断念したもの、控訴したけれど負けてしまったものもあるのです。その結果、消された童話の数は、決して少なくはないのです」


 童話裁判は、判決が下れば、即、刑が執行される。控訴しようがお構いなしにだ。

 執行される刑とは、物語の改変。

 極刑を食らった登場人物は、その童話に登場することができなくなる。

 そして、白雪姫のような主役に極刑の判決が下ると、その童話自体の存在ができなくなってしまう。童話「白雪姫」は、白雪姫がいるからこそ「白雪姫」なのであって、白雪姫が出てこなければ、それはもはや「白雪姫」として語り継がれる物語ではなくなる。

 だから、存在意義を否定された童話は、人間の記憶から抹消される。

 理香は、そのことを目の当たりにした。

 人間全員が等しくその童話を忘れれば、何の問題もないはずだった。


 しかし、幼馴染の酒挽(さかびき)は違った。


 第一審で極刑を受けたはずの白雪姫を、覚えていたのだ。


 だから、酒挽と理香の間にある思い出に齟齬が生じた。そのことを覚えていない理香を、酒挽は怒ったことがある。

 今でこそ、童話裁判の結果、理香は自ら抗うこともできずに白雪姫の記憶が消えていると、酒挽も分かっているのだろうが「はいそうですか」と、すんなり受け入れることもできないのだろう。

 おそらくそれが、酒挽が童話裁判に臨んでいる理由。


 酒挽は、完全無罪ではなく、極刑を免れれば何とかなる、と考えたことがある。

 だが、一体何の思い出を失っているかわからない理香にとっては、それが不安でしかない。


「あ、言っておくのですが、私が任された事件は、必ず控訴しているのですよ?」


「……必ず?」


「だって、童話は連綿と語り継がれてきた物語なのです。つまりそれは、広く受け入れられていたということなのです。ならば、検察の言い分は、単なる言い掛かりに過ぎないのですよ」


「……もしかして、キイナは、一度も負けたことがないのか?」


 テールから告げられて、知っている事実を、敢えて本人に疑問としてぶつけてみる。

 多少強引のような気もしたが、敢えて突っ込んでみる。

 テールから聞いた事実をうっかり口を滑らせて言及した時に「どこからそんな話を聞いたのか」という事態になりかねないのを回避するのが目的でもある。


「あ~……実はそうなのですよ」


 キイナは頬を掻きながら、目線を天井へと泳がす。


「でも、単なる結果論なのです。私は、テールさんと違って、勝訴百パーセントに拘っているわけではないのです――あ、いえ。やっぱり、拘ることになるのですかね?」


「……どういうことだろうか?」


「童話に限らず、物語との出会いは、それ自体、一つ一つが大切な思い出になるのです。それを、物語の内容が理不尽だからという理由で、一方的に記憶から抹消していいはずがないのです。

 特に童話は子供の頃に触れるものなのですよ。それを童話世界の、それも大人の勝手な都合で、なかったことにされたり、一部を改変されるのは、あってはならないことだと思うのです。だってそれは、思い出を踏みにじる行為なのですよ?

 だから、私は、自分が関わる裁判は必ず控訴するし、負けないように必死に頑張っているのです」


 キイナは、満面の笑みを理香へと向けてくる。

 だが、それも長くは続かない。


「……この裁判で負けた場合、当利が覚えている『白雪姫』の記憶は、どうなる?」


「あ……」


 キイナが唇を固く結んだのを、理香は見逃さなかった。その態度で、既に答えは出ている。

 しかし、理香は敢えて問う。


「消えるのか、消えないのか」


「……消える、のです」


 キイナが力なく肩を落として、絞り出すように出した答えを聞いて、フッと、理香が笑みを漏らす。


「なら、どちらに転んでも、ボクにとっては結果は変わらないな」


 自分でそう言って、背筋が寒くなった。思った以上に冷淡な口調での発言。これが自分の本心なのか、と今更ながらに思い知らされる。


「理香はっ! ……トーリとの思い出が無くなっても、構わないと言うのですか!?」


 今度の裁判で負ければ、白雪姫は完全に消失する。今のやりとりは、理香がそれでもいいと、容認していることを示していた。


「いいわけ、ないだろう」


 そういうと、理香は足をベッドに上げて、キイナの背後へと体を滑らせるようにして移動する。無意識に、キイナに顔を見られないように、ずっと背中を向け続けた。


「だがな……ずっと一緒に育ってきた二人の思い出に違いがあることの方が、よっぽど胸が痛い」


 布団を捲った理香は、その体を中へと潜り込ませる。

 理香に白雪姫の記憶が戻れば、自ずと思い出も戻ってくる。

 しかし、逆に酒挽の記憶から白雪姫が抹消されれば、一方的に覚えている思い出は消える。

 復活するか永遠に失われるか。

 どちらにしても、白雪姫の思い出という点だけで考えれば、齟齬が解消することに違いはない。


「ボクは当利にひどい仕打ちをした。ボクが忘れている思い出を、勘違いだと……当利がどれほどその思い出を大切にしているか分からないのに、ボクは当利に面と向かってそう言い放ってしまったのだぞ……」


 消え入りそうな理香の声は、少しだけ、震えていた。


「謝ればいいのです」


 キイナは同じ布団に潜り込むと、背中からそっと理香の体を抱きしめる。


「きちんと裁判に勝って、ちゃんと思い出を取り戻して、きっちり自分のしたことを反省して、自覚して。それから、しっかり謝るのです。

 負ければ、物語の記憶も、思い出も、理香がしてしまったトーリへの仕打ちを謝る機会すら与えられずに、失われてしまうのですよ?」


「……っ!?」


 そこまで気が回らなかった。

 二人の間の思い出に齟齬があることだけが問題だと考えていた理香は、そこから派生した結果への影響まで、考慮に入れていなかった自分の考えの浅さを指摘されて、言葉を失う。


「大丈夫なのです。理香とトーリなら勝てるのです。勝率百パーセントを誇る私が言うのですから、間違いないのです」


 抱きしめてきたキイナの力が少しだけ強くなる。


「……もしかするとボクは、他にも当利との思い出を、忘れているかもしれない」


 生まれた時から一緒の幼馴染。

 中学から一緒に演劇活動をしているせいか、物語を介在している思い出は少なくない。

 それ以外にも、一緒に読んだ童話や、一緒に見た紙芝居、ビデオ。

 それらが童話裁判で敗訴させられていることも十分考えられる。

 そして、理香が忘れさせられた童話を、酒挽が覚えている可能性も。


「それが、怖いんだ……」


 質の悪いことに、理香は童話裁判で負けて断片化されてしまった物語を、無意識に復元する能力を持っているらしい。

 そうなれば、酒挽の表向きの会話は成立するが、お互いが思い描くベースが異なっている場合だって考えられる。

 酒挽が持つ思い出を、理香が忘れている。

 そのことに気づかないまま、また酒挽の思い出を踏みにじってしまうのではないか。

 いや、もしかしたら知らず知らずのうちに、そんな事態を引き起こしている可能性だって否定できない。

 理香はそこを懸念していた。


「わかった端から、勝訴をもぎ取っていけばいいではないですか。童話裁判の弁護保佐人がここにいるのですよ? 控訴なんてお手の物です。必要なら、再審請求だってしてあげるのです。だから……」


 そこまで言うと、キイナは理香との密着度を上げる。


「思い出を失ってもいいなんて、考えないで、欲しいのです」


 理香は、自分を抱きしめてきているキイナの手に、自分の掌を重ねる。


「ああ……そうだな」


 理香の呟きに、キイナは黙って頷いた。

次話は金曜日に掲載予定です。

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