表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/421

第88話 普段の自分を演じる難しさ

「終わったのです~……」


 キイナはそう言いながら、机の上に上半身を投げ出す。過去所は、Tシャツにキュロットというラフな格好をしていた。

 耳を隠すかつらを外しているため、うさ耳が出ている。その耳も力なく、机に伸びていた。後ろ髪は、まだ染めた状態のため、途中から黒へとグラデーションしている。


「どれ……」


 ベッドで横になっていた理香が、机の横まで移動する。気配を察知したキイナが自分の下敷きになっている紙を、理香へと差し出す。


「……すごいじゃないか、キイナ」


 一通り目を通したところで、理香が褒める。


「頑張ったのです」


 体を起こして、満面の笑みを見せてくる。

 紙には、キイナの今日の成果が表れていた。

 ざっと見、50点。十分赤点を回避できる。


「やればできる子だったんだな、キイナは」


「誉められて伸びる子でもあるのです」


 何となくそれは理解できる。理香が「すごいじゃないか」と感想を漏らすたびに、点数が伸びていった。その結果、月曜日の夜に目標を達成。

 テールが「優秀な弁護保佐人ですから、問題ないとは思いますが」と言っただけのことはある。


「でも、全部理香のおかげなのです」


「ボクは、教えただけだ」


「教え方が上手なのですよ。きれいな声のおかげで、すんなり頭に入ってきたのです」


「声は、あまり関係ないと思うが」


「そんなことはないのです。これがトーリだったら、そうはいかないのですよ」


「当利の声も、それなりに聞きやすいと思うぞ」


「私は、理香のがいいのです」


「そうか」


 理香は柔らかく微笑むと、キイナの頭に手を乗せる。


「そう言って貰えると、嬉しいものだな」


 撫でられて目を細めていたキイナだったが、両手で理香の手を握ると、自分の頭上から彼女の掌を排除する。


「……キイナ?」


「やっぱりおかしいのです」


 手を握ったまま、キイナが立ち上がり、そして、理香の顔を真っすぐ覗き込んでくる。その距離は、あまりにも至近で、フンスとキイナが吐き出した鼻息が、胸元に当たるのがわかる程だった。


「体調は万全のつもりだが?」


「だからこそなのです! 男子中学2年生並みの性欲と欲求不満を常にまき散らして当たり前の理香が! このシチュエーションで! 私の体にお触り一つしてこないのは! 明らかにおかしいのです!」


「!」のたびに、一歩ずつ踏み込んでくる。それに合わせて理香は一歩ずつ後退したせいで、ベッド際まで追いつめられる。


「随分な言われようだ」


「でも、事実なのです。最低でも胸の一つは揉まれておかしくないのです!」


「何故に中学2年生?」


「俗に言う『厨二病』というやつなのです!」


 どや顔で言い切るキイナ。どうやら、色々なものが混ざっているらしい。

 キイナが手を放す。


「私は、理香が対価として、体を要求してくると思ったのです。なのに、拍子抜けなのです。欲望の赴くままに突進する理香はどこに行ってしまったのですか? まるで私だけが期待しているようで、バカみたいではないですか」


「君は、ボクを一体何だと思っているんだ……?」


 理香は額を抑えると、ベッドへと座り込む。


「セクハラ魔王、なのです」


「ひどいな」


 理香は、片手をそのままにベッドへと座る。


「だからこそ、おかしいのです。『私だけが期待しているようで』という、あからさまなフラグを見逃すなんて、普段の理香からはとても考えられないのです」


「君が『変なことするのは禁止』と言ったからだが?」


「それは『勉強するのに時間がないから』という条件付きなのです。私が赤点を回避できる条件を満たした時点で、普段どおりを()()()()()『もういいよな?』と()()()()()()()だったのです」


 その言葉に、思わず理香は目を見開く。

 平静を心がけていたことを、キイナに見破られるとは、思わなかった。


「……ボクもまだまだ修行が足りないな」


「私だから気づいたのだと思うのですよ」


 そういうと、キイナは理香の隣に腰を下ろす。


「常日頃、理香からはセクハラを受けていたからこそ、気が付いたことなのです」


 理香の顔を隠していた掌が、ゆっくりと落ちる。


「思えば、閑梨さんのところから戻ってきてからの理香は、随分と余裕がなさそうだったのです」


「そんなに前から、か」


 そこまで指摘されれば、苦笑いしか出てこない。


「思い返してみれば、という程度なのです。『変なことするの禁止』と言った時にも、セクハラ発言の一つもなく、すんなり応じたあたりから、ちょっと違和感があったのですよ」


「そうか……」


 指摘されて、その通りだったかもしれない、と理香も考える。

 テールに言い放たれた言葉に心揺さぶられ、それを隠すために()()()()()()()()()()()試みた。

 だが、そもそもが、キイナという異世界人の存在自体がイレギュラーなのだ。

 理香が蓄積し続けてきた「普段」には、存在しない相手。初見とは違うことをするだけで、相手は「違う」と感じる可能性があることを考慮するべきだった。酒挽(さかびき)のように、何度も繰り返し理香の日常を見せている相手とは違う。トレースできる「普段」をこなした経験数が、圧倒的に違うのだから。


 だが、展開として、キイナが次に何を尋ねて来るかは、脚本家として想像がつく。

 気取られないよう、次の展開を必死になって頭の中で構築し直す。


「閑梨さんに、何か言われたのですか?」


「いや……だが、嫌な可能性があることに、気が付いた」


 言われたのは閑梨ではない。テールだ。だが、それを馬鹿正直に言うわけにもいかず、自力で気づいたことにする。

 後は、持ち前の演技力を駆使するだけ。

 キイナには一度も見せたことのない姿。だから、見破られるはずもない。


「嫌な可能性です?」


 理香は頷いて言葉を続ける。


「童話裁判で負けた童話は、既に人間界から抹消されているという話だったよな?」

次回の更新は水曜日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ